16.もう一つの要求
魔王との激戦を繰り広げた翌日。
「……ぅ、朝……」
目覚めた私は朝日の眩しさを感じる。
身体はどっと疲れて重たい。
関節が強張って少し痛みもある。
痛みを感じる。
そう……。
「生きてる」
魔王と戦って、私は生き延びた。
圧倒的な実力を見せつけられ、起死回生の奥の手を使うかで迷い。
交渉の果て、私は日常へと帰還した。
いいや、日常とはもう呼べない。
今の私は……。
「はぁ」
小さくため息をこぼし、メイドを呼んで朝の仕度を済ませる。
朝食も家族と一緒に過ごし、何も変化なかったように振舞って学園へと向かった。
正直気は進まない。
というより、未だに信じられない。
あれだけの戦闘を繰り広げ、死すら覚悟したのに、こうして生きていることが。
何よりも……。
「スレイヤ」
この男、魔王サタンの依代ベルフィストが……。
「おはよう」
「……ええ」
私の婚約者になったなんて。
◇◇◇
時は遡り、激戦を終えた直後。
諦めの極致から迷いを振り切り、私は魔王に言い放った。
「お前を守る?」
「そうよ。私のことを守りなさい。この先ずっと」
どうせ魔王には私の正体がバレた。
うちに秘めた目的も晒して、この先思い通りにはいかない。
ならば利用する。
この世界で最強の存在……スレイヤの死の引き金が魔王サタンならば、彼を味方につければ私は絶対に死ぬことはない。
普通の生活はできないだろう。
それでもいい。
私は……悲しい終わりだけは迎えたくないから。
「ふっ、まるで今のセリフはプロポーズのようだったぞ」
「プロポーズしたのはそっちよ。私のは保身。死にたくないから、守れと言っているの」
「強気だな、この状況で」
「こんな状況だからこそよ。私に逃げ場はない。だったらとことん戦ってやるわ」
認められないのなら戦うまでだ。
今度は躊躇しない。
たとえどんな喧嘩になろうとも、奥の手を使って魔王を滅ぼす。
強い覚悟を瞳に宿し、魔王サタンを見つめる。
「いい眼だ。未だ光を失っていない」
「……どうするの? 私の要求が吞めないなら、この話はなしよ」
「ふっ、いいだろう。その程度のことなら聞いてやる。お前の身の安全は俺が保証してやろう」
サタンは答えた。
私は心の中で、よしと呟く。
言葉の真偽は付けられないけど、一先ず味方には付けられそうだ。
問題はここから先、彼が裏切らないようにする方法を……。
「ただし! こちらからも条件を出そう」
「条件? 結婚する以外に何か私にさせるつもり?」
「そうだ。お前の要求を飲むんだ。こっちも追加で要求させてもらう」
「私は結婚の話に対する条件出したのよ? もう一つなんて不公正だわ」
私が反論すると、魔王サタンは笑みを浮かべる。
「俺を前にして、公平な交渉ができると思わないほうがいいぞ」
冷たい視線に寒気がする。
その気になれば一瞬で殺せるぞ、と耳元で囁かれているような感覚。
こんなにも緩やかで鈍い殺気は初めて感じた。
私の身体は強張る。
「安心しろ。大した要求ではない」
「……何をすればいいの?」
「俺の半身を探すのに協力しろ」
「……どういうこと?」
言っている意味がわからなかった。
魔王の半身?
そんな言葉、原作にも登場していない。
それじゃまるで、目の前にいる彼が不完全な状態みたいに聞こえる。
「――お前が今思った通りだ」
「! 心を……」
「読まずともわかる。お前は割と、顔に出やすいぞ」
ぱっと自分の頬に触れる。
顔に出やすいなんて初めて言われた。
気を付けていたつもりなのに。
「……説明してもらえる?」
「いいだろう。手短に話そう。そろそろ……結界の効力も切れる」
隔離結界には時間制限がある。
私から支配権を剥奪しても、最初に展開した際に生じた制限は変わらない。
外の世界で授業が終わるまで。
授業が終わるベルの音と共に、結界は崩壊する。
「俺の復活は不完全だ。見てわかる通り、肉体は戻っていない。ここにあるのは、俺の魂と力の一部だけにすぎん」
「一部……」
完全体じゃなくてこれだけの強さ?
完全復活したらどれほど恐ろしいのよ。
昔の勇者はよく魔王を倒せたわね。
魔王が化け物なら、勇者もまた化け物だわ。
「魂の復活と同時に、俺の力は無数に分かれて散った。その力を回収したい」
「散ったって……どこに?」
「人間の心だ」
人間の……心?
私は首を傾げる。
「力には意志が宿る。俺の力は、人間の心の隙間に引き寄せられた。後悔、葛藤、罪悪感……誰しも一つくらい、他人に言えない秘密はある。俺やお前にもあるようにな」
「……そうね」
「そういう人間の心には穴が空く。穴を埋めるために、心は代わりを求める。それに吸い寄せられたのが俺の力だ」
「よくわからないわね。要するに、あなたの力を宿した人間が他にもいるの?」
「そういうことだ。まぁ本人は気づいていないだろうがな」
要求の内容は理解した。
理解した上で、私はサタンに言う。
「無理よ」
「なんだと?」
「だって、その人間がどこにいるかわからないじゃない。世界中に人間がどれだけいると思っているの?」
サタンが私に協力を頼むということは、彼自身に力の所在を感知する力はない。
もしくは正確な場所がわからないのだろう。
そうでなければ、他人に頼る必要はない。
自分で見つけて、奪い返せばいいのだから。
「安心しろ。力は引き寄せ合う。俺がここにいる。ならば力の持ち主は……学園の中にいる」
「どういう理屈? 根拠はあるの」
「ああ、今しがた確信が持てた。俺の別れた力たちは――お前が言う勇者たちが宿している」
「なっ……」
何を言って……。
勇者が魔王の力を宿している?
そんなことあるわけない。
原作にそんな描写も展開もなかったんだから。






