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閑話15 アデラ・ドナ・エーメリーの断案

 初めてはっきりと認識して顔を合わせたのは、祖母の五十才をお祝いする誕生日パーティーだった。


 母の兄の子どもであるクローディアとは同性で年が近いこともあって、仲良くしていてお互いの家を行き来したり、手紙のやり取りなんかをしていた。


 でも、クローディアのふたりいるお兄さんたちは勉強や剣術とか魔法の訓練に忙しくて会うことはなくて、新年のあいさつのときにご挨拶を少しする程度の関係だった。だから、しっかりとお互いを認識したのは、祖母の特別な誕生パーティーのときだったのだ。


 九歳年上のオーガスタス従兄様と四歳年上のユージン従兄様、ひとつ年下のクローディアと、私の二歳年下の妹と五人で同じテーブルについてパーティー料理をいただいた。

 私はそのとき、恋をした。


 黒に近い濃い灰色の毛並み、透き通った青色の瞳、大きな耳と長い尻尾が立派なオオカミ獣人。周囲にいる男の子たちとは違って、落ち着いていてとてもカッコよかった。


 思えば、クローディアはあのときから私がユージン従兄様に恋していることに気が付いていたんだろう。なにかにつけて、ユージン従兄様のことを話して聞かせてくれた。


 オルコット伯爵家の次男、将来は家から出て行く立場にあるから勉強や訓練に明け暮れていて、成績がとても優秀だってこと。将来は、年齢が近い第三王子イライアス殿下付きになるんじゃないかってことも聞いた。


 私は素直に思った「うちにお婿に来て下さったらいいのに」と。


 我が家は格下の子爵だけれど、小さいながらに領地があって裕福ではないけれど貧しくもない。将来は私がお婿さんを迎えて一緒に領地を治めることになっていて、父は私のお相手さんを探しているようだった。


 私の両親は人間で、獣人の血をひいているとは言っても〝番相手が絶対〟という考えは持っていない。


 クローディアの両親である伯父夫婦も番ではない夫婦で(伯父は獣人なので今でも運命の相手を探していて、結婚した夫人との関係は冷え切っていて、お世辞にも幸せな家庭とは言えない。それも全部伯父が番になど執着しているからだ)、番との婚姻が六割を超えるこの国においては我が家も伯父の家も珍しい部類に入るだろう。


 だからなのか、私は番と出会ってその方と結婚するという気持ちがあまり無かった。まだ見ぬ番より、初恋相手であるユージン従兄様との結婚を望んでいた。


 家同士の縁を結ぶことを考えたら、オルコット伯爵家とはすでに縁が出来ているけれど……私はユージン従兄様を諦めきれない。私は恋に落ちてしまったのだから。


 クローディアは私に協力的で、定期的にお茶会を開いてくれたりパーティーに呼んでくれたりしてくれた。ユージン様従兄に「従姉妹だからね」と夜会でエスコートしていただいたときは、天にも昇る気持ちで終始ふわふわとした感覚に包まれるほどだった。


 ユージン従兄様は優しく紳士的で、私を淑女として扱ってくださった。私のことを憎からず思ってくださっているはずだ。だから、このまま時間が流れて父からオルコット家へ婿入りを打診してくれれば……そうすれば、私たちは晴れて婚約を結び結婚出来る。


 私は自分が成人を迎え、ユージン従兄様が我が家へ婿入りして下さる日を指折り数えた。


 それなのに、それの幸せの日々は突然消えてしまった。


 ユージン従兄様に〝女神様のお告げ〟があったという。


 〝女神のお告げ〟とは、この世に運命の相手が存在していない者に対して、女神様が異世界から運命の相手を連れて来て下さるという天啓のこと。


「嘘よっ!」


 私は叫んだ。


 女神様のお告げがあったということは、ユージン従兄様の番はこの世界に存在していなかったことになる。だったら、私と結婚することになにも問題がなかったのに! 


