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閑話19 ヴィクター・キム・オルグレンの改悛

 お嬢さんを乗せてカタカタと遠ざかっていく馬車を見送ると、隣にいる男から強い圧を感じた。俺の滑らかで艶やで豪華な毛並みが逆立つほどに強い圧だ。


「……そんな怒らなくてもいいでショ? 俺の素敵な毛並みに丸くハゲが出来ちゃうから、やめてネ」


「立場が逆だったら、その言葉を言えるか?」


「あー、まあ……無理だネ!」


 俺の可愛い人が別の男どもに連れ去られて、同じ馬車でずーっと移動して、別の部屋だとしても同じ宿屋に寝泊まりして、一緒にメシを食って、一緒に出掛ける……そんなの許せるわけない。

 一緒にいた男全員タコ殴りだ。


 心情的には同じだろうが、それをこの男は実行したりはしない。そういう意味では、お嬢さんの番相手ユージン・オルコックは紳士的だ。俺なら確実に実行してる。


「お嬢さんへの手紙や贈り物は、アディンゼル大公家の屋敷に頼むヨ。お嬢さんに関する責任の所在は、哀れなお披露目会担当文官殿からアディンゼル大公に代わったからネ」


「承知した」


「それから大公閣下からの伝言、お嬢さんに対して装飾品の類やドレスなんかの洋服を贈ることは当分の間禁止だヨ。デートのお誘いは先にお伺いを立ててネ、勝手に誘って連れ出したりしないコト」


 隣からグルルッという低い唸り声が少しだけ聞こえた。まあ、俺たち獣人は愛する番に贈り物をしたい性質を持っているから、贈り物として定番の宝石や服を禁止されては苦しいだろう。


「まだお嬢さんの気持ちは落ち着いてないからネ。誰も永遠に禁止なんて言ってないヨ、お嬢さんが落ち着いて先のことをゆっくり考える時間を作れってことサ」


「……承知した」


「それと、まあ……その、悪かったネ。こっちも任務だったからサ。お嬢さんとの関係を、いちから築いてる途中で攫うようなことになってサ」


 この男は自分が女神の決めた番だって告白せず、自ら番除けの魔道具を身に着けて、名前を変えて貴族って身分も王宮文官って職歴も捨てて、ただ一人の男としてお嬢さんの側にいて新しい縁を作り出そうとしていた。

 まさかそんなことをしているなんて、想像もしていなかった。


 もし、俺たちがあのときウェルース王国からお嬢さんを連れ出さなかったら、オオカミくんとお嬢さんは案外そのまま上手く纏まったんじゃないかって思ったりもする。


「もう済んでしまったことだ」


 オオカミくんはそう言って大きなため息を零し、足早に王宮内に入って行ってしまった。


 彼が籍を置いている王子・王女室は基本的に忙しいが、年末のパーティーや数多く開催される行事に関わるから特に今は忙しい。今回は第三王子殿下の責任だから、と本来の仕事から一年近く離れてウェルース王国でお嬢さんの側にいた。

 了承済で離れていたとは言っても、離れていた分尚のこと忙しいだろう。


「ま、それでもお嬢さんへの手紙や贈り物は自分で手配するんだろうなぁ……俺でもするけどサ」


 オオカミくんが行った方向とは別の方向へ足を向ける。

 外部にある小さな脇道を通って、奥へ進む。明るかった王宮が徐々に暗くなって、人の姿が少なくなり、通路は細く入り組んだ様子を見せ始めた。


 王宮はとても広くて、城や離宮がある所は人も多く明るくて賑やかだ。

 けれど、隅に行けば行くほど……暗く、静かになる。


「オルグレン殿」


「やあ、遅くなって悪かったネ」


「いいえ、問題ありません」


「で、あの娘っ子たちはどうしてるかナ?」


 王宮のある敷地の一番西の端っこにある小さな建物。なんの装飾もない、ただの箱のような存在だ。

 その建物の扉を開ければ、警備で常駐している騎士が首を左右に振った。


「それぞれ地下牢に入れました。下働きの娘の方はおとなしくしていますが、ご令嬢の方はもう凄くて……」


 大きなため息が零れる。


「体力と元気があるんだネェ……いいことだヨ」


 小さな建物は地下牢の入り口だ。

 中には警備員の詰所として机と椅子、小さな本棚と地下へと続く階段があるだけだ。

 

