閑話17 アデラ・ドナ・エーメリーの断案
「ユージン従兄様の幸せを、壊す? 私が?」
私がそんなことするはずがないのに、意味が分からなくて父に尋ねれば、父は片手で顔を覆い私の向いに座った。
ユージン従兄様の幸せは私と結婚して、エーメリー子爵家を継いであたたかな家庭を築いて暮らすこと。それを壊すなんて、あり得ない。
「そうだ。ユージンは獣人だ、番と出会い、その番と結婚し生きていくことを人生一番の幸福と感じる種族だ。女神様からのお告げがあった以上、ユージンの番は異世界からやって来て彼らは出会い番う運命。そういう縁なのだ」
「で、でも……私はユージン従兄様のことが……」
「知っている。もし、おまえが成人を迎えてもユージンが運命の相手と出会えなかったのなら、婿入りを打診してみるつもりだった」
「お父さま!」
私の心はほわっと温かいもので包まれた。父がユージン従兄様と私のことを認めて下さったのだ! 嬉しい!
「出会えなかったら、の話だったんだ。ユージンは女神様のお告げを受けている、必ず番と出会える。異世界からやってくる番と幸せになるように、という女神様のお引き合わせなんだ。アデラ、女神様がお決めになったことなんだ」
「そんな、酷いわ……お父さま、私は、私は本当にユージン従兄様が好きで……」
「クローディアとおまえがしたことは、おまえたちの中では些細なことだったのかもしれない。手紙や贈り物を番の元に届かぬように抜き取って隠した、それだけだと思っているのかもしれない」
父は両手で頭を抱え、首を左右に振る。なにをそんなに嘆いているのだろう? 疑問に思っているとノックの音が響き、侍女が来客を告げた。
勢いよく立ち上がると、父は私の腕を掴み引き摺るように一階にある応接間へと向かう。どんなに腕の痛みを訴えても、足が縺れて転びそうになっても、父は私を無視して足を進めた。
「オーガスタス、申し訳なかった!」
子爵家らしく整えられた客間に入るなり、父は謝罪の言葉を述べて頭を下げた。
私は床に打ち捨てられ、腕と膝を打ち付ける。
「アデラ!」
「クローディア……」
そんな私に駆けつけてくれたのは、クローディアだった。やっぱり、彼女は私の味方だ。
縋りついたクローディアはその可愛らしい容姿には似合わない装飾の全くない灰色のワンピース姿、首飾りや腕飾りのひとつも身に着けていない。髪もただ梳かしただけ。
なにがあったのだろう?
「叔父上、謝罪は必要ありません。今回の件については、オルコックとエーメリー両家の起こしたことです。我々の間で謝罪は必要ないでしょう」
「……すまない」
客間にいたのはオーガスタス従兄様とクローディアだった。
親戚である彼らが我が家に来るのは珍しいことではないけど、父の様子とオーガスタス従兄様の態度は今までに見たことがない感じだ。
「アデラ、キミにも改めて確認したい」
「な、なんでしょう?」
オーガスタス従兄様は私を立たせ、部屋の中央にあるソファに座らせてくれた。私の隣にクローディアが座って、私たちは自然に体を寄せあう。
「ユージンからの手紙や贈り物をキミはクローディアから受け取っていたかい? 宛先はキミではないものだけれど」
「えっ……」
隣にいるクローディアが体を震わせる。
「隠す必要はないよ。クローディアが手紙や荷物を抜き取って小細工をしていたことは、もう分かっている。手紙の一部と送られてきた荷物をキミに渡した、そこも分かっている。私は、その事実確認をしたい」
水色の瞳が私を見下ろして、睨んだ。オーガスタス従兄様はひどく怒っていらっしゃる。ここで嘘を言えるわけもなく、首を縦に振った。
「受け取りましたわ、ユージン従兄様からのお手紙と贈り物を数点」
「そうか、分かった。後で王宮から警備の騎士が来る、アデラとクローディアは彼らの指示に素直に従うように。おとなしくしていれば、乱暴に扱われることはない」
「お兄さま! どういうことですか!? お城の騎士って」
「ユージンが侍従として外務担当官である私に提出する書類をおまえが勝手に回収して、隠してしまった。書類は私の手に届かず、王宮に報告書は上がらない。その結果、様々な問題が起きて、今王宮はその処理で混乱して大忙しだ」
「「え……」」
オーガスタス従兄様の言葉に、クローディアと私は言葉を失った。私たちが手紙を回収したことで、王宮が混乱し大忙しとはどういう意味だろう?
私たちが回収したものはユージン従兄様が異世界からの番さんに宛てた手紙と贈り物、イライアス殿下の留学に関する提出書類。
確かに、殿下に関する書類が届いていないのは問題だったかもしれないけれど……そんな混乱になるなんて、あり得ないだろう。
オーガスタス従兄様は私たちを叱るために、きっと大げさに言っているに違いない。
「伯父上、参りましょう。ちょうど警備の騎士たちもやって来たようですし」
「ああ。アデラ、おとなしく騎士の言うことに従うのだ。聞かれたことには素直に答えなさい、おまえに出来ることはもうそれだけなのだから」
父とオーガスタス従兄様は揃って客間を出て行き、騒めいた雰囲気に窓から外を見ると警備担当の騎士たちの姿が見えた。彼らは、クローディアと私を迎えに来ると言っていたけれど、いったい何の理由でどこに連れて行かれるのだろう? 恐ろしくて、体が震えた。
そして、その騎士たちの中にユージン従兄様の姿があった。あの黒い毛並み、侍従の着る白いシャツに黒色の制服を見間違うわけがない。
私たちは窓に駆け寄り、ユージン従兄様に手を振る。
「ユージン従兄様!」
「ユージン兄さま!」
私に優しい笑顔を浮かべ手を振り返し、客間にやって来て「大丈夫だよ、アデラ。なにも心配はいらない」と声をかけて下さるに違いない。
屋敷から出て来たオーガスタス従兄様と玄関ポーチで会話を交わし、その後に出て来た父が何度もユージン従兄様に頭を下げているのが見える。
私たちが手紙や贈り物を回収して隠してしまったこと、それは確かに褒められたことではない。だから父が代わりに謝罪してくれているのだろう。
きっとすぐに笑って許して下さる。父とユージン従兄様に血縁関係はないけれど、叔父と甥という関係で付き合いだって長い。それに、我が家に入り婿になれば父はユージン従兄様にとっては義理の父だ。家族なのだ。許して下さるに決まっている。
「ユージン従兄様!」
私の声が届いたのか、ユージン従兄様はようやく私を視界に入れて下さった。
青い瞳が優しくゆれる……はずだったのに、笑顔を見せて下さるはずだった……のに。
ユージン従兄様は眉を顰め、その青色の瞳で鋭く私を射抜くように見ると、背中を向けてあっという間に騎馬に乗って行ってしまった。
「……え?」
どうして、あんな冷たい目で私を見るの?
どうして、あんなに嫌そうな表情で私を見るの?
どうして? どうしてなの?
呆けた私の耳に、お城からやって来た騎士たちの足音だけが遠くから聞こえていた。
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