33.魔法よりも大切なもの
予定通り、フレアがビリーを連れてきた。
二人は変装した私の前にいる。
ビリーが私に尋ねる。
「あんたが噂の占い師か?」
「あら? 私のことが噂になっているの? どんな噂かしら?」
「未来が見える……とか」
「ふふっ、どうかしら? 確かめてみる?」
不敵に笑う私を、ビリーは訝しむ。
今のところ正体に気付かれた様子はない。
さすが、魔王の変身魔法。
ビリーほどの優れた魔法使いをも欺くなんて。
これなら次も上手く行けそうね。
「俺は正直信じていない。未来を見るなんて魔法を聞いたことがない。インチキならこの店、どうなるかわからないぞ?」
「怖い人ね。安心して、インチキなんかじゃないわ。私には見えるの……あなたの未来も……過去も」
「――!」
ビリーはわかりやすく反応する。
彼にとっては未来より、過去のほうが重要だ。
だからこそ、騙しやすい。
私は笑みを浮かべながら語る。
「あなたは過去に囚われているわね」
「……なんだと?」
「悲しい過去……大切な人を失ってしまった経験が、あなたをそこまで強くした」
「どうしてそれを……」
「言ったでしょう? 私には見えるのよ。あなたの全てが……あなたの中に眠る、別の誰かの存在も」
ビリーは後ずさる。
警戒から、私のことを睨む。
私は言い当てた。
彼が胸の奥にしまい込んだ大切な過去を。
これで、私が只人ではないと理解したはずよ。
前置きを終らせ、私は立ち上がる。
「何なんだ……お前は?」
「占い師よ。だから、あなたのことを占ってあげるわ。初めてだしサービスするわ」
「何をする気だ……」
「怖がらないで。あなたが抱える悩み……心の鎖を解いてあげる」
私は緩やかに、ビリーに近づく。
警戒する彼の虚を突いて、その額に軽く触れる。
直後、彼の意識は闇へと沈む。
「なっ……」
「いってらっしゃい。夢の世界へ」
◇◇◇
相手の精神に干渉し、特定の夢を見せる魔法デイドリーム。
そこに、もう一つの精神干渉魔法を追加した強化版。
私一人の力ではなく、ベルフィストにも協力してもらって発動した大魔法だ。
ビリーは真っ白な世界に漂う。
「ここは……」
「あなたの夢……心を映し出す鏡の世界よ」
「お前は……」
発動者である私も、彼の夢の中に滞在できる。
もちろん、占い師としての姿で。
「お前は何者だ? ただの占い師じゃないだろ?」
「さぁ? そんなことより、始まるわよ。あなたの夢が……」
「俺の――! なんだ、これは……」
辺り一面に映像が流れる。
それは記憶。
ビリーの中にある大切な……忘れたくても、忘れられない悲劇。
ビリーの両親は優れた魔法使いだった。
貴族でこそなかったが、類まれなる才能を領主に認められ、充実した環境で魔法の研究に勤しんでいた。
そんな両親のもとに生まれたビリーが魔法使いを目指したのは必然だろう。
ある日、事件が起こる。
両親の研究を手伝っていたビリーが、誤って開発途中だった魔導具を起動させた。
暴走した魔導具は爆発を起こし、研究室は炎に包まれた。
燃え盛る炎の中で重傷を負って倒れたビリー。
死を覚悟した彼に駆け寄ったのは両親だった。
薄れゆく意識の中で、ビリーは両親から二人の魔力を受け取り一命をとりとめた。
その代償として、二人は死んだ。
「これは……呪いだ」
ビリーは呟く。
彼の身体には今も、二人の魔力が宿っている。
彼の類まれなる魔法使いとしての才能は、自身を含む三人分の魔力を有しているからに他ならない。
両親から受け継がれた力だ。
しかし彼は、これを呪いだと思っている。
「俺のせいで研究室はめちゃくちゃになった。俺を助けるために……二人は死んだ。もっと研究したいことがたくさんあったのに……俺を助けたせいで」
「だから、呪い?」
「そうだ。俺は二人の未来を奪った。だから俺は、二人の代わりに魔法を極める。そうしないと……許されない」
「――本当に?」
私は問いかける。
過去に囚われた可哀そうな彼に。
「本当に両親は、あなたにそんなことをしてほしかったの?」
「……何がいいたい?」
「私は何も言えないわ。だから」
私は指さす。
彼を……いいえ、彼の胸に宿る二人を。
「本人に聞きなさい」
その直後、彼の胸が光り出し、二つの光が飛び出す。
光はくるりと彼の周りを一周して、正面でピタリと止まる。
形を変え、色づく。
「父さん……母さん?」
「久しぶりだな、ビリー」
「やっと会えたわね」
「どうして……」
ビリーは困惑する。
魔力には個人差がある。
それは、魔力が魂からあふれ出た生命の力だから。
二人はビリーを生かすために全魔力を注いだ。
その結果、二人の魂の一部もビリーの中に宿ったんだ。
「父さん、母さん……俺のせいで……」
「馬鹿だな、お前は」
「え?」
「本当に馬鹿ね。誰に似たのかしら?」
「僕たち以外にいないだろ? まったく魔法のこと以外は鈍感なのはそっくりだ」
「本当ね」
嬉しそうに笑う二人を見てビリーは戸惑う。
どうして笑っているのか。
自分のことを恨んでいるのではないか。
そんな疑問は間違いだ。
彼は鈍い。
もっと早く気づけるはずだった。
「大きくなったわね」
母親がビリーを抱きしめる。
その上から、父親もぎゅっと抱きしめる。
答えなんて決まっていた。
大好きな研究を、自分たちの未来まで捨てて子供を守った。
恨んでいるはずがないじゃないか。
「私たちは、あなたが幸せならそれでいいの。生きていてくれるだけで……十分なのよ」
「魔法も好きだが、お前のことはもっと好きなんだ。親子だからな」
「――く、う……」
ビリーの瞳から涙があふれ出る。
知ってしまえば単純だ。
長く縛り続けた鎖も、あっという間にほどけて消える。
たった一言、それだけあれば十分だった。
「ごめん……父さん、母さん」
「こら、泣かないの。男の子でしょ?」
「大きくなったんだ。これからもっと大きくなれ。俺たちの分まで、人生を楽しめ」
「……うん。頑張るよ」






