35.再婚約の条件
アルマ・グレイプニル。
スレイヤの元婚約者であり、勇者となるキャラクターの一人。
彼は名のある貴族の家系に生まれ、その嫡男として育った。
貴族としての立ち振る舞い、威厳、地位を守ることを何よりに考え、そのために必要な知識や術を身に着ける。
スレイヤとの婚約も、彼女の家と懇意にするためだった。
そこに、互いの意思はない。
しかし、彼は納得していた。
貴族である自分が、家の意向に従うことは正しいと疑わなかった。
地位も名誉も大切だ。
何より、立場のある貴族だからこそ、それにふさわしい行いをすべきだと本気で思っている。
そんな彼が、生まれて初めて感情を優先したのは、フレアのことだった。
彼は出会ってしまった。
家のためには一切ならず、地位も名誉も守れない。
ただ純粋に、愛したいと思える存在に。
物語の中で彼は葛藤していた。
これまで信じ貫いてきた貴族としての自分と、それを押しのけフレアに恋をする自分と。
結果的に彼はフレアを選んだ。
貴族という肩書よりも大切なものを見つけた。
詰まるところ彼の問題を解決する方法は……。
「ごめんなさい。私には無理だと思います」
「どうして?」
申し訳なさそうに否定するフレアに、私は機械的に尋ねた。
彼女は答えにくそうに口を開く。
「アルマさんの問題を解決するには、私が彼と恋をするのが一番なのはわかりました。スレイヤさんのためなら頑張りたいとも思っています。けど……私は、好きじゃない人と恋をすることはできないです」
「それは、今はでしょ?」
彼女は首を横に振る。
「たぶん、この先もです。スレイヤさんが知ってる私は、アルマさんと時間をかけて仲良くなって、ちゃんと好きになったんだと思います。でも今の私は、物語の私じゃないんです。好きにならないといけない……恋をしないといけない……そんなの……できないです」
彼女はずっと申し訳なさそうに俯いていた。
力になりたい。
けど、できないことは無理だと。
「ごめんなさい。意地悪なことを言ったわね」
「いえ! 力になれなくて……」
「いいのよ。確かに、あなたの言う通りだわ」
好きでもない相手と恋をするなんてできない。
その通りだ。
だから私も、彼との婚約を自ら破棄したのだから。
そんな私に彼女を責める資格なんてない。
彼女がこう答えることもわかっていた。
わかった上で聞いたんだ。
それが一番手っ取り早くて、確実だから。
「だが、現実的にどうするんだ?」
「……一つだけ、代案があるわ。あまり気は進まないけど」
「聞こうか?」
「……私が、フレアの代わりをするのよ」
◇◇◇
同日の放課後。
作戦を決行するため、私が学園の出入り口で待つ。
私はため息をこぼす。
始める前からやる気が出ない。
本気で気が進まない。
けれどこれが最善……というより、唯一の手段だと思うから。
私は彼の前に一歩踏み出す。
「スレイヤ!」
「久しぶりね、アルマ」
向かい合って数秒、沈黙を挟む。
彼のほうから何か言ってくれると助かったけど、この様子じゃ難しそうね。
何を話せばいいのかわからないと、彼の顔に書いてある。
ま、私から話しかけたわけだし、ここは予定通り行きましょう。
「同じ学園に通っているのに、こうも出会わないのは不思議ね」
「……そうだね。どうしてかな?」
「惚けなくていいのよ? 私のことを避けていたからでしょ」
「……」
彼は意図的に、私と距離を置いていた。
それはわかっていた。
主人公であるフレアと一緒にいながら、彼とは一度も接触していない。
あからさまに避けているのは明白だ。
逆に言えば、彼は未だに私のことを意識している。
そこに付けいる隙があると考えた。
「新しい婚約者は見つかったかしら?」
「……中々いないよ。君みたいな人は」
「そう? だったらいいわよ? やり直してあげても」
「――!」
アルマは両目をパチッと見開き驚愕する。
まさか私のほうから再婚約の話を持ち出すなんて、彼にとっては予想外だったはずだ。
驚きが終わると、彼は訝しむように私を見つめる。
「……どういうつもりだい?」
「どうって?」
「忘れたわけじゃないだろ? 君は、僕を二度振っているんだよ」
「あなたこそ忘れているの? どちらも原因はアルマ、あなたにあったのよ」
私は冷たく言い放つ。
彼は言い返さない。
自覚しているんだ。
あの時、フレアに見とれてしまったことに。
それを見抜かれ、図星をつかれて否定できなかった過去を思い返している。
「尚更……どうして?」
「気が変わったのよ。それ以上の理由はないわ。あなたにとっても悪くない話でしょう?」
「……確かに悪くない。そのほうが僕にも都合がいいよ」
「ええ、そうね」
乗ってきたわね。
さて、ここからは強気に攻めよう。
「――ただ、私は一度あなたに裏切られている。他の女に見惚れて、浮気みたいなものよ」
「それは……」
「だから条件を出すわ。三日あげる。その間に、私を惚れさせなさい」
「――!」
驚くアルマと視線を合わせる。
ああ、恥ずかしい。
こんなセリフを誰かに言うなんて夢にも思わなかった。
恥ずかしさで心臓がはち切れそうだ。
こっそり見ているベルフィスト辺りは、きっと笑いを堪えるので必死でしょうね。
私自身、らしくないセリフなのはわかっている。
でも、必要だから。
彼が私に……夢中になってもらわないと困るの。
「君から再婚約の話を持ち出したのに、その条件なのか?」
「不満? だったらこの話はなしでいいわ。私は気まぐれなの」
「……」
ここで引き下がればそこまで。
振り出しに戻ってしまう。
私は祈る。
お願いだから、食いつけて。
私にこんな恥ずかしいセリフを吐かせておいて、逃げるなんて許さない。
「――わかった。その挑戦を受けよう」
身体が震える。
歓喜で。
「三日、必ず君を惚れさせてみせるよ」
「……ええ、楽しみにしているわ」






