閑話21 オーガスタス・バート・オルコックの悔恨
女神の大樹のお膝元であるフェスタ王国では、女神様の定めた番と出会い婚姻する率が六割から七割弱という高い率を誇っている。
私自身も人間族である番女性を妻に迎えた。だが、先代当主である父は番と出会うことが出来なかった獣人だ。
高い確率とは言っても十人居れば三、四人は番とは出会えないのだから、父はその三、四人側にいたというだけの話。特別珍しくもないし、特別悲観的に捉える人だってそういない。
番と出会い、その相手と結婚出来ることは幸福だけれど、番と出会わなければ不幸かと言われれば、それは違うと断言出来る。例え運命の相手とでなくても、幸せな家庭を作ることは出来るのだ……私の周囲にもそういう夫婦は何組もいて、みんな幸せに暮らしている。
だというのに、父は番に固執し続けた。
遠縁の伯爵家から妻を迎え、私という息子が生まれたにも関わらず番を探し求めた。
父の番探しについては、せめて結果が出ていればよかったのにと思う。結果としては、私に爵位を譲ってすでに孫も生まれようというのに……未だ父は番と出会えていない。
おそらく、父の番であろう女性は番除けの魔道具を身につけているのだろう。番ではない男性を伴侶としているか、生涯独り身を保つ神官になっているかだと思われる。
番探しに狂っていると言われる者は定期的に現れる、番と出会える者は十五歳から二十二歳くらいが一般的なので、それを過分に越えて探し続ける者が番探しに狂っていると呼ばれる。
父の他にも数名の名前が浮かぶ。
それでも、皆二十代の後半になれば諦めて魔道具を身に付けて、番ではない者との出会いを探したり紹介を受ける者が多い。
見つかるまで己の番を探し求める一部の者や父が異常なのだ。
私が四歳のとき、王宮侍女をしていたという男爵家のご令嬢を父が連れて来た。
彼女がすでに父の子を身籠っているのだと聞いて、母がその場で失神したことは忘れられない。
どうやら、運命の相手だと思い(物凄く良い香りがして、会話も弾んだらしい)交際し、子どもが出来るような関係にもなった。けれど結局の所、気の合う相手であって番ではなかったのだ……普通ならそこでお別れとなるのだろうが、子どもが出来ていることが分かり我が家に入った。
第二夫人として迎えられた彼女は屋敷の西館に入って、私や私の母とは最低限の付き合いで本館の方にやって来ることはなかったので、彼女の人となりはよく分からない。
物静かで芯の強い女性である、とは今の私が思う印象だ。
その後、月が満ちて弟が生まれた。
黒い毛並みを持ったオオカミ獣人の男子で、伯爵家としては歓迎された。嫡子である私になにかあったときの為の予備になる男子、は貴族の家としては必要だったから。
貴族の家としてふたりの男児が生まれたことで、父に対しては番探しを止め母との関係を修復して、ふたりの夫人と子どもたちと穏やかな家庭を……と親族の誰もが思い、願った。
祖父母は改めて父に番探しをやめるよう、諭した。
妻を大切にして息子を可愛がり、夫として父親として家族を守れと。
……それでも父の番探しは終わらない。運命の相手を諦めきれず、家庭を顧みずに番探しを続けた。
当然のことながら、そんな夫を妻として愛することも大切にすることも難しい。私の母との関係も、弟の母との関係も冷えきったものになり、家庭は冷たい雰囲気が常に漂っていた。
当主とふたりの妻、それぞれが産んだ男子が一人ずつ。五人で暮らす家族らしい思いやりや温かな雰囲気のない家、それが私と弟が生まれ育った家だ。
そんな家で暮らしている中で、弟を産んだ女性は自分の運命と出会った。
当時の彼女は二十五か二十六歳だったからかなり遅い出会いだ。
相手は果物と果物を使った酒やジュース、ジャムに砂糖菓子や干し果物などを扱う商人の男。
長い留学と商人としての修行を終えて帰国し、出店を計画している売り店舗の前で買い物に出ていた彼女と運命的な出会いをしたらしかった。
