閑話20 ヴィクター・キム・オルグレンの改悛
俺が下働きちゃんと話している間も、ずっとご令嬢は叫んで騒いでいた。声が枯れつつあるっていうのに、よくやる。
地下牢の一番奥にまで移動すると、ご令嬢は叫ぶのをやめた。そして俺を睨みつけて来る。
「やあ、元気そうでなによりだヨ」
「あなたっあの女と一緒にいた! なんなのよ、私の邪魔ばかりしてッ!」
「邪魔したって言うんなら、キミが従兄弟殿の幸せを邪魔したのが全ての始まりだったと思うけどネ」
視界の隅で何かが動くのが見えて、そちらに目をやれば魔法で小鳥に姿を変えた手紙がまた飛んで来た。
手紙の小鳥は二羽連なっていて、どちらも俺の手で一枚の紙に姿を変える。
一通はエーメリー子爵家に行った文官から、もう一通は大公閣下からだ。
俺は双方の中身を確認してから、ご令嬢の前に改めて立った。
薄暗くて湿った室内、簡易的な寝台と用足しに使う壺しかない地下牢に入れられても、ご令嬢は気力を失っていなかった。この気骨を別の方向にもっていけば、なかなか良い感じの貴族になれたかもしれないのに……脳内に花が咲き乱れているってのは、本当に罪深い。
「本日をもって、あなたはエーメリー子爵家より除籍、絶縁されたヨ。貴族ではなく、一般庶民になりましたとサ」
「嘘よ! お父様がそんなことなさる訳がないわ、だって私は嫡子よ。ユージン従兄様に婿に来ていただいて、子爵家を私と共に盛り立てて行くのだもの!」
「それはまあ、残念ながら所詮キミの妄想だネェ……」
最初に届いた子爵の署名と、王宮で処理された印鑑の押された書類の写しを見えるように広げてあげる。
長女アデラをエーメリー子爵家の籍から抜き当家との縁を切る、と当主が届け出て王宮ですでに処理されている証拠を。
「……う、嘘よ……お父様がそんなこと……」
「仕方がないよネ? キミは従兄弟殿の番を毒殺しようとしたんだからサ。結果的に未遂で済んだけど犯罪者には変わりないんだヨ。そんな娘を貴族の家においておけないじゃないカ」
「そ、それはっ……実際に毒を入れたのはチェリーよ!」
「あー、確かに実行犯は別にいるけどサ。殺人を命じた人、命じられて実行した人がいる場合、どっちも罪に問われるんだヨ」
この国の法律による解釈を説明すれば、ご令嬢は顔を真っ青にしてその場に座り込んだ。自分が貴族ではなくなったこと、自分の罪が重いことをようやく自覚し始めたって感じかな。
「キミはもう貴族のご令嬢じゃない、平民の犯罪者になったんだヨ」
「嘘! 嘘!」
「嘘じゃないヨ。嘘なんかついてどうなるって言うのサ」
ご令嬢は両手で鉄格子を掴んで、ガシャガシャと力一杯揺らした。当然鉄格子は外れることはなくて、ただ耳障りな金属音を響かせるだけなのに、ご令嬢はしばらくの間鉄格子を揺らし続ける。
「……じゃ、続き、いいかナ?」
書類の写しを片付けると、もう一枚の紙に書かれた内容を確認する。
そして肩で息をしているご令嬢を見下ろした。
金色の髪青い瞳に白い肌、子爵家の跡取り娘……だったご令嬢。年齢は十八、きっと大人しくしていれば二、三年のうちに自分の番と出会うことが出来た可能性が高い。
番と出会ってしまえば、初恋相手の従兄弟のことなんて思い出の彼方に飛んで行ってしまうだろうに。
この先彼女は番と出会うことはないだろう。彼女の番だった男は数年のうちに自分は番を得られない、と判断して番除けの魔道具を身に着けて他の相手を選ぶ……お花畑に暮らしていた愚かな番のせいで。お気の毒に。
「キミは沢山罪を犯したネ。殺人を計画し実行させたこと、大切な書類や手紙を自分勝手な理由で抜き取ったこと、従兄殿が番へと送った贈り物を盗んだこと……それに対する反省も謝罪も全くない。だから、キミには南西にある収容施設に入って貰うヨ」
「南西……? まさか、サザーズベリー収容所?」
