閑話16 アデラ・ドナ・エーメリーの断案
「だから、ユージン兄様の手紙を王宮に届けるのをやめるのよ。そうしたら、異世界から来た番は迎えがなくて行き場をなくすわ。そうしたら、宝珠の館行きになるわよね」
「そんなこと……!」
お茶会用に準備しておいたテーブルに案内して、侍女に急いでお茶とお菓子の用意をお願いする。いつもなら、準備が出来ているけれどクローディアが早く到着したため、準備が出来ていない。
「番の人は宝珠の館で働いて生きていけばいいの、異世界からの人なんだもの平気よ。だって、そういう人たちなんでしょう? 異世界の人は番が全く分からないって聞くしね」
「それは、聞いたことがあるけれど……」
異世界には番という関係が存在していないため、本能的に愛おしいと認識する能力がないと聞いている。だから、異世界からの番はこちらの世界の者が〝あなたは自分の最愛だ〟と言葉や態度ではっきりと示して伝えなくてはいけないのだと。
「女神様のお告げから三年目なのに番に会えなかったユージン兄様は、きっとお告げが間違いだったって思うわ。そしたら、アデラとのことを前向きに考えると思うの」
うふふっとクローディアはテラスに用意したテーブルに着くと、可愛らしい顔をした。
「オーガスタス兄様は外務課の文官で、王子殿下の留学に関する手続きなんかを担当しているのよ。だから、届いたお手紙や書類をオーガスタス兄様が管理しているの」
「そうなのね」
「だからね、そこでお手紙を抜き取っておけばいいわ。お手紙もなにもないってなれば、異世界からの番の人はユージン兄様から望まれてないって思うわよ。あちらの人は番が分からないから、相手が誰だって構わないのだもの」
そこへ侍女がお茶をお菓子の乗ったワゴンを押して来て、私たちの会話は一度途切れた。
目の前に赤味の強い色の紅茶、貝の形をした焼き菓子とまん丸の形に粉砂糖のかかったクッキーが並ぶ。クローディアは「美味しそうね!」と喜んでティーカップに手を伸ばす。
私は……思ってもみなかった言葉に驚いていた。
異世界からの方は番を認識出来ない。それなら、ユージン従兄様と顔を合わせてユージン従兄様が「あなたが私の番だ」と言わない限り、異世界の方はユージン従兄様を番だと分からない。
ならば、二人が出会わないようにしたら……ふたりは惹きあわないの? そうしたら、ユージン従兄様は我が家に婿入りして下さるのでは? 私の気持ちに応えて下さるのでは?
クローディアが語ってくれることは、まるで夢のようだ。私の心を守って救ってくれる。
「ね、アデラ。名案でしょう? 手紙も贈り物も届かないようにしてしまえばいいのよ、そしたらふたりは出会わないわ!」
「……ええ、そうね。そうしてくれる、クローディア?」
「もちろんよ! 私、ユージン兄様が家を出て行くことに反対なの。平民になってしまうし、知らない人がユージン兄様のお嫁さんになるのも嫌」
クローディアは頬を膨らませて不満の顔をした。
「だからね、やっぱりアデラの所に行くのが一番いいと思うの。ユージン兄様は貴族のまま、アデラと幸せに暮らせるわ! 私、アデラが大好きだから幸せになって欲しいの。もちろん、ユージン兄様も。ふたりが結婚したら、私の大好きなふたりが一緒に幸せになれるのよ。こんな良いことないわ!」
私の中で〝そんな簡単な話じゃない〟とか〝そんな単純に物事が運ぶわけがない〟と訴えて来る部分がある。
だって、オーガスタス従兄様は外交課の文官で大勢の人たちとお仕事をして、ユージン従兄様は王子殿下の側付きでこちらも大勢の人たちと一緒に仕事をなさっている。ひとりでお仕事をしているわけではない。
数えきれないほど大勢の人の目が王子殿下の留学を有意義にして御身を守るために、国が円滑に外交を行えるようにと働いているのに、そんな簡単に物事が運ぶわけがない。
私たちのしたことなんて、すぐに見つかってしまう……そう思う私がいる。
でも、私はそれを無視する。考えないようにする。
だって、そうであって欲しい……クローディアの言うように物事が運べば私の思う様になるのだもの。そうじゃない言葉なんて聞きたくない。
