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36.目的のためなら

 スレイヤとアルマ、二人の様子を影ながら見守るフレアとベルフィスト。


「あー苦しい。笑いを堪えるので必死だったな」

「最低ですね」

「いやだって、あんなセリフ彼女らしくなさすぎる」

「それはそうですけど……」


 二人はスレイヤの意図を理解している。

 彼女が何のために、一度は手ひどく振った相手に手を差し伸べているのか。

 知った上で尚、フレアは不安げな顔を見せる。


「不服そうだな」

「だって、好きでもないのにこんなの……スレイヤさんが辛いだけです」

「心配なのは彼女だけか」

「……スレイヤさんは私の、大切なお友達ですから」


 フレアは不満そうにアルマと話すスレイヤを見つめていた。

 その瞳に宿る感情は、ただの友人に対する心配か。

 それとも……。


「俺たちがどう思おうと関係ない。これは、彼女が望んだことだ」

「わかってます」

「なら見守ろう。彼女の決意に水を差すほうがよっぽど無粋だ」

「……そうですね」


  ◇◇◇


「はぁ……」


 帰宅した私は、盛大にため息をこぼす。

 久しぶりにベッドで横になった気分だ。

 天井を見上げて、彼との会話を思い返す。


「明日から三日間……」


 私はアルマのアプローチを受ける。

 そういう手筈だ。

 彼は私の心を射止めるために、様々な手段を用いるだろう。

 私はそれに……。


「心から応じることはできないわよ」

 

 私は彼が好きじゃない。

 そういう物語だと知っていても、私から一度は離れた心に興味はない。

 ただ利用するだけだ。

 彼の中にある罪悪感を。

 私が、私のまま生き抜くために。


「……賭けね」


 この方法で上手く行く保証はどこにもない。

 私は主人公じゃないから、彼女のようには振舞えない。

 今さらアルマの前で、好意を示すなんて無理だ。

 それでも……やらなくちゃ。


「はぁ……」


 もう一度大きなため息をこぼし、その日は眠りについた。

 翌日から、私とアルマの戦いは始まる。

  

「おはよう、スレイヤ」

「ええ」


 学園の敷地に入ってすぐ、アルマが声をかけてきた。

 さわやかな笑顔を見せて。


「授業は何を受けるんだい?」

「決めていないわ」

「そうか。なら、僕と一緒の授業を受けないか?」

「……そうね。そうしましょう」


 淡々と会話が進み、私は彼と一緒に教室まで歩く。

 道中、彼は間をつめるように話しかけてきた。


「改めて昨日は嬉しかったよ。君のほうからやり直すチャンスをくれて。やっぱり、僕には君のような相手が相応しい」

「そうかしら? もっと可愛らしくて健気な子が好みでしょう?」

「僕の好みを知ってるの? けど残念、間違ってるよ」

「そう? じゃあどんな子がいいの?」

「それは内緒だ」


 意地悪な笑みを私に向ける。

 さわやかに、清々しいほど綺麗な笑顔だ。

 アルマは容姿もいい。

 友人も多くいる。

 立ち振る舞いも丁寧で、多くの女性からも慕われている。

 まさに理想的な上流貴族の嫡男だ。

 彼に憧れを抱く者も少なくない。

 物語の中でスレイヤは、そんな彼を自慢に思っていた。

 

「自慢……ねぇ」

「どうかしたかな?」

「なんでもないわ。行きましょう」


 二人で教室に入る。

 席についてからも、彼は楽し気に話しかけてくる。

 他愛のない話だ。

 友人同士が躱すような日常会話を終え、授業が始まる。

 授業中はさすがに静かだ。

 彼は学園でも優等生を演じているから。


 授業が終わり、休み時間になる。


「次の授業もどうかな? 一緒に」

「……そうね」


 彼の誘いに同意して、次の授業も一緒に受けることにした。

 必死に見える。

 私を、自分の視界から外さないように。

 離れていかないように言葉と行動で繋ぎとめている。

 

 お昼になる。

 当然のように、アルマは私を昼食に誘った。


「こうして一緒に食事をするのも久しぶりだね」

「そうね。初めてなんじゃないかと思えるくらいだわ」

「ははっ、面白い冗談だ」


 冗談ではないのだけどね。

 少なくとも、私がスレイヤになってからは一度もない。

 私は修行で忙しかったし、学園に入るまで彼のほうから訪ねてくることもなかったから。

 そう、あの頃からその程度の関係だった。

 一年顔を合わせていなくても、平然とした顔で再会できるような……。


 気持ち悪い。


「そうだ、スレイヤ。今日の放課後だけど、よければ僕の屋敷に遊びに来ないかい?」

「屋敷に? 何のために?」

「深い理由はないよ。ただ君とゆっくり話せればと思って」


 アルマは優しく私を見つめる。


「どうかな?」

「……わかったわ」


 これも、目的を達成させるためだ。

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