17.原作にない謎
「ありえないわ」
「いいや確実だ。お前の記憶を見て確信を得た」
「どういうことよ。原作を知ったからってこと? だったら逆にありえないじゃない」
「いいや、原作の俺は気づいたんだ。勇者たちに力の一部が宿っていることに。そして……主人公と親密になることで、心の隙間は埋まる。埋まれば居場所を失い、俺の力は解き放たれることに」
サタンは説明を続ける。
解放された力の一部は、もっとも相応しい場所へ導かれる。
近くには本体がいた。
故に、力はサタン自身の元へと回帰した。
主人公と勇者が結ばれることで、自らに力が戻ったことを知った魔王は……。
「力を全て回収するために、主人公を手に入れようと……した?」
「おそらくそうだ。それこそが、原作で描かれなかった魔王サタンの真の目的! 世界征服を望もうが、嫁探しをしようが、力の回収は共通した望みだ。俺ならそうする」
サタンは断言する。
物語の中の展開とはいえ、本人が言っているのだから説得力がある。
そして結果的に、魔王はフレアたちと完全対立した。
最終的にはフレアたちに討伐され、世界から完全に消滅する。
「必ずしも奴である必要はない。心の隙間……その者が抱えている問題が解決すれば、それは埋まる」
「それなら、私が何かする必要もないわ」
この世界にはフレアがいる。
彼女はきっと、勇者たちと親交を深めていくだろう。
勇者たちの問題は、彼女が解決する。
グランドフィナーレを迎える最後のお話では、全員が一丸となって魔王と相対した。
その時にはすでに、彼らの問題は解決している。
「私がやらなくても、フレアがいれば十分じゃない」
「……残念だがそうはならない」
「どうして?」
「あの娘が救えるのは一人の心だけだ」
「そんなことないわ。最後のお話では」
「問題は解決している。が、俺の力は戻っていない。根拠はある。俺が見せた力が……あまりにも中途半端だ」
「中途半端って……」
最終決戦の描写は白熱だった。
文字だけなのに情景もハッキリと伝わって、魔王の恐ろしい力の応酬と、フレアや勇者たちの想いが全身を駆け巡るように。
私だけじゃなくて、多くの読者が感動したはずだ。
「完全復活した俺はあの程度ではない。俺が言っているんだ。間違っているはずがない」
「……」
本人に言われると納得してしまいそうだ。
確かに、個別ルートで戦った魔王サタンと、最終決戦時のサタン。
言うほど強さに差は……ない。
そういう描写もされていなかった。
「どうして? 心の隙間は問題を解決すれば埋まるのでしょ?」
「その通りだ。ならば理由は単純。新たな隙間が生まれたということになる」
「新たな隙間……それって……」
「欲だ」
「欲?」
「主人公、フレアを手に入れられなかったという後悔が、新たな穴となった」
そんな理由……?
サタンから聞こえた意外な一言に、私は呆れてしまった。
私は、彼らが抱えていた問題を知っている。
どれも悲しくて、重たくて、切ない問題ばかりだった。
ずっと抱えていた苦しみを、フレアと過ごすことで解消していく。
その辛さと、フレアを射止められなかった辛さが一緒?
「そんな嫉妬が理由になるの?」
「馬鹿にはできないぞ。欲は誰にでもある。それほど欲した相手を失ったのなら、心の隙間はより大きくなるだろう。人間は物を失うより……人を失うほうが苦しむ」
サタンは遠い目をしながらそう言った。
思い入れでもあるのだろうか。
それとも、彼を宿したベルフィストが、誰かを失った過去でも持っているのか。
わからないけど、悲しそうに見えた。
「……なら、まずいじゃない」
「そうだ。このままではよろしくない」
フレアは彼らと出会っている。
彼らはすでに、フレアに惹かれつつある。
程度に違いはあれど、彼らがこれからも関われば、恋に落ちることは明白だ。
恋に落ち、本気でフレアを求める様になれば……。
「もはや心の隙間は埋められない。俺の力は永遠に戻らない」
「……殺した場合は?」
「ふっ、お前からそれを聞くのか?」
「いいから話して」
サタンは小さく笑う。
「回収はできない。心と一体化した状態で死ねば、力ごと消滅する」
「……そう」
無理やり奪い返す、という手段は使えない。
あくまで心の隙間を埋める方法でなければ、サタンの力は回収できないということ。
「面倒ね」
「そうだ。だからお前にも協力してもらうぞ。俺ではどうあがいても、奴らの心の隙間を埋めることはできん。所詮はただの……友人だ」
「よく言うわよ」
魔王サタンの依代、あの物語の一番重要なキャラクターだったくせに。
けど、彼の言う通りだ。
セイカの友人でしかない彼には、勇者たちの心の隙間は埋められない。
可能だとすれば、主人公であるフレアだけ。
私にも……無理だ。
「スレイヤはフレアの敵役よ。私にも、彼らの心の隙間は埋められないわ」
「ならば方法は一つだろう?」
「……まさか」
「察しがいいな」
浮かんだ方法は一つだけ。
心の隙間を埋められるのは、この世界でたった一人。
物語の主人公フレアだけ。
ならば彼女を、味方につけるしかない。






