18.主人公に近づけ
学園の敷地内を歩く。
二人並んで。
「あまり近寄らないでもらえる?」
「どうして? 君と俺とは婚約者だろう?」
「婚約はしていないわ」
「けど将来結婚するだろ? だったら婚約者じゃないか」
そうだけど、そうじゃない。
私は彼の求婚に、私自身の安全を保障させることで同意した。
彼が私を守ってくれる限り、私は彼の伴侶となる。
ただし、絶対と決まったわけじゃない。
「もう一つの条件が満たされない限り、私の安全は完璧にならないのでしょう? だったら、婚約と呼ぶには足りないわ」
「あー、それは確かに。仮に回収できないなら、俺がとる行動は一つだな」
「……」
彼はさわやかな表情をしている。
頭の中はきっと真っ黒……もしくは真っ赤だ。
もしも失敗したら?
考えるまでもない。
サタンは間違いなく、フレアや勇者たちを殺すだろう。
彼はすでに、自身が迎えるエンディングを知っている。
破滅の終わりを。
彼が破滅を回避する方法はシンプルだ。
主人公たちが力をつけ、団結する前に殺してしまえばいい。
サタンの強さは身をもって体験した。
今の彼なら、余裕をもって彼女たちを殺せる。
そうしないのは、彼女たちに可能性があるからだ。
「皮肉ね……」
魔王を倒して平和をもたらした勇者たち。
今、彼らの命は魔王の力を宿していることで保たれている。
この事実を知れば、彼らはどう思うだろうか。
いいや、そんなことはどうでもいい。
私はただ、幸せに生きたいんだ。
「フレアの攻略はすぐ始めるわ」
「気合が入ってるな。算段はあるのか?」
「不幸中の幸いよ」
「ん?」
彼は知らないだろうけど、私はすでにフレアと知り合っている。
原作とは違った……友好的な形で。
またお話しましょう。
そう言って別れた彼女の笑顔を思い返す。
今の私なら、彼女と友人にはなれるはずだ。
「まずは親密になる。だから邪魔しないで」
「ひどいな。一応協力関係だろ?」
「一方的でしょ」
「そんなことない。ちゃんと君の安全は俺が保証する」
彼はニコリと微笑む。
そんな彼の表情を、じとーっと見つめる。
「何その顔」
「……今のあなたは、魔王っぽくないわね」
「ん? ああ、戦闘中みたいに興奮するとサタンの色が強くなるんだ。普段はどちらかというと、ベルフィストの人格が勝ってる」
「そう。道理で……」
「ちなみに、どっちのほうが好み?」
彼は私の前に立ち、通せんぼして尋ねる。
悪戯を仕掛ける子供みたいな顔で。
「どっちも嫌いよ」
「わっ、酷いな! 未来の夫に向かって」
「私を殺すかもしれない相手よ。今はまだ、好きになれないわ」
「――あーなるほど。じゃあ、好きになってもらえるように頑張るよ」
◇◇◇
ベルフィストと別れ、私は一人で学園の建物を散策する。
探しているのはもちろん、彼女だ。
まだ三日目。
ほぼ間違いなく、一般科目の授業を受けるはず。
問題は彼女がドジで方向音痴だということ。
「また迷ってないかしら」
魔法で探すのが手っ取り早いけど、学園内で不用意に魔法を使うと罰がある。
だから昨日も、結界を張って気づかれないように工作した。
あの激しい戦いは結界の外には届いていない。
誰も私が魔王と戦ったなんて知らない。
学園は今日も平和だ。
「スレイヤさん!」
「――!」
今の声は……。
私は後ろを振り向く。
今日の私は運がいいかもしれない。
まさか、向こうから見つけてくれるなんて。
「おはようございます!」
「ええ、おはよう。フレアさん」
探し人のほうから駆け寄り、私の隣に立つ。
おかげで探す手間が省けた。
見つけてくれたことに、私は心の中で感謝を口にする。
「これから授業ですよね? なんの授業を受けるんですか?」
「決めてないわ。あなたは?」
「私は一般科目を、えっと……」
「……迷ったのね」
「あはははっ……」
フレアは無邪気に笑う。
この天然っぽい雰囲気も、彼女の魅力の一つだった。
彼女の笑顔や言葉には、心の底から邪気がない。
純粋に思ったことを口にする。
だからこそ時に失敗もするけど、周囲から信頼される。
私も本を読みながら、そんな彼女に少し憧れていたり……。
「どうかしましたか?」
「なんでもないわ。その講義ならこっちよ」
改めて、フレアが目の前にいることで感慨にふけっていた。
私は彼女を案内して、教室前まで移動する。
「ここよ」
「ありがとうございます!」
彼女は元気よくお礼を口にした。
清々しいほど好意と善意だけのお礼だ。
心が安らぐ。
「あの、スレイヤさんは……」
そして、期待するように私を見つめる。
「そうね。時間も時間だし、一緒に受けるわ」
「本当ですか! やった!」
ただ一緒の授業を受けるだけで、こんなにも喜んでもらえる。
無邪気な笑顔を見せられ、なんだか恥ずかしい。
と同時に、心苦しい。
目的のためとはいえ、彼女に罪はない。
そんな彼女を利用することに……罪悪感はぬぐえない。
「あ! あの席が空いてますね」
「ええ」
隣り合わせの席に座る。
問題は、どうやって彼女に協力を仰ぐか。
まさか本当のことをペラペラと伝えるわけにもいかない。
私が上手く誘導して、彼女に勇者たちの問題を解決させる。
好意は抱かせないギリギリのラインで……。
難しいなんてものじゃない。
改めて面倒なことを引き受けてしまったな。
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