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リアムさんと手を繋いで、中央広場に並んだ露店屋台の売る可愛い小物や置物などを見て回る。
綺麗な色合いの商品、キラキラと輝くオーナメントや愛らしいリボンや布で飾られた露店屋台は華やかで、見ているだけで気分が上がってくる。
クリームの乗ったチョコレートドリンクとシナモンシュガーのかかったチュロスのような揚げ菓子をふたりで買い食いした。
チュロスの揚がる匂いに鼻を刺激されて、食べたいと思っていたから……味もとても美味しくて満足度が半端ない。幸せだ。
おやつを食べてから女神の木の前で披露される歌、手品のようなショー、魔法を使ったプロジェクションマッピング的な映像を見た。
魔法による演出をされた歌やショーは、元の世界で見るものとは一味違った迫力があって引き込まれそうになる。あちこちで始まる度に見ては感激した。
華やかな露店屋台の並んだ広場で、美味しいものを食べて楽しい催し物を見て楽しむ……隣にいるのは惹かれた人。
まるで何も知らなかった、白花祭りのときみたいだ。
あのときと違うのは、貴族のご令嬢方に絡まれる心配が全くないこと。
大勢いる人たちの中には、お忍びっぽいご令嬢やご令息の姿もあったけれど、彼らは私に目もくれない。みんな露店屋台やそれぞれのパートナーに夢中だ。
それが普通だ、ごく普通の庶民の私に貴族の人が声をかける方が異常。
私の日常は普通に戻った、そう理解出来た。
「二十一時から花火が上がるんだ。それを……見てから帰らないか?」
こちらの魔法も仕込まれた花火をまた見られることも、あのお祭りのことを思い出させる。
「はい」
徐々に日が落ちて露店屋台にもランプの光が入り、中央広場にある街灯もオレンジ色の光を放っている。それに伴って、中央広場にいる人たちの様子が変わったのを感じた。
昼間は家族連れが目立っていた、夫婦に子どもたちや祖父母と孫など家族ごとに買い物をしたり、買い食いをしている姿が多かった。けれど今は圧倒的にカップルが多い。
聞けば、中央広場の露店屋台は二十一時半で終了、終了三十分前の合図と一年間のフィナーレとしての意味も込めて花火が上がる。
その花火を恋人と見たら、来年もまた一緒に見られるというジンクスがあるらしい。だから年齢に関係なくカップルが多いのかと納得した。
同じ世代の若いカップルから、私の両親世代、祖父母世代まで見に来ている。みんな手を繋いだり、腕を組んだりしていて……一緒に長い年月を過ごしても、変わらずお互いを想い合っているのが垣間見える。
まだ結婚していない番同士やカップルはここで花火を見てから女性を自宅まで送って行って、女性のご両親に男性が挨拶をするのが一般的なんだとも聞いた。
白花祭りでの贈り物と、年末の挨拶をきちんとすることが将来を考えていますっていう証明になるんだとか。だから、男性たちが恋人と一緒で嬉しいし花火も楽しみだけれど……少しだけ緊張した様子なのは、恋人の父親と顔を合わせるからなんだろう。
でも、きっとそんな緊張感だって幸せだろう。だってみんな笑顔なんだもの。
花火が始まる前までは露店屋台の華やかさを、花火が始まってからは夜空に咲く大輪の花火をふたりで一緒に堪能した。
一年間共にあれたことへの感謝を、そして来年一年間また共にありますようにという願い、そのふたつを希う人たちの中で……リアムさんと私はどのように見えていたんだろう?
どうか、周囲の素敵なカップルの中で浮いていませんように。同じように未来を願うカップルに見えていますように。
夜空に大きな花火が上がった。赤、オレンジ、黄、青といった色が花のように広がって、ドンッという音が追いかけて来る。
「わあ」
次から次へと色鮮やかな花火が上がり、私は夢中になって見上げた。繋いだ手の温かさと、寄り添ってくれる存在がいる安心を感じながら。
花火を見終わって大公閣下のお屋敷に送って貰うと、門限の十分前だった。
キムの予言通りイーデン執事長が玄関で待ち構えていて、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認し「まあ、いいでしょう」と言った。
門限までにはちゃんと送って貰って帰って来たことのなにが良かったのか、私にはさっぱり分からなかった。
その後すぐリアムさんはイーデン執事長に「少しよろしいでしょうか」と声を掛けられていて、私の方はすぐにコニーさんに連れられ着替えだのお風呂だのになって、お別れになってしまった。
イーデン執事長に声を掛けられたリアムさんは、酷く青い顔をしていたけれど……大丈夫だろうか?
「お嬢様はお気になさることではありませんよ。男性同士、お話することもありますでしょうし」
コニーさんがそう言うので、そうなんだとは思うけれどなんだったんだろう?
***
年が明けて三週間ほど経った頃、王宮からの呼び出しがかかった。思ったより時間がかかったのは、年明け早々から女神様に関する神事があったり、王宮で働く人たちが交代で長期のお休みを取っていて人手が足らなかったり、と諸々の事情があったらしい。
キムを通してお願いしていた私の〝希望〟は、王太子殿下、第三王子殿下、大公閣下と周囲の人たちで協議されて、その答えが出たのが先日のこと。
私は再び大公夫人が若かりし頃に着ていた、というお下がりのピーコックグリーンのワンピースドレスを着せられて王宮へ向かった。
前回と同じように一緒に馬車に乗ったキムが「二度目だからもう余裕だよネ!」とか寝ぼけたことを言っていたけれど、それに返事が出来ないくらいには緊張していた。
「そんな、死にそうな顔をしなくても良いだろうにサ」
何度経験しても慣れることがない、そういった類のものだと思う。今の所、それに賛同してくれる人がいないのが不思議でならない。
王宮に到着して、侍従さんに案内された部屋は前回とは違っていた。チョコレート色の立派な扉の前には、護衛騎士さんがふたり立っていて「王太子殿下の執務室です」と言われて息を飲んだ。
室内は落ち着いた赤茶色の絨毯に濃い茶色の執務机、机と揃いの立派な椅子が上座にセットされている。手前には打ち合わせ用らしい丸テーブルと椅子が並ぶ。
「失礼します」
王太子殿下が笑顔で待ち構えていて……私はガチガチに緊張したまま勧められた椅子に座った。
「久しぶりだね、レイナ嬢。元気そうでなによりだ」
「ご、ご無沙汰しておりマス」
整った顔立ちの王太子殿下は、ガチガチに緊張している私を見て肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「そんな緊張しなくても。初対面じゃないんだし」
「庶民は貴族と会うだけでも緊張するものだ。まして王族、次の王だと言われたらより緊張する。気の毒だからさっさと済ませてやってくれ」
大公閣下の言葉に王太子殿下は「えー」と不満そうだったけれど、手元に書類を引き寄せてその一枚を捲った。
「……キミからの〝希望〟について説明するけれど、大丈夫か?」
「ハイ」
私の返すカタコトの返事に、私以外の全員が苦笑いを浮かべていた。
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