34.地位より大切なもの
夢から覚める。
温かく、優しい時間はすぐに終わる。
ただの夢でしかない。
虚ろの中で見せられた記憶の残り香にすぎない。
それを、目覚めた彼は忘れない。
「ビリー君!」
「……フレア」
ビリーは自分が地面に横たわっていることに気付く。
天井を数秒見上げてから、ゆっくりと起き上がる。
「俺は眠っていたのか?」
「みたいです。私もさっき目が覚めて。そしたら隣でビリー君も」
「……お前も見たのか?」
「何をですか?」
キョトンとするフレア。
彼女の表情に偽りはなく、純粋な疑問だけが映る。
そう、彼女は見ていない。
彼と、彼の魂の中にある二人の記憶を。
それを見ることができたのは、彼と占い師だけだった。
「……そうか」
目を瞑り、夢の光景を思い出す。
そのままゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。
そこに彼女の姿はない。
「あの占い師は?」
「目が覚めたらいませんでした」
「そうか……残念だ。一言だけ伝えたかったんだがな」
「まったくです! やっぱりインチキだったんですね!」
プンプンと怒るフレアは見る。
ビリーの横顔は、怒りではなく嬉しそうだったことを。
「ビリー君?」
「いや……礼を言い損ねたな」
フレアがハッキリと見た彼の横顔は、とても清々しくまっすぐ前を向いていた。
まるで、何かに守られるように。
縛り上げていた鎖が、暖かな抱擁に変わったように。
こうして、ビリーが抱える問題は解決する。
◇◇◇
廃墟から二人が去っていく。
私とベルフィストは気配を遮断する結界の中に身を潜め、それを見送った。
「行ったようだな」
「ええ」
ベルフィストが結界を解除する。
ここ元々、誰も住んでいない廃墟だった。
占い師の格好だけじゃない。
部屋の中も、外観も、全て魔法による幻で補っていたにすぎない。
これも一つの夢だ。
夢が覚めれば、ただの現実だけが残る。
埃をかぶって薄汚い部屋に、私たちは残った。
「回収は?」
「もちろんバッチリだ。君の仕事には失敗がなくて助かるな」
「……今のところ順調なだけよ」
正直、心底ホッとしている。
答え合わせをしているだけとはいえ、本来フレアが時間をかけて攻略する相手を、この短時間で攻略しなければならない。
しかも恋愛を絡めず、彼らが抱える問題だけを解決するという……。
ある意味、恋に落ちることより難しいかもしれない。
疲れと安堵から、私はため息をこぼす。
「落胆か? 十分上手くやれてる。あと二人だろ?」
「……その残った二人が面倒なのよ。わかってる癖によく軽口を叩けるわね」
「所詮は他人事だからな」
「自分のことでしょ?」
「いいや他人事みたいなものだ。失敗して本気で困るのは俺じゃなくて、君のほうだろ?」
「……」
それはそうだ。
回収に失敗すれば、私の身の安全は保障されない。
私を見限った彼が、彼の中の魔王が何をするかわからない。
仮に魔王が暴れ出した場合、物語のように上手く討伐なんて進まないだろう。
私はすでに、物語を歪めてしまった。
主人公と友人になり、勇者たちの問題を解決し、魔王の依代と協力する。
ここから、本来の流れに戻す方法なんてない。
私はもう走り出してしまった。
もはや後戻りはできない場所まで来ているんだ。
「次のターゲットだけど、どちらがいいかしら」
「決まってないのか? 珍しい」
「どっちも面倒だから後回しにしていたのよ」
「なるほど……なら、君の元婚約者から行くことをお勧めするよ」
ベルフィストの提案に、私は理由を尋ねた。
すると彼は難しい顔をして、声を低くして答える。
「あいつは……セイカは、何を考えているかわからない。それなりに長く一緒にいる俺でも……だ。そもそも、あいつの抱える問題は」
「……そうね。なら、アルマね」
べルフィストの提案に賛同し、次のターゲットはアルマに定めた。
彼の抱える問題は、ライオネスと少し似ている。
いや、似ているというのは語弊があるか。
ライオネスのように、父親の過度な教育が原因ではない。
彼の場合は、彼自身の性格とスタンスによるものが大きい。
正直、これを問題とは呼びたくない。
一見して、心の隙間が生まれるような問題とも思えない。
彼が抱える問題。
それは……。
貴族の地位以上に、大切なものが存在しないこと。