 ユージン従兄様の周囲に女性の気配が全くなかったから、自分の成人を待ってなんてのんびり構えていたのがいけなかった。私は激しい後悔に見舞われた。


 お告げがあった日から、ユージン従兄様はお披露目会を心待ちにしているのだと聞いた。獣人にとって、番は愛さずにはいられない大事な存在……オオカミ獣人であるユージン従兄様が番に会いたいと切望されるのは理解出来る。


 理解は出来るけれど、私の心は納得がいかない。


 両親も妹も「ユージンのことは諦めろ」と口をそろえて言うようになった。異世界からの番を迎えることが決まっているのなら、入り婿の話など出来るわけがない。


 それも理解は出来る。でも、私の心は納得出来ない。


 私の味方をしてくれるのはクローディアだけだった。彼女だけが私の心を分かってくれる、唯一の理解者だった。


 幸い、その年のお披露目会にユージン従兄様の番は現れなかった。聞いた話によると、〝女神様のお告げ〟による異世界からの番召喚には一年から三年の誤差があるらしい。


 今年は番が現れなかったけれど、来年現れるかもしれないし、再来年には絶対に現れる。現れたら……もう終わりだ。私の心は死ぬのだ。


 しかし、女神様は私の心を救ってくださった……二年目のお披露目会にもユージン従兄様の番は現れなかったのだ。もう一年、私の心は生かされた。


 そんな私の気持ちなど知らず、ユージン従兄様は二回目のお披露目会に己の番が居ないと分かると、イライアス殿下の留学に同伴して海の向こうの国へと行ってしまった。来年のお披露目会に間に合うように帰国するのだと言って。


 私の心は荒れた。来年のお披露目会でユージン従兄様が番と出会うことへの不安、同伴した遠い異国の地でケガをしたり病気になったりしていないか、殿下に振り回されていないかと心配したり、恋した相手に会えない、ちらりとお顔を見ることすら出来ない気持ちが入り混じってぐるぐると渦巻いていた。


 表面上は淑女らしく取り繕っていたけれど、内面は荒れ模様。そんな私を支えてくれたのも、クローディアだった。


 オーガスタス従兄様と同じ茶味がかった毛並みを持った、心優しいオオカミ獣人。彼女の優しい言葉と愛らしい笑顔に何度も救われた。


 クローディアに支えられながら、私はユージン従兄様の帰国を待った。けれど、留学予定期日を過ぎてもイライアス殿下は帰国されず、侍従兼護衛であるユージン従兄様も当然帰国されない。


 いつ帰国されるのか? なにか重大な事件でも起こったのか? と思い悩んでいるうちに、この年のお披露目会が始まっていた。きっと、ユージン従兄様の運命の相手がこの世界に呼ばれている……そう思うと更に気が気ではなくなった。


「アデラ、アデラ!」


「どうしたの、クローディア? そんな慌てて」


 約束していたお茶会の時間より早い時間にやって来たクローディアは、手土産だというお茶菓子と一緒に一通の手紙を持っていた。


「ユージン兄さまは、お披露目会に間に合わないわ」


「え?」


「イライアス殿下が留学期間を延長されたようなの。だから、お披露目会の会期中にユージン兄さまは帰国出来ないのよ。その旨を伝えるお手紙が来たの!」


 クローディアは私に手紙を見せてくれた。そこには、ユージン従兄様の文字で、まだ会えていない番さんに向けての気持ちが綴られていた。


 お披露目会の会期中に迎えに行けないことへの謝罪から始まって、女神様のお告げを受けてから二年間ずっと会えることを楽しみにしていること。自分が現在外国に滞在していて、帰国次第迎えに行くから待っていて欲しいこと……染めの色合いが美しい帝国産のハンカチを見つけたので贈ること。


 その気持ちは間違えようがないほどはっきりと、番の方への気遣いと出来る限りの愛情が込められていた。


「しっかりして、アデラ」


「でも、クローディア……ユージン様は異世界からの番様を大切になさって……」


「この手紙が番の人に渡らなければいいのよ!」


「え?」


 自信満々に言うクローディアの言葉の意味が理解出来ず、私は聞き返していた。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

「ご縁がなかったということで!」書籍版をお迎え下さった皆様、ありがとうございます。

皆様からの応援が糧となっております、感謝です。

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