番相手ではない人と結婚した場合、双方とも番除けの魔道具を身に着けることが多い。これは、結婚生活を送っている中で番と出会ってしまったら、その家庭が壊れてしまうことを防ぐためのものだ。
番探しをやめない父に対して、私の母も弟の母も思うところがあったのだろう……彼女たちも番除けを身に着けてはいなかった。
女神様が定めた相手とやっと出会えたのだ、弟の母とその番相手は当然結ばれる。
弟の母は父との婚姻関係をあっという間に解消し弟を伯爵家に残して、商人の男の元へと嫁いで行ってしまった。
弟はたった三歳だったのに。
「あの子はオルコック家の、貴族の子よ。次男は予備として必要なのでしょう? だから、置いていくわ」
そう言った彼女の言葉の後ろに〝愛おしい番との新しい生活、将来生まれる愛おしい番との間に出来る子どものために、この子は邪魔なのよ〟と言う言葉が聞こえた気がした。
「……キミは僕の最愛が産んだ子だからね、どうしても困ったことがあったら訪ねておいで。出来るだけのことをすると約束するよ」
商人の男はまだ小さな弟から母親を奪うことを可哀そうに思ったのか、名刺と社章らしい小さなピンブローチを弟に渡すと、帰って行った。弟の母を……己の最愛を連れて。
第二夫人が父と離縁し、運命の相手と共に家を出て行ったとき母が「そう、彼女は運命の相手と出会えたのね。なんて羨ましいことかしら」と呟いていたことと共に、私の記憶に刻まれた。
その日から、弟はひとりで過ごすことが増えたように思う。自分に興味のない父親、自分の子供である私にしか興味のない夫人、自分を捨てた母親……きっと、血のつながりのある者たちであるにも関わらず、弟は自分たちと家族であることを諦めてしまったんだと思う。
まだ三歳で、子どもだったのに。
私は出来るだけ弟と一緒にいて彼を構ったが、伯爵家を継ぐ者としての教育が始まったり、母や母方の祖父母に構われたりと一緒にいる時間は徐々に少なくなってしまった。
その後、私が十歳になったときに母が妹を出産すると、家中が母と妹を中心に回り始め、弟の存在はますます希薄になった。
私が貴族の子弟が十二歳から十八歳までの六年間に通う全寮制の学校に入っている間、弟が家でどんな扱いをされていたのかは分からないが、楽しく幸せに暮らしていたわけではないことは分かる。
物心ついた妹が弟に甘えていたのは意外だったが、良いことだったように思う。それでも、家族関係や人間関係が希薄な状態で育った弟は顔の表情が動かない、大分不器用な男に育ちあがった。
そんなだったから、早く女神の選んだ運命の相手に出会えればいいと願っていた。だから、弟が十八歳になったときに女神様からのお告げがあったと聞いて、本当に嬉しかった。女神様が異世界から番を呼んでくれる、弟は必ず最愛と出会うことが出来るのだ。
弟も異世界からやって来る番をずっと待ち望んでいることを、私は知っていた。番との出会いに三年に渡る誤差が生じたことも、女神様がきっと弟に希望を持たせようと早めに知らせをくれたのだと思った。
だから、妹や従姉妹のしたことで弟が回り道をしなくてはいけなくなったこと、それを止めることが出来なかった自分にも怒りしかない。
話をした弟の番さんは、黒い髪に茶色の瞳を持った可愛らしい人だったけれど、同時に芯の強さを感じさせる女性だった。妹と従姉妹の茶番を見て呆れている姿を見て、心の底から申し訳なく思った。出来ることなら、縛り首にでもなってしまいたいくらいだ。
結局の所、弟とのことは番さんの心次第になってしまって……兄としては、どうか弟のことを捨てないでやって欲しい。縋りついてでもお願いしたい。
彼女の気持ちを無視していることも、自分の想いを押し付けていることも分かっている。
それがまた彼女を傷つけることもなるだろうことも。
それでも家族の縁と情の薄かった弟と、家族の中で最も愛する者を求めていた弟と共にあって欲しい、私はそう願わずにはいられない。
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