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14.絶望……求婚?

 魔王の攻撃手段は大きく三つ。

 体術、剣術、魔法。

 どれ一つとっても、人間の力を遥かに凌駕している。

 一歩、また一歩と近づいている。

 無造作に、隙だらけなようで硬く。

 私は警戒し、彼の行動を予測する。

 

 どう来る?

 魔法を使ってくるか。

 それともこのまま――


「行くぞ」

「――!」


 眼前から魔王が消える。

 私の感覚は、すぐに彼の魔力を感知する。

 

 右――


 振り向いた先に彼はいた。

 拳を握り、大きく振りかぶっている。

 彼の拳には漆黒の魔力が纏われていた。

 

「アイスウォール!」


 私は咄嗟に氷の壁を生成する。

 分厚い氷の壁も、彼の拳には簡単に砕かれてしまう。

 だけどそれでいい。

 直撃を避け、大きく砕かれ吹き飛ぶ氷の破片と一緒に飛び避ける。


「いい反応だ」


 拳を躱されたのに満足気な魔王を見る。

 距離をとって油断した今がチャンスだ。

 私は魔王に向かって右手をかざす。

 すでに布石は打ってある。

 魔法陣が展開されたのは、魔王サタンが立っている足元。


「これは……」

「アイススピア」

  

 砕かれた氷の塊が鋭い槍のように形状を変化させ、サタンを四方八方から襲う。

 防御が間に合わない距離、完全に不意をついた。

 今度は魔力障壁では防御できない。


「惜しいな。今度は威力がお粗末だ」

「っ……」


 攻撃は当たったけど、彼はケロッとしていた。

 魔力による防御をするまでもない。

 いや違う。

 彼の身体は常に、黒い魔力の膜で覆われているんだ。

 ほとんどの攻撃はその膜に弾かれる。

 つまり、ノヴァスフィアと同等かそれ以上の威力の魔法を使わないと、彼の身体には届かない。


「やってやるわよ」


 私は背後に五つの魔法陣を展開させる。


「また複合魔法か。それでは同じ結果だ。魔力の無駄遣いだぞ」

「心配は無用よ」


 私は人間だ。

 悪魔のように無際限に魔力が湧き出るわけでも、浴槽のように多く貯め込めるわけじゃない。

 才能はあっても限度はある。

 肉体の強度も、魔力も量も魔王には敵わない。

 だからこそ磨いたのは、魔力操作の精度と魔法行使のセンス。

 少ない魔力で効率的に魔法を行使し、魔法発動時のロスを限りなくゼロにする。

 その究極がこの形。


「ノヴァスフィア」


 魔法を放たず、手元で圧縮する。

 ノヴァスフィアの力をぎゅっと凝縮し、一振りの剣の形に変化させた。

 光の剣が生成された衝撃で、複数の光の球体が散らばる。


「複合魔法の力を剣に変化させたか」

「そうよ。この剣なら――」


 私は足の裏に魔法陣を展開。

 小さな爆発と共に大きく前進し、サタンに斬りかかる。

 サタンは咄嗟に魔力の障壁を作り防御する。

 が、それを光の剣は砕く。


「圧縮されたことで威力も増しているか」


 その通り。

 この一振りは、最初に放った砲撃の威力を高密度に圧縮したもの。

 強度も威力もけた違い。

 砲撃では突破できなかった魔力の壁も、この剣ならば通せる。

 彼の身体を斬れる。

 それを瞬時に理解したサタンは後退する。


「逃がさないわよ!」


 私は光の球体を操り放つ。

 剣の形に圧縮するとき、一部は圧縮しきれず余る。

 その余りを手の平サイズほどの球体に凝縮し、私の周りを浮かぶ攻撃の玉として操る。

 小さいけど威力は剣と同等。

 サタンの魔力障壁を破り、一発だけサタンの頬をかすめる。

 ツーと、頬を流れる血をサタンが拭う。


「俺に血を流させるか」


 傷は一瞬で癒えていた。

 彼の肉体には再生能力も備わっている。

 軽症はダメージに入らない。

 けど……。


「届いたわね」

「……」


 私の攻撃はサタンに通じる。

 それさえハッキリすれば戦える。

 勝機はある。

 今日までの……私の努力は無駄じゃなかった。


「面白いな、そのスタイル」

「――! まさか」


 彼が操る漆黒の魔力が、彼の手元で形を変える。

 二振りの剣と、無数の球体に。


「俺も真似しよう」

「……本当に」


 ふざけた怪物だわ。


「行くぞ。ついて来られるか?」

「――なめないで」


 純白の剣と漆黒の剣。

 白い球体と黒い球体。

 形は同じ、しかし異なる力がぶつかり合う。

 私の剣技に合わせる様に、サタンの剣が私の攻撃を受け流す。

 球体による攻撃も、同様の力で相殺される。

 互角……いや、こちらが不利だ。

 剣は相手が一本多く、球体の数でも負けている。

 加えて……。


「っ……」

「どうした? バテてきたか?」


 身体能力には埋められない大きな差がある。

 息を切らす私に対して、サタンは呼吸一つ乱していない。

 激しい攻防の中でも冷静で、よく私の動きを見ている。

 改めて思うけど、勇者やフレアたちはよくこんな怪物を倒せたわね。

 想像以上に強すぎて、私は自然と……。 


「ふっ、まだ笑うか」


 笑っていた。

 呆れた気持ちと、この状況でも生きている自分の力に喜びを感じる。

 私は強くなった。

 魔王サタンと斬り合えるほどに。

 主人公たちが総力を挙げてやっと互角だった相手と、私はたった一人で戦えている。

 そのことが、心の底から嬉しかった。

 だけど……。


「はぁ、はぁ……」


 嬉しいと思うだけじゃ勝てない。

 じりじりと体力が削られ、光の玉はすべて使い切った。

 手元の剣も、気を抜けばすぐ弾けて消えてしまう。

 このままじゃ勝てない。

 こうなったら……奥の手を使うしか……。


「うん、いいなお前」

「――!」


 サタンが私の間合いに入ってくる。

 疲労で集中が途切れた一瞬を縫っての接近。

 私は気づけず、両手を握られる。

 

 しまった!

 捕まえられた……。

 やっぱり奥の手を――


 決死の覚悟を決めかけた時、サタンは私の手をひっぱり、顔を引き寄せる。

 顔同士が近づく。

 そして――


「お前、俺の嫁になれ」

「……へ?」


 魔王は私に、求婚してきた。

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