閑話18 アデラ・ドナ・エーメリーの断案
家にやって来た警備の騎士に連れて行かれたのは、お城の近くにある騎士隊が入っている建物。そこで、お城の偉い文官の質問に答えるように言われた。
「どうして手紙や書類を勝手に横から回収することにしたのか?」
「受け取った手紙や贈り物はどうしたのか?」
「お披露目会について、異世界からの番をどう思っているのか?」
くだらない質問ばかりだったけれど、父から素直に答えろと言われていたから正直に答えた。
私がいかにユージン従兄様を愛しているか、相応しいか、我が家に入り婿になることでの利点、番にこだわることがどんなに愚かしいことかに至るまでしっかりと。
私の答えに、獅子獣人の文官は首を傾げたり顔を顰めたりしていた。王宮文官は優秀な人たちばかりと聞いていたのに、私の言うことが理解出来ないなんて……噂に聞くほど優秀ではないのかもしれない。
がっかりだ。
結局数日拘束され、解放されたときにはクローディアと私は今まで通っていた女学院を退学し、王都のはずれにある神殿が運営する神学校に通うことに決まっていた。
手紙や贈り物を盗んで隠したことへの罰であり、反省と再教育のためと言われたけれど納得がいかない。たかが、異世界の番への手紙と贈り物を先回りして回収したくらいで、女学院を退学させられて神学校に転校させられるなんてあり得ない。
神殿が運営する神学校には二種類ある。ひとつは女神様に仕える神官を育てる神学校、もうひとつは罪を犯した未成年の再教育を行う神学校。
クローディアと私が通う神学校は後者だと言われた。
王都ファトルの北外れにある、成人前の女子ばかりが集められている寄宿舎付きの神学校。
全員が寄宿舎で寝泊まりすることを義務付けられていて、身分に関係なく同じ生活をし、敷地には高い垣根が植えられていて、許可なく敷地外には出られないし手紙も月に二回、担当神官の検閲を通ったものだけがやり取りできる。
制服として支給されるこげ茶色の古めかしいデザインのワンピースに黒の靴だけを着ることが許され、髪も三つ編みかまとめ髪のみ。装飾品の類も一切不可。
私の淑女らしい生活は消えてしまった。
毎日朝から夕方まで勉強、裁縫、畑仕事、掃除洗濯、神官の説法で埋まっていて、一日二回の食事は具の少ないスープと硬くて酸っぱい味のするパンに薄いお茶だけ。
一緒に時間を過ごすのは、男爵家の庶子だというご令嬢(通っていた学校で侯爵家のご令嬢に無礼を働いたらしい。本人は嵌められたのだと言っている)と小さな商家の娘さん(通っていた学校で同級生の私物を盗んだらしい。本人は盗んでなんていない、嵌められたのだと言っている)と私たちの四人きり。
ここで反省したとみなされなければ、卒業は出来ないと言われた。でも、私はなにを反省したらいいのか、分からない。
だって、そんな悪いことなんてしていないから。
神官からは私たちがした行動がどんなに軽率だったのか、どんな結果を引き起こしたのかをしつこいくらい聞かされた。けれど、全くの見当違いなことばかり言っていて、全く理解出来ない。
異世界の人への個人的な手紙を奪っただけなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう?
