10.この笑顔に
私はまた失敗した。
大きすぎる失敗だ。
「スレイヤさん! さっきは本当にありがとうございました!」
「……」
授業中、困っている彼女を可哀想だなと思ったのが間違いだ。
なんとなく手を貸してしまったことで、彼女に感謝されてしまった。
だけで終わればよかったのだけど……。
「いつかお礼をさせてください!」
「……気にしなくていいと言ったわよ」
「私が気にするんです!」
「……」
フレアに恩を売りつけることに成功してしまったらしい。
授業が終わり、早々に立ち去ろうとした私の後ろを、なぜか彼女はついてきた。
早歩きする私よりも早く歩いて、私の前に立ちはだかるように移動し、大きく頭を下げお礼を言う。
そんな光景を周りの生徒たちも見ていた。
一日に二度も廊下で注目を浴びるなんて……とんだ失態だ。
「スレイヤさん、次はどの授業を受けるんですか?」
「決めていないわ」
「そうなんですか? 私もどれを受ければいいのかわからなくて……」
「一般科目を受ければいいのよ。入学したばかりなんだから」
「そうですね! 一般! えっと、どの教室に行けばいいのかわかりますか? 私、方向音痴で……」
彼女は、あはははと情けなく笑う。
まったく笑い事じゃない。
私は大きくため息をこぼす。
「こっちよ」
「あ、ありがとうございます!」
私は彼女を案内する。
ここで変に拒絶しても、悪い印象を与えるだけだ。
彼女との敵対はそのまま、勇者たちとの敵対を意味する。
それは一番避けたい未来だ。
彼女たちと敵対すれば、私は魔王に接触される。
その展開だけは避けないといけない。
「スレイヤさんすごいですね! 検査の時もすごかったけど、勉強も完璧なんて」
「そんなことないわ」
「ありますよ! 私なんてさっぱりわかりませんでした……」
「それが普通よ。今は気にしなくても……」
って、それじゃ自分が普通じゃないと言っているみたいね。
彼女と話していると、なぜか気が抜けてしまう。
これも彼女がもつ聖女の力……なのかしら?
隣を歩いているだけで、心が穏やかになっていくような……。
彼女と接触したのは失敗だ。
しかも彼女に好意的に接してしまい、懐かれそうになっている。
なんとか引き離して他人に戻らないと。
そうしないといずれ……。
「フレアじゃないか」
「こんにちは」
「あ! ライオネス君! メイゲン君も!」
こういう展開になるから。
予想通りすぎてため息すら出ない。
主人公の周りに勇者は集まる。
わかっていたから近づきたくなかったのに……。
「ん? お前は確か……スレイヤ・レイバーン」
「ああ、検査ですごい結果を出していた。二人は知り合いだったの?」
「いえ、さっき同じ授業で知り合ったばかりです」
「そうか。見かけないと思ったが、他の授業に出ていたか」
「はい。間違って難しい授業に出てしまって……」
「あはははっ、ボクもさっき間違えかけたよ。ライオネスがいなかったら迷ってたかな」
三人で仲良く話し始める。
さすが主人公。
持ち前の明るさと人懐っこさで、さっそく勇者二人と仲良くなったみたいだ。
たった一日しか経っていないのにすごいわね。
ちょうどいいタイミングだ。
三人が話している隙にこの場を離脱して……。
「スレイヤさんすごいんですよ! 難しい問題をさらっと解いて私を助けてくれたんです!」
「ほう、そうだったのか」
「へぇ~ 実技だけじゃなくて勉強もできるんだぁ」
余計なことを言ってくれたわね。
おかげで二人の視線と関心が私に向けられた。
逃げるのは失敗ね。
「オレはライオネスだ。フレアを助けてくれたそうだな。礼を言おう」
会って一日で彼氏気取りな発言はさすがね。
「ボクはメイゲン。よろしくね?」
よく知っているわ。
ライオネスの大親友で、唯一の理解者でしょう?
二人のプロフィールは暗記している。
何度も読み返したおかげで、一目見ただけで彼らだとわかったくらいだ。
「スレイヤ・レイバーン。お前のことは少々気になっていたんだ。あの魔法……凄まじかったな」
「別に、普通に魔法を使っただけです」
「あれで普通? 本気を出したらもっとすごいってことかな?」
「興味深いな。ただの貴族の令嬢が……なぜあれほどの力を持っているのか」
「――それは俺も気になる」
厄介なのがもう一人追加された。
勇者の一人、天才魔法使いのビリーが近寄ってくる。
あからさまにライオネスが不機嫌になる。
「おい、オレが話している途中だ。割り込んでくるな」
「関係ないな。俺より弱い奴の意見を聞く必要はないと思うけど」
「貴様……」
「ちょっと二人とも! 会うたびに喧嘩しないでよぉ~」
二人は犬猿の中だ。
序盤は特に、顔を合わせる度に喧嘩をする。
その仲裁役は、いつもメイゲンだった。
本の中でしか知らない光景を見られるなんて……感慨深い。
なんてことを考えている場合じゃない。
「俺が興味あるのはあんたじゃない。彼女だ」
「それはオレとて同じだ」
「まぁまぁ、聞きたいことは一緒なんだし、聞けばいいと思うよ?」
「私も知りたいです! スレイヤさん、どうしてそんなに強く頭もいいんですか? 何か秘訣とかあるんですか?」
主人公と勇者三人の熱い視線が注がれる。
おそらく原作でも、スレイヤが彼らにここまで注目されることはなかった。
彼女が一番願っていたことが、私の失敗から実現している。
本物のスレイヤなら調子に乗るところだけど、私にとっては嬉しくない展開だ。
「特にありませんよ」
誤魔化すしかない。
あと少しだ。
時間的にそろそろ――
「勿体ぶるな。オレたちは――」
カーン、カーン――
ライオネスの声を遮るように、授業開始一分前のベルが鳴る。
「もう授業が始まる時間だ! ライオネス、みんなも急がないと」
「チッ、ベルめ。オレの声を遮るとは」
「ベルにキレるなよ」
「なんだと?」
「喧嘩は後にしていきましょう! スレイヤさんも!」
教室に入ろうとする面々に、私は背を向ける。
「スレイヤさん?」
「私は別の授業を受けるわ。ここへは案内しに来ただけよ」
「そう……ですか」
露骨にガッカリした顔をするフレア。
少々心苦しいけど仕方ない。
これ以上彼らと一緒にいるほうがリスクだ。
「スレイヤさん!」
「なにかしら?」
「……また、お話しましょう」
彼女は満面の笑みでそう言った。
この笑顔に、勇者たちは惹かれたのだろう。
その気持ちは……わからなくもない。
「そうね」
女の私ですら、引き込まれそうになったのだから。






