13.複合魔法
黒い瞳が血のような赤色に変化する。
元から黒かった髪にも赤みがかかり、どこが鋭さを感じられる。
何より、全身からあふれ出る魔力が異質だ。
人間が持つ魔力にも色はある。
同じ人間、兄弟や親子であっても、完全に同質の魔力を持つ者は存在しない。
魔力の性質は、その人がもつ魂の特性を色濃く反映している。
黒。
真っ黒な闇。
彼が放つ魔力はまさにそれだった。
これが魔王だ。
本の中で、文字でしか表現されていなかったものが現実にある。
禍々しく不気味な雰囲気を肌で感じ、私の頬からは冷や汗が流れ落ちる。
覚悟はしていた。
いずれ対峙するかもしれない相手のことだ。
恐ろしい存在だということはよく知っている。
わかった上で、この威圧感……。
「面白い奴だな。俺の本性を見て笑うか」
「……」
私は笑っていたらしい。
無自覚に、私の顔は笑みを浮かべていた。
これは歓喜?
それとも……恐怖に対するせめてもの抵抗?
私は拳をぐっと握る。
「さて、これからどうするつもりだ?」
「……決まってるわよ」
覚悟は決めていたはずだ。
奮い立たせよう。
今一度、自分の胸に手を当てて確かめる。
心臓は早く、強く鼓動を打っている。
恐怖はしている。
動揺も……でも、絶望はしていない。
ならきっと大丈夫。
思い出すんだ。
私は何のために、今日まで修行してきたのか。
すべては――
「ここであなたを滅ぼす」
「――ふっ、いいだろう。俺の正体に気付いた褒美だ。相手をしてやろう」
ベルフィスト……いいや、魔王サタンの魔力が膨れ上がる。
隔離結界の中が彼の魔力で満たされ、支配権が奪われる。
一瞬のことだった。
私が展開させた結界の外壁が、黒く塗りつぶされる。
「くっ……」
「心配するな。結界はこのままにしておく。俺も……こっちのほうが都合がいい。お前がどういうつもりで、俺と二人きりになったのかは知らないけどな」
隔離結界は外との交信の一切を絶つ。
結界の中には誰も入れないし、存在すら気づけない。
今ここは、現実とは異なる空間になっている。
この中でどれだけ暴れても、どれだけ物を破壊しても、現実にはなんの影響も与えない。
ただし、結界の中にいる生物は違う。
私がこの中で死ねば……当然、現実でも死んでしまう。
「外からの援軍を絶ちたかったか? 俺が魔王だと知りながら一人で挑むきか。随分と愚かだな」
「愚かかどうかは……味わってから決めなさい!」
身体は恐怖で強張っている。
だからこそ、先手は私がもらった。
私は背後に五つの魔法陣を展開させる。
炎、水、風、雷、土。
魔法における基本属性、五大元素の魔法。
すべて最上位の魔法式を展開し、それらを一つに融合させる。
「魔法式の融合だと?」
「くらいなさい」
これこそ、五大元素の魔法を融合して完成する究極の一撃。
複合大魔法――
「ノヴァスフィア!」
純白の光線が魔法陣から発射される。
あらゆる元素をかき消し、粉砕する超圧縮された力の塊だ。
手加減なんてできない。
相手は世界最強の魔王……手を抜く余裕はない。
最初から全力で、震える身体を鼓舞する。
放たれた大魔法の一撃はサタンに直撃する。
彼は避けなかった。
ポケットに手を突っ込み、不敵に笑ったまま動かなかった。
余裕のつもりか。
魔王サタンと言えど、あの魔法の直撃を受ければ相当なダメージは負うはずだ。
慢心、私のことを侮ってくれていたなら好都合。
これで少しでも優位に立てれば……。
「――なるほどな。中々にいい一撃だったぞ」
「……冗談きついわね」
立ち上った土煙と爆風が収まり、彼は姿を見せる。
すぐにわかった。
無傷……。
立っていた場所から一歩も動かず、何のダメージもない彼が立っている。
私は驚愕と同時に落胆する。
なんとなく予感はしていたけど、今の一撃を受けてなんともないなんて……。
「さすが、化け物ね」
「それはお互い様だ。今の一撃……到底ただの人間に成せる技じゃない。相当のセンス、修練の果てにたどり着くものだ」
「褒めてくれてありがとう。だったらもう少し堪えてほしかったわね」
「堪えたぞ。この俺が、防御をしたんだからな」
目を凝らす。
よく見ると、彼の周囲に黒い霧のようなものが待っている。
私の攻撃による残留物じゃない。
あれは……。
「魔力」
「いい眼を持っている。正解だ」
彼が軽く右手を上げると、腕の周りに黒い霧が渦巻く。
彼の身体からあふれ出る魔力が実体化している?
魔力は本来、肉眼では見ることも触れることもできない力だ。
魔法使いは独自の感覚をもってして、相手の魔力の量や質、流れを感知できる。
それでも、ハッキリ見えるわけじゃない。
ただ感じるだけだ。
それが……私の眼にはハッキリ見えている。
彼の周囲で渦を巻き、漂う漆黒の魔力が。
「出鱈目ね。魔力の濃度が濃すぎて、肉眼でも見えるなんて」
「その割に驚かないな」
驚きはしない。
そういう描写は原作でも描かれていた。
魔王サタンは魔力そのものを具現化し、武器として操ることができる。
魔法に変換することなく行使できるのは、世界でも魔王サタンのみ。
わかってはいたけど……まさか魔力の障壁だけで簡単に防がれてしまうなんて。
想像以上に強い。
「本当に面白いな。渾身の一撃を防がれてなお、戦意を失っていない。その眼はまだ、俺に勝てるつもりでいる眼だ」
「……そう思っていないなら、初めから魔王に喧嘩をうったりしないわ」
「ははっ、そうだな。なら、見せてみろ」
魔王サタンから冷たく鋭い殺気が放たれる。
震えて後ずさろうとする身体を、私は気合で押しとどめる。
「お前の力の全てを」
魔王が一歩前へ出る。
今度はこちらの番だと言いたげに。
本日の更新はここまで!
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります。
現時点でも構いませんので、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください。
よろしくお願いします!!