手紙を奪ったことに関してはもう謝ったのだから、もう悪くないのに。
神学校に入れられて数か月後、私たちのしたことの責任を取って我がエーメリー子爵家がかなりの罰金を支払ったことと、オーガスタス従兄様が王宮へ辞表を出したけれど却下され、外務室から外され庶務室へ平文官として左遷させられたことを知った。
異世界からやって来たユージン従兄様の番さんは、行方が分からなくなっていてそれをユージン従兄様が探していることも知った。
異世界からの番さんは、ユージン従兄様の帰国を待たずに王宮からどこかに出て行ってしまった(どうも王宮でなにやらあったらしいけど、私は関係ないし知らない)らしい。
やっぱり、クローディアと私のしたことは正しかった。
番が分からない異世界の人は、ユージン従兄様ではなくてもいい。結婚の相手は誰でもいいのだ。宝珠の館に行かなかったのは予想外だったけれど、居なくなってくれたのならどうでもいい、問題はない。
彼女が自分で出て行くと決めて出て行ったのだから、それを認めてあげたらいい。ユージン従兄様も出て行った人を探すなんて止めて、私の元に来て下さればいい。
「これも全て、あなたたち二人が軽率な行動をとった結果です。未だ、分かりませんか? あなたたちがしたことで、大勢の人の人生を変えてしまったことを」
指導担当だという女性神官はそう言って、クローディアと私に対して呆れた様子で言った。どうしてそんな呆れているのか、いつまでたっても〝反省した〟としてくれないのか……私にはさっぱり分からない。
どうしてユージン従兄様はいつまでも異世界からきた番さんを探しているんだろう? 自分からいなくなった人なんて、探してあげる必要はないのに。
だってそうでしょう? 彼女の方から出て行ったのよ、ユージン従兄様からの愛なんていらないって。まあ、そうなるように少しばかり仕向けたのはクローディアと私なのだけれど。
もし本当に番の想いだの絆だのがあるのなら、手紙や贈り物が届かない、他人から少し邪魔されたり意地悪された、その程度の障害は跳ね除けて欲しい。そうだったのなら、私の胸の中にあるユージン従兄様への気持ちも落ち着いて、諦めもつくかもしれなかった。
けれど、実際はそうじゃなかった。番同士の想いや絆なんて、所詮は幻想のようなものだ。
そんなものにしがみ付いているなんて、伯父のように家族や周囲の人間を傷つけて悲しませる結果にしかならない。
何度も神官にそう訴えても、取り合えって貰えず……私とクローディア、男爵令嬢と商家のお嬢さんの四人はずっと卒業出来ないまま、神学校で生活している。
途中、何人か入学して来た子がいたけれど皆一か月くらい、長くても三か月くらいで卒業して行ってしまう。私たち四人だけが、ずっと取り残されて……気が付けば季節は秋も終わりになっていた。
寒さが厳しくなってきたころ、神官に呼ばれて執務室にクローディアとふたりで向かうと執務室から先客が出て来た。
「アデラお嬢様、クローディアお嬢様」
「チェリー?」
商家の娘で、通っていた学校で同級生の持ち物を盗んだとされて(それが本当なのか嘘なのか私には分からない)神学校に入れられたチェリーは、私たちの前で頭を下げた。
「どうしたの? またお説教?」
クローディアの問いかけにチェリーは首を左右に振った。
「あたし、ここを卒業することになったんです」
「まあ!」
「おめでとう、というべきよね。チェリー、おめでとう。それで、ここを出てからはどうするのか決まっているの?」
「はい、王宮の下働きを。下級メイドの下働きからで、働き次第では下級メイドにして貰えると」
「そう。良かった、これから頑張って」
「お嬢様方にはよくして貰って、ありがとうございました」
神学校に入れられ、なかなか卒業出来ないでいる私たち四人には、妙な連帯感が生まれていた。
身分や立場は違っても、ここに入れられる理由もないのに入れられている仲間としての連帯感だ。
「こちらこそ! チェリー、私たちがここを出てもお友達でいてね」
「え……でも、あたしは平民で」
「関係ないわ! 私、チェリーが好きよ。頑張り屋のチェリーを応援してるもの」
「そうね、ここで一緒に過ごした仲間だもの」
チェリーは私たちの言葉に嬉しそうに笑って、頷いた。
「アデラ、クローディア入りなさい」
三人で話していると、いつまでも入ってこない私たちに痺れを切らした神官に声をかけられて、チェリーとはいったん別れた。そのまま執務室に入ると、神官は私たちの顔を見てため息をついた。
「あなたたちに謝罪と弁明の機会を与えます」
「はい?」
「あなたたちがしたことの被害者、異世界からの番様にお会いして謝罪しなさい。そこで番様から許しを得ることが出来たら、ここを卒業することを許します」
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