26.断れ、ない
「礼を言わせてもらおう」
「あら? 意外ね。あなたからお礼を言われるなんて思っていなかったわ」
私は意地悪な笑みを見せる。
すると、ライオネスは小さくため息をこぼして言う。
「オレとて悩んだ。が、やはり感謝するべきだ。お前の行動のおかげで、父上と向き合うことができた。長年疑問だった母上のことも……知ることができた。感謝している」
彼はまっすぐに私の前に立ち、ゆっくりとお辞儀をした。
礼儀正しく、横柄な態度など消え去って。
「お礼は必要ないわ。私は、私の目的のためにそうしただけよ」
「……目的、か」
彼はゆっくりと頭をあげ、私のことを見つめる。
訝しみ、疑問を抱く。
「結局、お前はなんのために父上をたきつけたんだ?」
「教えるつもりはないわ」
「だろうな。わかった上で聞いた」
そう言って彼は笑う。
憑き物が取れたような清々しい笑顔だ。
フレアと結ばれ、男として成長した彼が作中で見せた笑顔も、きっと今みたいに綺麗だったのだろう。
「興味がないと言えば嘘になるが……今はそれよりも、オレにとって戦う理由はなんなのか。それを早く見つけたい」
何かのために強くなる。
強さには相応しい理由がいる。
見栄、プライドが悪いというわけじゃない。
ただそれ以上に、大切な何かを守るために求める強さのほうが強いだけだ。
人間は手を伸ばし続ける。
届かない理想に追いつきたくて。
誰だってそうだ。
私も……エンディングを超えた未来を目指している。
「フレア、お前にも礼を言っておこう」
「私は何もしてませんよ?」
「いや、父上に言ってくれただろう? 母上を大切に思っていると……あの言葉がなければ、オレは父上の真意に気づけなかったかもしれん。礼を言う」
「あはははっ、お役に立てたならよかったです」
フレアは嬉しそうに明るく笑う。
お礼を口にしたライオネスは、少々申し訳なさそうだ。
その理由はハッキリしている。
「すまない。正直オレはまだ……平民を好きになれない」
「わかってます。お母さんのこと……すぐには呑み込めませんよね」
「……ああ」
彼の父インガも、この先ずっと平民を恨み続ける。
私やフレアがどんな言葉をかけようと、本当の意味で彼の心には届かない。
もし変えられるとすれば……肉親であるライオネスだけだ。
その彼も、平民を許せはしないだろう。
特に今は、真実を知った直後だ。
大切な存在だったからこそ……。
「だが、オレも子供じゃない。平民だから悪いのではなく、悪い奴が平民だった……ということはわかっている。だから……いずれちゃんと謝ろう」
「私にはいいですよ。悪いことされてませんから」
「いや……そうか」
十分にひどい暴言を吐き捨てた。
後悔しているライオネスと、本当に気にしていなさそうなフレア。
ライオネスは呆れて笑う。
「これからもよろしく頼む。フレア」
「はい! こちらこそ」
二人の関係は深まった。
けど、恋に発展するほどじゃない。
私が間に挟まった影響で、友人になった程度で留まっている。
順調だ。
「それから……」
ライオネスは最後に、私とフレアの後ろについて歩く彼に視線を向ける。
父親との話の場にベルフィストも同席した。
私とフレアが各々の役割を果たし、そして彼は……。
「いや、お前は何もしていなかったな」
「そうだね。俺は見ていただけだよ」
何もしなかった。
というより、何もする必要がなかった。
彼の役目は話に介入することじゃない。
ただ、その場に居合わせることだったから。
ライオネスもさすがに、ただ一緒にいただけの男に感謝はしないようだ。
「なぜこの男は一緒にいたのか……それが一番疑問なんだが……」
「気にしなくていいわよ」
「そうそう、気にしなくていいよ。オレのことは動く壁だとでも思ってくれ」
「面白い表現ですね! でも壁さんならしゃべっちゃダメですよ?」
ニコニコ顔で煽るフレア。
ベルフィストとフレアは顔を突き合わせて睨み合う。
一触即発な雰囲気を感じて、ライオネスが困惑する。
「おい、あれは大丈夫なのか?」
「放っておけばいいわ。いつものことよ」
「そうか……」
ライオネスは小さく息を吐き、呼吸を整える。
「スレイヤ、お前には大きな借りができた。もしオレの力が必要になったら遠慮なく頼ってくれて構わないぞ」
「そう? じゃあさっそく、一つお願いしてもいいかしら?」
「なんだ?」
私はニヤリと笑みを浮かべる。
こそっと耳元で、ライオネスにお願いをする。
驚いた横顔を見せて、ライオネスは私から顔を離す。
「どう?」
「断る!」
彼はハッキリと断った。
「――と、言いたいところだが、オレはお前に負けている。敗者は勝者に従うものだからな」
「そうよ。拒否権なんてないわ」
「ふっ、いいだろう。その要求を飲む。いささか疑問はあるが、お前はオレが知らないことを知っている。意味はあるのだろう?」
「ええ、ちゃんとあるわ」
ライオネスはニヤリと笑う。
これで、次への布石を打つことはできた。
「オレからも一ついいか?」
「何かしら?」
「この先……オレが強くなる理由を見つけられたら……また戦ってくれ」
「……いいわよ。焚きつけたのは私だもの」
こうして、ライオネスの問題は解決した。






