24.強さを求める理由
「く、そ……オレはまだ……」
「あなたの負けよ。これ以上続ければ命に関わるわ」
「知った……ことか」
ボロボロになりながら、彼は立ち上がる。
力を振り絞り、何かに引っ張られるようにして。
「オレは負けられない。誰にも……何にも……」
「呆れたわ。その根性は認めてあげる。けど」
立ち上がった彼のおでこを、私は軽く突き押す。
「終わりよ」
「っ、く……」
そのまま力なく、彼は仰向けに倒れ込んだ。
「フレア! 彼の治療をお願いしてもいいかしら?」
「はい」
フレアが駆け寄り、ライオネスの傷を癒そうとする。
「構うな。必要ない」
それを彼は否定する。
けど、フレアは動じない。
「ダメです。傷だらけなんだからじっとしていてください」
「貴様……」
「凄まれても怖くありませんよ」
「……くそ、平民のくせに」
「そうですね、私は平民です。でも……今は同じ学園の仲間ですから」
「仲間……」
ライオネスは意外そうに眼を大きく開く。
フレアが自分のことを仲間だと思っていることに驚いたのだろう。
彼は、自分が彼女に酷いことを言ったという自覚がある。
だから、嫌われていると思っていたはずだ。
それも一つの強さだと、彼に伝わるだろうか。
さて、傷を癒している間に、私も自分の仕事をしよう。
「ライオネス、あなたはどうして強さを求めるの?」
「なんだ?」
「質問よ。傷つくことを恐れず立ち上がった……それはなぜ?」
「決まっている。オレが……誇り高きグレイツ家の男だからだ」
彼はハッキリと言い切る。
そういうだろうと、最初から分かっていた。
私は鼻で笑う。
「くだらないわね」
「なんだと?」
「プライド、メンツで手に入る強さなんてたかが知れているわ。それじゃあなたは一生、強くはなれない」
「貴様……」
「なれないのよ? あなたの父親のようには」
「――!」
ライオネスは驚きのあまり、思わず上半身を起こした。
治療していたフレアが驚いて後ずさる。
「……なぜ、父上の名が出る」
「知りたい? だったら、私たちを父親の元に案内しなさい」
「どういう意味だ? なぜそんなことをする必要がある」
「あなたが本物の強さに気付くためよ」
遠回しな言い方なのは自分でもわかっている。
ただ、これ以上は語れない。
語るべきは私の口じゃない。
私とライオネスはじっと視線を合わせ続ける。
「拒否権なんてないわよ? 敗者は勝者に従う。そういう約束でしょ? つべこべ言わず、私たちを父親の元に案内しなさい」
「……いいだろう。お前の思惑に乗ってやる。ただし……後悔するなよ」
彼は戦う前の同じセリフを口にする。
だけど、意味合いが違うことも、その言葉を向けた先が、私ではないこともわかっている。
◇◇◇
放課後。
私たちはライオネスの屋敷に招待されることになった。
多少強引だったけど、目的は達成している。
今のところ順調だ。
「ここだ」
「お、おっきい……」
グレイツ家の屋敷を見て、フレアが口をポカーンと開けている。
貴族出身の私たちには見慣れた光景だけど、平民の彼女には異世界のような感覚かもしれない。
「ライオネス君はここに住んでるんですか?」
「そうだ。ところで……そっちの男は誰だ?」
「この流れは定番なのかな?」
「あなたの印象が薄いだけですよ」
相変わらずベルフィストには辛口なフレアだ。
ライオネスの屋敷には彼も同行している。
理由はもちろん、力の一部を回収するために。
彼曰く、解放された時になるべく近くにいないとダメらしい。
「初めましてだね、ライオネス君。俺はベルフィスト・クローネ。彼女の婚――」
「ただの知り合いですよ」
遮ったのはフレアだった。
二人は顔を近づけてにらみ合う。
こうしてみると、逆に仲がいいように見えてしまうのは不思議だ。
「まぁいい。貴族なら問題ないだろう」
「それはよかった。ところで、貴族でないといけないのかな?」
「当たり前だ。一人でも十分だというのに、二人も平民を連れてきては、父上の怒りを買う」
ライオネスが暗い表情を見せる。
理由は言わずともわかる。
彼の父、インガ・グレイツは……平民嫌いで有名だ。
屋敷の中に案内され、そのまま当主がいる部屋にたどり着く。
学園では威張っている彼が、身なりを気にして礼儀正しく振舞おうとしているのは、少々新鮮だった。
トントントンと、ドアをノックする。
「父上、ライオネスです」
「――入れ」
許可を得て、私たちは中へと入る。
「失礼します、父上」
「何か用か? ライオネス――!」
私たちの存在にインガは気づく。
少しだけ驚いて、静かに笑う。
「珍しいな。お前がメイゲン以外の友人を連れてくるとは……」
「申し訳ありません。お忙しい時に」
「構わん。それで、何の用だ」
「それが……」
ライオネスは困った顔を見せる。
彼は理由を知らない。
だから、ここからは私の出番だ。
「用事があるのは私です。インガ公爵」
「君は……」
「私はスレイヤ・レイバーンと言います」
「レイバーン家のご息女か。会うのは初めてだな。私に用事があるというのは?」
「お聞きしたいことがございます。その前に」
私はわざとらしく、二人に視線を向ける。
「私以外の友人を紹介しましょう」
「俺からかな? お初にお目にかかります。私はベルフィスト・クローネです」
彼は手慣れた態度と口調で自己紹介をする。
さすがに貴族、慣れている。
そしてもう一人。
「わ、私はフレアです! よろしくお願いします!」
彼女の自己紹介を聞いて、インガ公爵は眉をひそめる。
「家名はなんだね?」
「えっと、ありません」
家名がない。
すなわち、彼女が平民であることの証明だ。
インガ公爵の目の色が明らかに変わる。
鋭く、冷たくなる。
「ライオネス、どういうつもりだ? なぜ平民を連れてきた」
「申し訳ありません」
ライオネスが萎縮している。
それほど、父親の存在は彼にとって大きい。
今の彼を作ったのは、紛れもなく父親の教育だ。
「そこです。私が知りたいのは」
「なんだと?」
「無礼を承知でお尋ねします。インガ公爵、あなたはどうして……そんなにも平民を恨んでいるのですか?」
「――!」






