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「リアムさん……」
「商会で一生懸命に働いているキミを見つけられたとき、嬉しかった。キミはこの見知らぬ世界で、自分の足で立って生活していた。働くキミは恰好良くて、眩しくて、番除けの魔道具を着けているはずなのに、心臓が破裂しそうなほどドキドキしたよ」
番除けの魔道具、そう言われてよく見ればリアムさんの左耳には小さなピアスが付いている。銀色の台に黒色の宝石が乗ったシンプルなものだ、きっとあれが番除けの魔道具なんだろう。
「同時に、キミは番がいなくてもやっていけるんだってことを認識させられて……悲しく寂しかった。お披露目会の開催中に行けなかったことを悔やんで、留学延長を勝手に決めた王子殿下を恨んだ」
本当に王子様を恨んだんだろう、うつむきがちなリアムさんの青い瞳には、憎しみが浮かんでいた。
「おかしいだろう? 女神の魔法が解けてしまったキミに、今更会いに行って口説いても、受け入れて貰えないかもしれない。なのに、俺は……いつもキミと一緒の未来を思い描いていた。女神のお告げがあった十八のときからずっと、愛しいキミと共にしたいことばかり考えていた」
私はリアムさんの手を握り返した。その手は私の記憶にあったまま、大きくて温かい。
「レイ……レイナ、キミが好きだ。番だからというだけじゃない。魔道具で番としての想いを遮断しても、商会で働くキミを見て、好きだという気持ちが膨らんだ。キミはイキイキと仕事をしていて、とても輝いる姿が眩しく見えたよ。仕事仲間と一緒にいる所を見かけたときは、相手に嫉妬した……特にあのキツネ獣人とイヌ獣人とは距離が近くて、妬けた」
手が握り返される。
「一緒に食事に出かけたり、祭りに行けるようになって嬉しかった。番なんて縁はなくても、好きになって貰えるかもしれない、側に居ることを許して貰えるかもしれない……そんな風に思ったし、頑張るキミを一層大事にしたいと思った」
体中の血が沸きあがるように熱くなって、自分でも顔や耳が赤くなっているのが分かる。
すごく、恥ずかしい。
生まれて二十年、一度も彼氏が出来たことなんてなくて、当然告白なんてされたこともない。男の人から好きだの、想っているだの言われたら……更に自分が恋していた相手なんだから、嬉しいと同時に恥ずかしいし、照れる。
「今すぐ同じ気持ちを返して欲しいなんて思わない。キミのいた世界では女神が決めた番の縁なんてなくて、出会ってすぐにどうしようもなく惹かれ合うわけじゃないんだろう?」
「……うん」
頭の中が真っ白になって、短い返事を返すだけで精一杯になる。
「だから今更だと思われても、キミに好きになって貰う努力を今後も俺は続ける。女神の決めた番の縁なんて関係なく、好きになって貰えるように。キミの側にあることを、まずは許して欲しい」
その言葉に返事をしようとした瞬間、大きな声が聞こえた。
「どうしてッ! 女神なんて大っ嫌いよォ! 番なんてなくなればいいんだわッ! どうして私だけこんな目に合わなきゃいけないのッ!」
ふわふわとした気持ちを吹き飛ばす、金切り声。
その言葉には怒りや不満がたっぷり籠っている……その声には聞き覚えがあった。さっきまで聞いていたから、忘れようがない。
「うるさいぞ、静かにしろ」
「なによなによなによッ! あの女が居なければみんなが幸せになれたのに、女神があの女を呼んだりするからッ! 全部全部女神とあの女がいけないのよ、私は悪くないわ!」
「うるさい、黙れ!」
「なにをっ……むぐぅっ! むうっむううっ」
「さっさと歩け」
アデラ嬢の声だ。
最後の方は声を封じられたみたいでモゴモゴ言っていたけれど、聞き間違えるわけがない。私に向けられた彼女の胸の内にあった感情だって、忘れられるわけがない。
