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29.対立、そして特訓

 見下ろす私を情けない顔でメイゲンは見上げる。

 打ちのめされた後とはいえ、涙でぐちゃぐちゃな顔ね。

 心苦しさは感じるけど、私は心を鬼にする。


「どうして君が……ここに?」

「私はよく中庭に来るのよ。一人になれて落ち着ける場所だから」

「そう、なんだ……」

「ええ、そしたら迷惑にもどこかの誰かが喧嘩を始めたのよ」

「……」


 メイゲンは顔を伏せる。

 すぐ下は地面だ。

 あと少し力を抜けば、顔は土まみれになる。


「見て……いたんだ」

「見せられたのよ。覗いていたみたいに言われるのは心外だわ」

「そうだね……ごめんなさい」


 茂みからは二人が見ている。

 ベルフィスト辺りから、覗いてたのは事実だろ、と突っ込まれていそうだ。

 そして隣で、ベルさんは黙っていてくださいと、フレアが注意しているだろうか。

 生憎、二人の声は私には小さすぎて聞こえない。

 もちろん、倒れているメイゲンにも。


「いつまで寝ているつもり? 立ち上がれないほどの怪我じゃないでしょ」

「……けど、身体に力が入らないんだ」

「はぁ、本当に無様ね。ライオネスがあなたを見放した理由も納得だわ」

「――!」


 わずかにメイゲンが反応する。

 未だ顔を伏せたまま。

 私は彼を刺激するようにセリフを吐き出す。


「こんなに弱くて情けない人、傍に置いていたくないわよね」

「……」

「安心したわ。あなたが腑抜けで……これなら簡単に、ライオネスを殺せそうね」

「――なっ!」


 ようやく、彼は顔をあげた。

 驚愕と困惑の表情を見せ、私を見上げる。


「ライオネスを……殺す?」

「ええ、そうよ」

「何を言って……どうして?」

「理由なんて教える必要があるの? 部外者のあなたに」


 ライオネスからも拒絶され、友人でもなくなった。

 彼はどちらからも部外者だ。

 私たちの問題に首を突っ込める立場にいない。

 そう、思わせる。

 だけど私は確信している。

 ここで彼が、立ち上がろうとすることを。


「……させない」


 彼は地面に手をつけ、肘を伸ばして上体を押し上げる。

 膝をつき、足をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 泥だらけになった服を払いもせず、私のほうをまっすぐに向いて。


「彼を殺すなんて……させないよ」

「……どうして? あなたはもう、彼のなんでもないでしょ? 見放されたじゃない」

「だとしても……彼に死んでほしくないんだ」


 彼は歯を食いしばる。

 メイゲン・トローミア。

 彼にとってライオネスは、ただの友人ではない。

 ライオネスという男こそが、彼の……。


「彼は……ボクの憧れだ」


 憧れ。

 そう、メイゲンはライオネスに憧れていた。

 堂々とした立ち振る舞いに、学生の中でもとびぬけた強さに。

 自分にはない物を全て持っている彼に。

 憧れて、彼のようになりたいと願い、隣に立つことで気づかされた。

 自身と彼との差を。

 

 そう、つまるところ……メイゲンが抱えている問題は劣等感だ。


「彼は殺させない。ボクが……」

「ふっ、笑わせないで」


 彼のおでこを軽く弾く。

 そんなに強く叩いてないのに、彼は吹き飛び木に衝突する。


「ぐっ……」

「そんなに弱くて、どうやって守るつもり?」

「っ……ボクが、彼の傍に……」

「弱いあなたを、ライオネスが傍に置くわけがないわ」


 私は彼に背を向ける。

 立ち去るそぶりを見せ、立ち止まる。


「どうするの? そのまま泣いて、俯いているまま?」

「……」

「そうしている間に、私はライオネスを殺すわよ」

「っ、ボクが……止める」


 決意に満ちた言葉を聞き、私は小さく笑う。

 そして振り返った先で、メイゲンは私を睨み立っていた。

 手足を震わせながら。

 私は不敵に笑う。

 悪役ヒロインらしく。


「いいわ。なら……私を止めてみなさい」

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


  ◇◇◇


 二人の戦いが始まると同時に、ベルフィストは隔離結界を展開した。

 ただの隔離結界ではなく、時間の概念を歪ませる。

 結界の内外で時間の流れに差が生まれ、結界内では時間の感覚が狂う。

 外での一時間は、結界内での約一日。

 しかし、結界内に囚われている者は一日が経過したことに気づけない。

 外での感覚と同じように、一時間程度に感じる。

 複雑な結界だ。

 これが成せるのも、彼が魔王の器だからこそ。


「さて、やることは済ませたし、俺たちは帰ろうか」

「大丈夫なんですか?」

「心配ないよ。結界は時間制限付きだから、外の世界で七時間が経過したら自動的に消滅する。俺がいなくても関係ない」

「ベルさんのことじゃありません、スレイヤさんです」


 お前なんて心配していないと、フレアはベルフィストに冷たく言い放った。

 ベルフィストは苦笑い。

 フレアの視線の先では、メイゲンと戦うスレイヤが映る。


「一人にして……大丈夫なんでしょうか」

「心配ないだろ、彼女は強い」

「でも……悪い人を演じて……辛いはずです」

「……それこそ望むべくだよ。彼女は理解した上で演じている。俺たちが思っているより……ずっと強いよ」


 二人が見つめる先で、スレイヤが戦っている。

 悪役を演じ、己が目的のために身を削り。

 見守るしかできないことに、フレアは憤りを感じていた。


「行くぞ。ここにいても邪魔になるだけだ」

「……そうですね」


 自分にも戦えるだけの強さがあれば……胸の前で手を握りしめ、彼女は去る。

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