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「……」
「……」
私たちは見つめ合い、お互いになにかを言い出そうとして止めるを何度も繰り返した。
そんなことをしているうちに、少しずつ緊張がほぐれていく。
「……お聞きしたいことが沢山ありました、言いたいことも沢山ありました」
やっと出た声は少しだけ掠れていた。
「はい」
「でも、いざとなると……なにをお聞きしたかったのか言いたかったのか、分からなくなってしまいました」
素直に言えば、リアムさんは苦笑いをして頷いた。
「じゃあ、俺の話をまずは聞いて……都度聞きたいこと、知りたいことがあったら言って」
「分かりました」
私の斜め前辺りに椅子を置き、そこに座ったリアムさんはウェルース王国で過ごしたときと同じ口調になった。
それにホッとした自分がいる。
「あのネコ野郎が、俺の戸籍についてキミの不安を煽ったと聞いたよ。リアムは俺の二つ目の名前、ガルシアは母の旧姓だ。キミを探して傍に行くために名乗り、王子殿下と母の再婚先である商家に頼んで、商業ギルドの職員という立場を用意して貰った。だから確かにリアム・ガルシアという男は書類上この世には存在していない……不安にさせて申し訳なかった」
「どうして偽名を?」
王子殿下たちの協力を得なくても、本名のまま商業ギルドの仕事を得ることは出来たんじゃないだろうか? 私を探すことに名前の変更は必要なかったように思える。自分が女神の決めた番だって迎えに来ても問題ないはずだ。
「……キミは女神が最初にかける魔法が解けている、そう聞いた。ファルコナー伯にケガをさせられた衝撃で解けたらしくて、俺が求婚してもそのまま受けて貰える状態ではないだろうと」
女神様が異世界から呼ぶ人間にかける魔法。それは、向こうの世界のことを余り思い出さないようになるとか、残して来た家族のことを考えなくするようなものだ。
もしお披露目会が始まってすぐリアムさんが私を迎えに来てくれていたら、きっと私はなにも考えずリアムさんの手を取って彼に恋をして、結婚して子どもを産んで……そんな風に生きたように思う。
「もし俺が番だから迎えに来た、と言って名乗り出たとしても受け入れては貰えないように思えたんだ。ウェイイルで働いていたときに、キミはいきなり番なんだって言って俺が現れたとして、受け入れてくれた?」
「それは……その、分かりません」
私の中ではもう女神様の決めた相手、という人は過去の人になっていた。だって、番さんの方が私をいらないって捨てたと思っていたから。
「それは受け入れられないって返事だね」
「……そう、かもしれません」
その時になってみないと分からないけれど、恐らく受け入れなかっただろう。
今更って気持ちが強く出て、私自身の意地もあるから……はいそうですか、受け入れますとは言わなかった、だろう。
「だろう? きっと受け入れては貰えないと思ったから、女神が決めた番としてではなく貴族としてでもない……ただの男としてキミと出会って、口説いて、俺を好きになって貰おうと思った。女神とは関係なく、縁を結びたかった。だから、名前を変えて商業ギルドの守衛になってキミに会いに行った」
女神様が決めた番という縁ではなく、自分たちで繋いだ縁にしたいという言葉に、私の胸はぎゅっとした。
「国を出ていた私をよく見つけられましたね? それに、私の名前もレイではなくレイナだってよくわかりましたね……国への届出だってレイって名前で出したのに」
「俺が殿下と一緒に帰国してすぐに担当文官殿の所に行ったけれど、キミはもうすでに行方不明になっていた。魔法で手紙を送ろうとしたけど、名前が違っているせいで送れなくて……だから、キミの従妹殿に会いに行った」
「え……杏奈に?」
リアムさんは大きく頷いた。
「杏奈は国の南にある番さんが領主をしている街に行ったのですが、ざわざわ訪ねたのですか?」
「そうだよ、キミの本当の名前を知っているのは従妹殿しかいない。彼女に聞かなくては、キミの本当の名前が分からない」
王都から杏奈のいる南の街までは結構遠かったはずだ。それなのに、わざわざ出向くなんて。
「大変、だったのではないですか?」
「ああ、大変だった。キミの従妹殿には酷く怒られてしまったし、ファルコナー伯と従妹殿の関係が……その、また大きく拗れてしまったようで。そんなつもりはなかったから、それは……なんだか申し訳なかったよ」
そのときのことを思い出したのか、リアムさんは困ったような表情を浮かべた。
杏奈は口も達者だし、素直に自分の思ったことや感情を表に出す方だ。きっとリアムさんにキツく当たったに違いない。
「その、すみませんでした。杏奈、色々言ったのでは?」
「従妹殿が怒るのも当然だから、謝る必要はない。俺の方こそ、すまなかった」
「……杏奈は元気でしたか?」
杏奈が番のクマさんと一緒に、クマさんの領地に向かったときから会ってはいない。一度だけ大公閣下のお屋敷で手紙のやりとりをしたけれど、手紙もそれきりになっている。
手紙からは元気でいて、番さんとはなんともいえない関係を続けていることが伺えたけれど……幸せに楽しくやっているのかは疑問だ。
「元気ではいらした。番のファルコナー伯との関係は、なんとも言えないな。仲が悪いとは言えないが、良いとも言えない……まだ従姉殿の中では、ファルコナー伯がキミに大ケガを負わせたことが引っかかっているのだろう。心を通わせているとは言い難い感じだった」
「杏奈……」
「俺が出向いたために、従妹殿が知らないでいたことが耳に入ってしまって……彼女は大層お怒りだった。ファルコナー伯との関係がその後どうなったのか、それは分からない」
お披露目会が開かれている間、杏奈と番のクマさんの関係は私の目から見てもあまり良好とは言えなかった。杏奈はずっと番のクマさんを警戒して、打ち解けようとはしていなかった。番のクマさんの方が杏奈に心を開いて貰おうと、必死でプレゼントをしたり出し物を見に誘ったりしていたのを覚えている。
それでも、クマさんの領地に出発する頃には多少の関係改善がみられていたのに……杏奈の中ではまだ暴力事件は解決できていないのだろう。
あの子、頑固だから。
「まあ、そこで従妹殿からキミの名前を教えて貰った。レイナ、という名前だと」
リアムさんは私の手を少し強く握り直した。
「すぐに魔法で手紙をキミに送ったが、今度は届く距離にいない、国内にはいないことが分かった。キミが国内にいないとなれば、どこの国に行ったのか……必死で探した。各検問所で控えられた出国表を全て調べて、時間はかかったがキミがランダース商会に属する商隊の一員として国を出たことが分かったんだ。最終的な行先がウェルース王国の首都にある本店だということも、確認出来た」
「……それで、商業ギルドの職員としてウェルース王国に?」
「兄から聞いたかもしれないが、俺は次男で元々オルコット伯爵家を出る身だ。最初から貴族ではなく、庶民として生きて行くことは決まっている。だったらいい機会だと、平民でギルドの守衛を仕事に持っているという自分でキミと出会おうと思ったんだ」
貴族籍を抜けようとしたけれど、お兄さんである伯爵様に私を実際に迎えると確定してからにしろと言われて、仮の立場を作ったらしい。
リアムさんの三角の耳が伏せられ、椅子の背もたれから零れた尻尾が震えるのが見えた。
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