「知ってるのなら話が早いネ。アラミイヤ国との国境に面した、砂漠の真ん中にある収容所の女子棟への入所だネ。うちの国の中では厳しい環境の収容施設になるから……まあ、頑張って。ああ、入所期間は十年。キミの生活態度次第では短くなるかもしれないし、長くなるかもしれないヨ。気を付けて」
「い、いやああああ! いやっ! いやよぉ!」
「サザーズベリーは暑いし、砂っぽいし、乾燥が凄いヨ。刑務作業は熱い砂の中から輝石を探すこと、砂漠に出現する魔物の討伐と解体、解体された魔物の皮やら肉の加工だってサ。キミは戦えないから、魔物の解体や加工か、輝石探しが仕事になるだろうネ」
「ひっ! 魔物なんて無理よ……熱い砂だって無理。嫌ッ嫌よ、どうして私にばかりそんな辛いことを……酷いわ」
元ご令嬢は小さく呟きながら、両手で自分の体を抱きしめた。
自分が近いうちに送られる場所での生活を想像して、恐怖に震えている。まあ、実際は彼女が想像していることの十倍は辛い思いをするだろう。
「どうしてって、そりゃあ決まってるよネ」
「……え?」
「キミがしでかしたことに対する罰だから、だヨ」
「いやああああああっ」
サザーズベリー収容所への出発は明日の朝だ、と伝えると叫び声の代わりに悲鳴が聞こえるようになった地下牢から、地上に上がる階段を上った。
きっと泣き喚き続けるだろうから、離れた牢獄にいるとは言っても、同じ空間にいる下働きちゃんには辛い一晩になりそうだ。まあ、それも罰のひとつということにして貰おう。
地上にある警備員の詰所に上がれば、また小鳥の姿をした書類が飛んで来た。
その書類には、お嬢さんに飲ませようとした毒を用意した男爵家の庶子令嬢が、男爵家から除籍されて北のカリディフよりもさらに北にある、国で一番厳しい修道院に入れられることが決まったと書かれていた。その修道院に一度入ったら最後、死ぬまで出られないと言われている所だ。
男爵家も庶子の娘に問題を起こされて困って神学校に入れたのに、その先で知り合った令嬢と共にまた問題を起こされて切り捨てることにしたようだ。
「ま、そんな所だろうネ」
「オルグレン殿?」
警備の担当者に不思議そうな顔をされて、なんでもないと返事をした。
「元令嬢の方は明日の朝に収監先の担当者が迎えに来るから、引き渡してネ。元下働きの方が三日後だヨ、宜しく頼むヨ」
「承知しました」
これでお嬢さんの周囲にあった問題の大部分が片付いたように思える。
伯爵令嬢がひとり残っているが、兄の伯爵自身が職を解かれ左遷されているし、令嬢本人が一年間の謹慎と社交禁止を受け入れているので……甘い処置だけれど未成年故に許されたんだろう。
とは言っても、お嬢さん自身は彼女らへの処罰なんて望んでもいないだろうし、気にもしていないだろうから……あくまでこちらの都合だけの処罰だ。
年末の夜会に向けて、忙しない感じのする王宮に向かって細い裏道を進む。あちこちでメイドや侍女、侍従たちが行きかっていて本当に慌ただしい。
慌ただしくしてるっていうのに、皆仕事が素早い。
それだけ早く片付けて終わらせたいと思っているってことだろう。
「あとは……お嬢さんがどういう答えを出すか、かな」
お嬢さんが自分を取り巻く人たちの事情やら、取った行動なんかを知って……どんな答えを出すのか。そこに興味はあるし、どんな答えを出しても賛同してやるつもりではある。
ただ、任務だったし知らなかったこととは言え、上手く行きかけていたお嬢さんとオオカミくんの関係を強引に引き裂いたことに関して、若干の申し訳なさもある。
少しばかりオオカミくんの手助けをするのも、ありかもしれない。それがお嬢さんにとって良いことなのか、悪いことなのかは分からないけど……
「でも、俺の罪悪感を薄くするためだし、仕方ないよネ?」
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