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王都ファトルの城下街、その中央付近にあるという女神の大樹の子どもみたいな木、通称〝女神の木〟は広場の中心にあった。
お城の後ろにある大樹をそのまま小さく(と言っても私から見ればとても大きな木だ)した感じで、子どものようなと表現されるのも納得する。
その木を中心に円状に広場が作られ、そこを中心に同じような円形広場が複数繋がっている。その全てをひっくるめて中央広場と言うらしい。
どこの広場にもシンボルツリーがあり、周囲は整えられた樹木と花壇に植えられた花、敷き詰められた芝生で美しく造られているのが分かる。
中央広場にはキムの言う通り沢山の露店屋台が並び、それを目当てに大勢の人が集まって来ていた。
どの店もカラフルな布や花、オーナメントで飾り付けられていて、中にはピカピカ光ったり色を変えたりするオーナメントもある。
露店屋台は女神様や大樹を模したグッズや置物から、食べ歩きの出来る軽食、クッキーやドーナツといったお菓子、温かい飲み物まで多岐に渡っていて見ているだけでも賑やかで楽しい。
冬の温かそうな服装の獣人や人間に、小さな子供たちが思い思いに買い物と買い食いを楽しんでいる。
「じゃ、露店を見て買い食いしようかネ!」
人の流れに乗って、露店を見て回る。
どこかで見たような感じだな、と思っていたけれどテレビとネットで見たクリスマスマーケットの様子に似ているように思った。
キムが「これが年末露店の名物なんだヨ」と、果物から作られる赤ワインっぽいお酒にスパイスとジャムを入れて作った、グリューワインみたいな温かい飲み物を買ってくれたことで思い出した。
女神の木を見渡せる休憩所にあるベンチに座って飲み物を飲む。
カップ越しの温かさが手にじんわりと広がり、グリューワインっぽい飲み物がお腹の中から体を温めてくれる。
「で、聞いてもいいかナ? お嬢さんの望み」
「……ふたつあるんだけど」
「言ってみてヨ。ふたつとも聞き入れられるかは分からないけど、出来るだけ希望に沿うようにするからサ」
グリューワインっぽい飲み物は、甘くて少しだけスパイスの味がして美味しい。
「私、この世界を見て回りたいってずっと思ってたの。せっかく違う世界に来たんだから、自分の目で見てみたくって。でも、私の立場では番と一緒でなくちゃ他の国には行けないんでしょ? だから、番が一緒でなくても私が他の国に行けるようにして欲しい」
「……伝えてみるヨ。了承されたとしても、結構な条件が付いてそれを厳守して貰うことになるとは思うけどネ」
「うん、それは分かってる。で、ふたつ目なんだけど…………私、女神様の大樹が見たい」
そう言うとキムは目を瞬かせた。
「見えてるヨ?」
そう言って、お城の背後にある大樹を指で示した。
「そうじゃなくて、もっと近くに行きたいの」
「近くに行って、何がしたいのかナ?」
心の底から疑問であるらしい、いつも余裕たっぷりで他人をおちょくったような感じのキムなのに〝分からない〟という表情も出来たんだな、と変な所で感心する。
「女神様って存在を実際に感じてみたいの。この世界では本当に居るんでしょ、神様が」
「……お嬢さんの世界には神様はいないのかナ?」
日本には大勢の神様がいる、八百万の神々って言葉があるくらいだから。
水の神様、山の神様とかってあちこちに沢山の神様がいる……と言われているけれど、それを実体験することはない。あくまで伝説や物語の中の話であって、神様が本当に存在しているのかどうか、それを人間が確かめる術はない世界だった。
そう説明すると、キムはグリューワインを飲み干し、「ううん……分かったヨ」と答えてくれた。
「なんか、私、無茶言ってる?」
「キミねえ!」
キムの長い尻尾が私の鼻をめちゃくちゃに擽って、私は連続で五回くらいくしゃみをした。
「自覚無し!? 無茶も無茶も大無茶言ってる自覚が無いなんて、寝ぼけてるのかって思うヨ!」
「え、ご、ごめん?」
ハァーと大きく息を吐いて、キムは肩を竦める。
「まあ、お嬢さんの希望は出来るだけ叶える、って言うのが王家の方針だからネ」
隣に座っていたキムが立ち、両手を組んで上に伸びあがる。
大型のネコ科獣人なだけあって、しなやかな伸びだ。
「殿下と閣下にキミからの希望として伝えて来るヨ。年明けに呼び出しがあると思うから、それまでは大人しく過ごしててネ」
「え、今から行くの?」
昨日の夜は王宮で年間最大の夜会が開かれた。夕方に大公夫妻が、ゴージャスな装いでゴージャスな馬車に乗ってゴージャスに出かけて行ったのを見送った。帰って来た時間は私が眠っちゃっていたから分からないけど、随分遅くなっていたに違いない。
私がキムと出かけるとき、まだ夫妻も夜番だった侍女さんたちも起きていなかったから。
「うん、早い方がいいでショ。さすがに殿下も閣下ももう起きて、年内最後の仕事に取り掛かる時間だからネ」
もうちょっと露店屋台が見たかったし食べてみたいお菓子もあったのだけど、キムが仕事なら仕方がない。ひとりで見て回ってもいいけど、そういう気分じゃないし。
私もぬるくなってきたグリューワインを飲み干して、広場の隅っこにある食器類返却用のテーブルにコップを返した。
「じゃ、後は宜しく頼むヨ」
キムに突然肩を押されて、私はよろめいて後ろに数歩下がった。
そんな私を支えてくれる腕があった。
「二十二時までに大公閣下の屋敷にまで送って行くこと、お泊りと手出しは不可だヨ。うちのイーデン執事長が仁王立ちで待ってるはずだから、必ず綺麗なまま返却してネ。一秒でも遅れたら、命は取られないけど死ぬ寸前までは覚悟すること。執事長、ホントにホントに怖いから、遅れないようにネ」
「……了解した」
私の頭越しに会話をするふたり。
背後にいて私を支える体温と、上から降って来る声にどきりとする。
「じゃ、お嬢さん。また屋敷でネ」
キムは片手を挙げて、王宮のある方に向かって中央広場を抜けて行ってしまった。
「……突然、すまない」
「リアムさん?」
振り返ればそこには私服姿のリアムさんがいて、少しだけバツが悪そうな顔をしていた。
「あのネコ野郎が、キミとふたりで露店を見に行くと自慢げに……それは、ちょっと。でもキミの行動を制限するつもりではなくて……でも、ネコ野郎とふたりきりは」
私とキムがふたりで出かけるのは許容出来ない、でも、私とリアムさんの関係は今の所なんの関係もない。友人以上恋人未満的な立ち位置にいて、自分以外の人と出かけないでとは言えない。でも、やっぱりふたりで出かけて欲しくない。
「リアムさん」
なんだか、私の心も随分と恋を理解出来るようになっている、ような気がする。
私のハートはボロボロになって、恋心なんてもう抱けないかと思っていたのに。
深く考えすぎず、素直に、自分の気持ちを大切に、そうコニーさんに言われたこと、杏奈との約束も思い出す。
今こうしてリアムさんに会えたこと、それを嬉しいと思っている自分の気持ち……それを大切にする。きっと、素直に一緒に居られる時間を喜び、楽しめばいい。
「来て下さってありがとうございます。実は、もう少しお店を見て回りたかったし、食べてみたい物もあったんです。だから、宜しければ一緒に回ってくれますか?」
「勿論、喜んで」
ほっとしたような笑顔と共に差し出された手、私はその手に自分の手を重ねた。
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