氷の入った冷水を頭から被ったみたいに、私の心は静まった。さっきまでのふわふわして、頭が真っ白になるような気恥しかった感情が消えていく。
声のした方に視線をやれば、庭園の下階にある細い道を騎士さんたちに連れられたアデラ嬢とメイドさんが歩いていくのが見えた。
「レイナ?」
「あっ……いえ、大丈夫です」
アデラ嬢の殺意を思い出して、ブルッと体が震えた。同時に冷たい風が休憩場所の中を吹き抜けて、小さなくしゃみが出る。
「……冷えて来たな。室内へ戻ろう」
「はい」
差し出された手を取って休憩場所を出て、庭園の小道を通る。
庭園の出入り口には約束通りキムがいて、リアムさんと私の姿を見つけると肩を竦める。
「話は……一応済んだみたいだネ?」
「うん」
「で? 今後どうするかは決まったのかナ?」
私は首を左右に振った。
リアムさんの事情は理解したし、気持ちだって嬉しい。それでも、今すぐに答えは出せない。
「リアムさん」
横に立つリアムさんを見上げ、私は背筋を伸ばした。
「事情は分かりました、その、お気持ちも嬉しいです。でも、今すぐお返事は出来ません。リアムさんのお気持ちに添えるようなお返事が出来るかも、分かりません」
「ああ、勿論だ。それに……俺はキミを諦めるつもりはないから。それは覚悟しておいて」
えっ? 思いもよらない諦めない宣言に驚いていると、キムの軽薄そうな笑い声が響いた。
「まあ、そりゃあそうだよネ。お嬢さん、そこは受け入れないといけないヨ?」
「えっ? えっ?」
「獣人の番への愛を舐めて貰っちゃあ困るヨ! 生涯でたった一人の愛おしい相手だもの、諦められるわけがないよネ。この男はお嬢さんのこと、三年も待ってたんだヨ? それにサ」
リアムさんは私の手を掬い取って、チュッとキスを落とした。
「番と出会ったら最後、俺たち種族は番しか愛せないんだヨ。逃がさないし、受け入れて貰えるまで口説いて口説いて口説きまくるに決まってるサ」
「えっ……えっ……」
再び手にチュッとキスが落とされて、私は再び顔から首まで熱くなる。
頭の中で考えていることとか気持ちがぐちゃぐちゃに書き混ざって飛びそうな感覚になり、気を失いそう! と思ったけれど、やっぱり思っただけだった。
私はこの世界に呼ばれてその理由を説明されたときも、気を失うことがなかった女。都合よく意識を失うようなことなんて出来ない。でも、混乱はしている。大混乱だ。
「……まあ、今日の所はここまでってことで。お嬢さんはイーデン執事長とコニーが迎えに来てるから、帰って休みなヨ。疲れたでショ?」
ドキドキしたり、冷や水を浴びせられたり、またドキドキしたり。
私の心は乱高下して疲労困憊だ。
「……うん」
アデラ嬢の言葉を聞くまでなっていた恥ずかしいようなのぼせたような感覚のまま、私はリアムさんにスコート、キムに付き添われ王宮の車寄せまで移動した。
キムからは、大公閣下のお屋敷でゆっくり休んでこの先のことを考えること。王太子殿下の言っていた〝希望〟についても考えるようにと言われた。
年末の王宮はパーティーやイベントで忙しいから、年明けまでは時間がとられているらしくて、お返事について焦って考えなくてもいいようで安心した。
リアムさんからは、手紙を送るし時間が出来たら出かけようとお誘いを受けた。ただ、王宮勤務のリアムさんはやっぱり忙しいらしい。すぐにお出かけは無理なようで……それが少しだけ残念だけれど、安心もした。
情報過多と生まれて初めての告白で頭が沸騰し、真正面から向けられた殺意などで疲れて混乱の極みにいた私は、迎えに来てくれた執事長とコニーさんと共に馬車に乗り込んだ。
窓から見えるリアムさんが寂しそうに見えたのは、私の願望がそう見せているのか。
私は見送ってくれるリアムさんの姿が見えなくなるまで、ずっと窓から彼の姿を見つめていた。
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