32.デートのお誘い
「ビリー君はいつもここにいるんですか?」
「大体はそうだな。授業がない時間は大抵いる」
「本が好きなんですか?」
「好きというより、勉強だ。ここには世界中の書物が保管されている。学ぶにはもってこいの場所だろ」
「なるほど……ビリー君は真面目さんですね」
軽快なリズムで質問して、最後にさりげなく褒める。
誰だって褒められたら嬉しい。
無邪気に、本心からの言葉なら尚更だろう。
フレアの得意なパターンだ。
と、原作を読んでいた私が勝手に思っている。
「ここに積んであるの、全部魔法の本ですよね」
「そうだよ」
「難しそう……私こういうの読むの苦手で、全然読んでも理解できないんです」
「慣れだよ。少しずつ読んで、知識をつければわかるようになる。俺だって最初はわからなかった」
「へぇ~。ビリー君は誰に魔法を教えてもらったんですか?」
始まった。
無自覚に、核心をつく質問だ。
ビリーの表情が一瞬曇る。
ほんの一瞬で、すぐに普段通りに戻る。
「父さんと母さんだ」
「ご両親も魔法使いさんだったんですね」
「ああ……すごい魔法使いだった」
「ビリー君は、ご両親みたいな魔法使いになりたいんですね」
「なりたい……じゃない。ならなきゃいけないんだよ」
「え?」
ビリーは真剣な表情で本のページをめくる。
そのままぼそりと、呟く。
「そのためだけに生きているんだから」
「ビリー君?」
「なんでもない。俺からすれば、お前のほうこそ凄いと思うけどね? 聖なる力なんて初めて見た。実在するんだな」
「聖なる……?」
「なんだ。自分の力のことを知らないのか?」
ここから、フレアの力について触れられる。
原作でも彼女に力のことを教えたのはビリーだった。
最も知識を持つ彼に与えられた役割でもある。
この話をきっかけに、フレアは自分自身の力に興味を持つようになった。
ただし、それは原作の話だ。
彼女はすでに、私から聞いてしっている。
その力が何のために宿っているのか。
誰を討つための力なのか。
「それは魔力じゃないから、俺には縁遠い力だ。興味はあるけど」
「難しい話ですね。私、普通の魔法のことも知らなくて、あ! そういえば街で気になる噂を聞いたんです」
「噂?」
「はい。なんでもよく当たる占い師さんがいて、まるで未来が見えているようだって。そういう魔法もあるんですか?」
「未来を見る……いや、聞いたことないな」
ビリーが興味を示し、難しい顔をする。
彼は魔法に関する話なら興味をそそりやすい。
これは仕込みだ。
彼が興味を持ったところで、フレアが誘う。
「よければ放課後、一緒に会いに行ってみませんか?」
「占い師にか?」
「はい。ちょっと興味はあるんですけど、一人は不安で……」
そう言いながら期待した目をビリーに向ける。
この視線に抗える男の人は少ない。
ただしビリーは、魔法のこと以外にあまり興味を示せない。
だからこその誘い。
「未来を見る……か。確かに興味はあるな」
彼は必ず乗ってくる。
未知の魔法を前にして、黙って引き下がる彼じゃない。
「わかった。今日の放課後でいいか?」
「はい! ありがとうございます」
満面の笑みで感謝するフレアに、ビリーは少し照れている様子だった。
二人のやり取りが見られて私も満足だ。
「さぁ、ここからは私たちの役目よ」
「わかってるよ。まったく、人使いの荒いお嬢様だ」
◇◇◇
「どうでしたか?」
「完璧だったわ。上手く誘えたわね」
「はい! スレイヤさんの指導のおかげですよ!」
「私はコツを教えただけよ」
ビリーの元から戻ってきたフレアは、飛び跳ねて喜んでいた。
私はあくまで情報を伝えただけだ。
上手く彼を誘導したのはフレア自身の力だと思う。
さすがは主人公。
勇者たちの心を掴むのが上手い。
「放課後も頼むわね」
「はい! スレイヤさん、じゃなくて占い師さんの元に案内すればいいんですよね?」
「ええ、その後のことは私たちに任せて」
「わかりました! 頑張ってビリー君をエスコートします!」
ピシッと敬礼のポーズを見せるフレア。
「張り切ってるわね」
「もちろんですよ! 私、これまであんまり役に立てなかったので」
そんなことないわ、と私が否定する前に彼女は続ける。
「それに……ビリー君の抱える悩みは、早く解決してあげたいんです。とても辛くて……悲しいことですから」
「……そうね」
彼が抱える問題、心に課した縛り。
それは……物語の登場人物の中でも、最も重たく辛い過去だ。
◇◇◇
運命の放課後。
フレアはビリーを街へと連れだした。
「こっちですよ!」
「……本当に合ってるのか?」
フレアの案内に、ビリーは不安げな顔をする。
それもそのはず。
二人が歩いているのは、繁華街からも遠く離れた路地だ。
人影もなく、お店は一つもない。
「道……間違ってないよな?」
「大丈夫です! たぶん」
「たぶん……」
彼はフレアが方向音痴だと言うことを思い出し、不安そうに周囲を見渡す。
「こんな場所に店なんて……」
「ありましたよ!」
「――!」
フレアが指をさした先に、占いの館と書かれた看板があった。
ありきたりな名前に、不気味な外装。
とても繁盛している店には見えないボロボロの外観。
「ここが……」
「そうらしいです。名前も合ってます」
「……まぁ、せっかく来たんだ。会うだけ会ってみよう」
怖いもの見たさで、ビリーが扉を開ける。
ギギギと建付けの悪くなった扉を開くと、そこには一人の女性が待っていた。
占い師らしく顔を隠し、独特な雰囲気を醸し出して。
「いらっしゃい。今日は可愛らしいお客さんね」
占い師は不気味に笑う。
彼は気づかない。
この占い師の正体こそ、変装したスレイヤだということに。