「安心してアデラ! 私はいつだってあなたの味方よ!」
「……ありがとう、クローディア。心強いわ」
「任せて! まずは……」
私たちのしたことは、些細なこと。所詮成人前の小娘に出来ることなんて限られている。
ユージン従兄様が送ってくる手紙と贈り物を回収し、異世界の人の元に届かないようにする。ただそれだけ。ただそれだけだ、きっと上手くいくに違いない……私たちはそう思い信じ込んだ。
手紙の抜き取りを行うようになって、驚いた。思っていた以上にユージン従兄様から番さんへの手紙は頻繁に届くし、贈り物も届く。
他人宛ての手紙を読むなんて、と思いながらも内容が気になって開封してしまう。
待たせていることへの謝罪から始まって番の方を心配する言葉に続き、自分が今どんな街にいるのか、どんな珍しい品や景色、文化があるのかなどが綴られていて……自分が気になった品を贈ったけれど、気に入ってくれたら嬉しいと綴られていた。
この手紙が私宛てであったのなら、どんなに嬉しく幸せな気持ちになったのだろう。手紙が届き、読めば辛くなるのに止められない。
ユージン従兄様が帰国されても、異世界からの番の方はなんの連絡もないままユージン従兄様から必要とされていないと感じて宝珠の館に入って、ふたりは出会わない。
帰国されたと確認が取れたらすぐに父から婿入りの打診をして貰って、改めてユージン従兄様と顔を合わせて婚約をして……私は幸せを掴める。
最初は私の妄想だった。
けれどいつの間に妄想は膨らみ、当然現実になるものだと私は確信していた。
それ以外は考えられなかった。
「アデラ! おまえはっ」
私の幸せは異世界からの番の人ではなく、実の父によって打ち壊された。
「おまえはなんと言うことをしたのだ! なんということを……ッ!」
ユージン従兄様が数日前に帰国したと聞いて、ハンカチに刺繍をして贈ろうと思った。長い間の留学お疲れ様という気持ちと、私の愛情を込めて。
自室で刺繍の図案集を眺めている所に、ノックもなしに駆け込んで来た父はボロボロだった。めっきり薄くなった髪はボサボサ乱れ、服もよれてボタンの幾つかは取れてしまっているようだ。
「どうしたのですか、お父さま?」
「どうしたもこうしたもない! おまえ、おまえ……ユージンが留学先から送って来ていた手紙を隠していたとは、本当か!? 本当にそのようなことを!?」
「えっ……どうして、それを……」
「当たり前だろう! ユージンはイライアス殿下の侍従で護衛として同伴している、殿下のご様子を報告するのも職務のひとつだ。国内なら魔法での連絡も可能だが、外国からでは郵便に頼るしかない。その報告書が春以降一通も届いていないとなれば、本人が事件か事故にあっているのか、郵便事故かと確認することになる」
クローディアは自宅に届くユージン従兄様からの手紙、その全てを回収してしまっていたようだ。
その中に王宮へ上げるための報告書が入っている封書もあり、それは王宮にあがるはずだった。
大切な書類まで回収していたため、報告書が全く送られてこないことを不審に思ったオーガスタス従兄様が、周囲や郵便業者を調べたのだ。そして、クローディアが手紙を全て回収していたことが判明してしまったらしい。
「あれは、その……回収したのは王宮への報告書ではなく、個人的なお手紙の方だけを……」
「関係ない、関係ないのだ! アデラ、よく考えよ。異世界から女神様が選ばれた番をこちらの世界にお呼びすることは、国事だ。国の大切な行事なのだ。異世界の番に関すること全て、国の管理下にある。ユージンの番が異世界からの番である以上、番へ宛てた手紙も贈り物も全て国の管理下にある。それを身勝手な理由で回収し、隠すなんてことはしてはならないことなのだ!」
私の耳に、父の掠れた声が響く。
「そもそも、ユージンを愛おしく思っていたのならば、なぜユージンの幸せを願ってやれなかったのだ! なぜユージンの幸せを壊すようなことをしたのだ!」
父の叫ぶような声が、響く。
私は真っ白になった。
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