 地下牢へ続く階段をゆっくりと降りて行けば、下から女の叫び声が響いて来る。まだ叫ぶ元気があるようで、若いってことは素晴らしいなと感心した。


 下に降りきれば、そこには石造りの牢屋が並ぶ。

 左右に牢屋が六部屋ずつあり、右側の一番手前に下働きの娘、一番奥に例のご令嬢が入れられているらしい。


「さて、簡単に済む方から片付けようかネ」


 手前の牢屋に入れられた見習いメイドちゃんは、部屋の隅っこに座り込んで震えていた。


「ええと、チェリーさん? 実家は穀物を扱っている商家、そこの次女、で間違いはないよネ?」


 震える見習い下働きちゃんは俺の顔を見ると、飛び跳ねるように驚いて一層体を震わせた。庭園で押さえ付けたことで俺は怯えられているようだ。


「どうしてお茶に毒なんか入れたのかナ? そんなことして自分が無事でいられるわけなんかないのにサ」


「……だって、お嬢様が、そうして欲しいって言うから」


「お嬢様って、アデラ・エーメリーのことかナ?」


 見習いちゃんは頷いた。


「だって、お嬢様の想い人は……異世界からきた人との関係を終わらせて、お嬢様の所に来たがっているって。実際お嬢様の想い人さんの耳には番除けの魔道具があったから、異世界からの人への想いはないんだって……そう思って」


「ふぅん、それで毒を盛って殺してやろうってなったのかナ?」


「殺すだなんてッ! あの薬を飲んだら、少し体が痺れて数時間体が動かなくなるだけだって!」


「実際にはその毒、紅茶一杯飲めば死んじゃう猛毒だったんだヨ。で、その薬、どこで手に入れたのかナ?」


「それは……」


 見習いちゃんが言葉を濁したとき、地上に続く階段から淡い緑色に光る小鳥が入って来て俺の手元で一枚の紙に姿を変えた。それは大公閣下からの手紙だった。


「…………さて、下働き見習いのチェリーさん? 分かっているとは思うけども、キミは只今をもって下働きの職から解雇されるヨ」


「そんなっ!」


「当たり前だよネ? ……平気で毒をお茶に入れるような使用人を、誰が使いたいって思うのサ。それが毒でなく痺れ薬だって言っても同じだヨ。だから、クビ」


 見習いちゃんは顔を床に擦り付けるよう体を小さく丸めて、号泣し始めた。

 今更後悔しても、泣いてもどうにもならないって言うのに。


「本来なら、罪人として厳しく処罰されるところなんだけど……毒の入手先を素直に話してくれたら、こちらも色々考えるんだけどサ。どうする?」


「……っ」


「ちなみに、キミのご家族は〝チェリーはすでに成人しておりますから、法に則った処罰を願います。当家からはすでに自立し、関係のない者です〟って言ってきたヨ」


「そんな……」


「で、話す? 話さない? 因みに、話さなかったらキミは罪人としてしかるべき収容所に送られて、数年は出て来られないヨ」


 そう現実を突きつければ、下働きちゃんはより一層泣いた。

 だから、泣いてもどうにもならないのに。


「ちなみに話してくれたら、キミが送られる先が変わるヨ。話してくれなかった場合、キミが送られるのは東の国境沿いにある深い森の中にある収容所になるネ。そこは豊かな自然が残っている場所で、大きく成長した昆虫類がたくさん生息してるって話だヨ。キミはそこの収容所で、捕獲された巨大な昆虫を解体する作業をすることになるネ、何年くらいかナ? 三年? 四年? もっとかもネ」


「…………」


 一頻り泣いてから、彼女は小さな声で自分に毒を都合してくれた人物の名前を言った。それは、彼女たちが在籍していた神学校で一緒だった男爵家の庶子令嬢の名前。


「教えてくれてありがとネ! キミは国の北にあるカリディフって街にある神学校、ここはキミがいた所と違ってちゃんと神官になるために学生が勉強してる学校ネ。そこの下働きをして貰うヨ」


「下働き……?」


「掃除、洗濯、食事の下準備、そういう雑用仕事。当然、教師役の神官たちがずっとキミを監視してるからネ? 許可が下りるまで学校の敷地から出られないし、外部とのやり取りも認められない」


 取引に応じた彼女を罪人としないのは、彼女が神学校に通う原因となったクラスメイトの私物を盗んだって事件が冤罪だったと分かったからだ。本人はずっと冤罪だと訴えていたけど、盗んだと言った子らが豪商の娘たちだったから信じて貰えず、調査もして貰えなかったらしい。


 冤罪で学校も退学になって、泥棒呼ばわりされて、無実を訴えても誰も信じてくれずに通っていた学校を辞めさせられて、再教育をする神学校に入れられた……それを踏まえての処置だ。


 甘い処置だが、カリディフは物凄く寒いからそこでの雑用は物凄く辛い。甘えて暮らして来た下働きちゃんには、十分に罰になるのかもしれない。


「三日後に迎えが来るから、行くようにネ」


 彼女は泣きながら、何度も頷いた。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

いただいた応援を糧に、続きを書いておりまして感謝の念に堪えません。

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