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「どうしてッ!」
心の底から出た悲鳴のような声とナイフが地面に叩きつけられる音が響いて、ゆっくりと目を開けると、アデラ嬢と私の間に割って入った人物がいた。
私の目にはその人の背中と長い尻尾が見える。
「どうして、その人を庇うの!? どうしてッ!」
「…………ど、して」
私の口からも、アデラ嬢と同じ言葉が零れた。だって、その背中に私は見覚えがあったから。見間違えるなんてあり得ない。
一緒にお祭りを見に出かけて、クルトさんの番云々って貴族のご令嬢に絡まれたときにもこうして私を背中に庇ってくれた。
その背中を、見間違うはずがない。
「ユージン従兄様! どうしてっどうしてなのっ!」
「黙れ、アデラ」
庭園に入って来た騎士さんたちがアデラ嬢を拘束して、先にメイドさんを拘束していたキムの方へ突き出した。メイドさんはキムに押さえつけられながらも暴れたせいか、ぼろぼろになっている。
「遅いヨ? お嬢さんが傷つけられるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたネ」
「そんなヘマはしない」
「どーだかネ。うっかりお嬢さんのことは俺が助けちゃおうかなって思ったヨ」
「それは俺の役目だ」
「……で、この子たちの始末はどうしたいかナ? キミが自分でするか、こっちに任せるか決めてヨ」
「……そちらに任せる。構っている時間が惜しいからな」
「ま、そうだよネ。こっちは任されたヨ」
キムが片手を上げると、騎士さんたちがメイドさんとアデラ嬢の手に縄を掛ける。縄は拘束用の魔法道具のようで、手首に触れた瞬間に自動で動き出してぐるぐるっと両の手首をひとつに纏めた。
「ま、待って! ユージン従兄様、どうしてなのですか? どうしてその人を庇って守るの? その人は従兄様を待たず、捨てて飛び出して行ってしまったのよ! 番だって分からないわ! 別の誰かから白花の腕輪を贈られて、受け取ったのよ! ユージン従兄様を大事にするつもりなんてない、そんな人をどうしてっ」
アデラ嬢の言葉が胸に痛い。
彼女の言う通りだ。
異世界からやって来た番は、この世界にいる番の迎えを待つもの。基本的にお披露目会の開催中に迎えに来て貰えるけれど、来られなかった場合は来られるまで王都で過ごす。それがここでの〝当たり前〟だ。
けれど、私は自分が求められていないと思っていたし、自分の置かれた場所に我慢が出来なくて、番を待たずに国から逃げるように飛び出した。迎えに来て貰えるなんて、思ってもいなかったから。
私には私の事情も理由もあった。それと同時に、アデラ嬢にはアデラ嬢の想いがあった。
自分の好きになった人は自分に振り向かない、それだけでも辛い。辛い中でさらに運命だと言われた相手に大事にされていないなんて、それは……納得いかないだろう。
唯でさえ私という存在が気に入らないのに、納得出来るわけがない。
「彼女が俺を待てなかったことに理由はあるし、俺はその理由に納得している。そもそもの原因は、俺がお披露目会の間に迎えに行けなかったことにあるからだ」
「だからって!」
「アデラ」
名前を呼ばれたアデラ嬢はビクッと大きく体を震わせて、おとなしくその場にしゃがみ込んだ。その彼女に同じように縛られているメイドさんが寄り添う。
「俺はキミに対して、親戚として従妹としての情以外持っていない。以前、婿入りの話をキミの父上から貰ったが、お断りした」
「……っ」
「俺には大切な人がいる。キミにもきっと現れるだろう、その男を想い添うべきだ。……まあ、その機会が与えられるかどうか今後のキミ次第になる」
「ユージン従兄様……私はっ」
「キミの幸せを祈っている、従兄として」
「ユージン従兄様……」
「それに、彼女に白花の腕輪を贈ったのは、俺だ」
「嘘っ! 嫌、嫌よ、こんなことってないわ……!」
アデラ嬢は大きな瞳から大粒の涙をぽろぽろと零した。そんなに泣いたら目が溶けちゃうんじゃないかってくらい、沢山の涙を零しながら騎士さんに連れて行かれてしまった。
「……お嬢さん、大丈夫かナ?」
呆然としたまま、アデラ嬢とメイドさんが連れて行かれるのを見送っていると、キムが私の顔を覗き込む。
「え、う、うん……」
「ならいいけどサ。で……このまま話しをしなよネ?」
「……キム、でも」
さっきアデラ嬢に殺意を向けられて怖かったのも手伝って、混乱しているのが自分でも分かる。とても不安だし怖いし自分がどうしたらいいのかも分からない。
そんな状態なのに、今は私の味方であるキムが側から離れるというから私はついキムの服の裾を掴んでしまった。
「……いやいや、その、お嬢さん……不安なのは分かるんだけどサ? コレはちょーっとマズいんだよネ」
「でも、キムは私の護衛としているんだよね?」
「いやいやいや? そうだけど、そうなんだけどサ? 色々とやらかしてる俺を信頼してくれるのも嬉しいんだけどネ? でもなんだか横からの圧が凄くて、俺の豪華で素敵な毛並みが円形に無くなりそうヨ」
「キム!」
「……お嬢さん、ちゃんと話すんだヨ。そういう約束だったよネ? お嬢さんにとっては今更な話かもしれないけれど、話をちゃんと聞いて、それを踏まえて自分のことは自分で決めるんだヨ。庭園の入り口に俺は控えてるから、どうしようもなくなったら呼んでヨ。すぐに駆け付けるからサ」
圧がどうって話は全然理解出来なかったけども、話をすることは決まっていたこと……私は「約束だよ、すぐに駆け付けてよ?」とキムの服の裾を離す。
キムは「ちゃんと話をするんだヨ」と再度言ってから、足早に庭園の出口に方へと姿を消してしまった。
気が付けば、メイドさんがお茶やお菓子を運んできたワゴンも、休憩場所のテーブルにセットされていたキム曰く毒入りのお茶も片付けられている。
どうやら後から庭園に入って来た騎士さんたちが片付けてくれたようだ。
冷気を含んだ風が休憩場所の中を吹きぬけて周囲にある植物の葉を揺らし、庭園に遊びに来ている小鳥の声と水路を流れる水音が聞こえる。
ついさっきまで自分に殺意を持って、魔法を纏ったナイフを向けられていたとは思えない、穏やかな冬の景色がここにあった。
信じられない。この穏やかな景色とさっきまでの景色が同じ場所で起こったなんて。
「……大丈夫か?」
声を掛けられて、私はハッとした。
庭園からキムが居なくなった時点で、自分ひとりきりのつもりになっていたけれど……そうじゃない。私の番である人が居る。
「…………はい。その、おケガは大丈夫ですか? あのお屋敷で大きなケガをされましたよね」
ウェルース王国のミッドセアという街に滞在していて、ランダース商会のマダムヘレンとのお茶会中に乱闘騒ぎがあった。そのとき、リアムさんは大きなケガをしたのだ。
「ああ、ケガならばもう平気だ。じきに腕を釣る必要もなくなる予定だから」
「良かった」
白い布で釣っている腕の状態は痛々しいし、とても不自由そうだ。それでも、もうそれも取れると聞いて安心する。
「その、まだ落ち着いてはいないだろうし、今更だと思われていると承知はしているのだが……話をさせて欲しい」
「……はい」
私はしっかりと、女神様が決めたらしい私の番相手を正面から視界に入れた。
黒色のかっちりとした制服、白色のシャツ、紺色のネクタイ姿、左腕を布で釣っている以外は王宮に勤める上級文官だ。その制服を纏っている人物を私はすでに知っている。
忘れたくても忘れられない。
「改めて、自分はあなたの番、ユージン・リアム・オルコック。お披露目会の開催中に迎えに行けず、申し訳ないことをしました」
リアムさんはそう言って、椅子に座る私の前で片膝を付いて私の手を救い上げた。
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