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「クローディア、アデラ……おまえたち! 何度説明すれば分かるのだ!」
伯爵が声を上げると、ご令嬢方はお互い縋りつくようにぴったりとくっ付いた。
「だって、お兄さま! ユージン兄さまが居なくなったら嫌だって、何度も言ったのに聞き入れて下さらないのだものっ! アデラとの結婚だって、駄目だのひと言で片付けてしまって!」
「当たり前だろうが! 番と出会い、番と伴侶となることが最良だとおまえたちも分かっているだろう!? 異世界からの番は、女神様が結んで下さった縁の相手だ。アデラにはアデラだけの相手がいて、もうじき出会える。アデラの相手はユージンではないのだから!」
「番でなくては結婚出来ない決まりはないわ! お父さまとお母さまだって、番ではないのだもの! アデラとユージン兄さまが結婚しても、問題ないわ!」
「クローディアッ!」
「もういいのよ、クローディア。運命の相手を押しのけて一緒にいたいなんて、そんなことを望んだ私がいけなかったのよ」
「アデラ、そんなことないわ。ユージン兄さまだって、アデラのこと愛してくれるわ」
「ううん、いいの。ユージン従兄様の運命はこの方なのですもの、女神様が決めたお相手なのですもの。私など見向きもしないで、この方を愛されるわ」
「アデラ、そんなこと言わないで!」
「いい加減にしないか、ふたりともっ!」
目の前で繰り広げられる兄妹喧嘩と出来の良くない茶番劇。なかなかの迫力があることは認めるけど、内容的にはいただけない。
「分かりました。もう、いいです」
私がそう言うと同時に、キムの大きなため息が零れる。
「事情は分かりました。何に対して謝罪をしたかったのか、それはよく分かりませんけど……なんか、謝るつもりなんてないですよね?」
だって、私に謝ってくれたのは伯爵だけ。ふたりのご令嬢は分けわからん持論を展開させ、悲恋を嘆くヒロインと女友達っていう演劇のワンシーンを見せてくれただけだ。
アデラ嬢の初恋を否定するつもりはないし、クローディア嬢の兄弟愛になにか言うつもりもないけど、妙な持論に私を巻き込まないで欲しい。しかも、その持論っていうのが……隣国の某マダムと同じ理論だ。
私がいなければ、アデラ嬢は恋するユージンさんと結婚出来て、クローディア嬢は愛しい兄を平民に落とすことなく親戚付き合いが続く。そしたら、ふたりとも幸せだ。
私がいなければ、上手く行く。
私がどうなろうが、そこは関係がない。
「そ、そんなことは……」
「だから、もういいです。私はそもそも……」
ユージンさんと結婚するつもりなんてないし、この国に留まるつもりもない。アデラ嬢がユージンさんと結婚したいのなら、勝手にすればいい。
そう言おうとしたのに、キムの手が背後から伸びて来て私の口を覆った。ご丁寧に唇を指で挟んでくれて、言葉ひとつ出すことが出来ない。
「もう茶番は終わりましたかネ? 事情は分かりましたし、ご令嬢方の言い分も謝罪の気持ちがないことも理解しましたヨ。それを踏まえて、この後ユージン・オルコック氏本人と面談し……今後のことについて決まりましたら、お知らせしますヨ」
顔は見えないけど、きっとキムは笑顔で怒ってるんだろう。背後の気配はなんか、苛立ちとか怒りとかを混ぜ込んで煮詰めたような感じだから。
「……本当に、申し訳ございませんでした。処分はいかようにも」
疲れを隠せなくなった伯爵は、まだ悲恋演劇のワンシーンを演じている妹と従姉妹を連れて客間を出て行った。
強引に連れられて出て行くアデラ嬢にはすごく睨まれた……怒った顔も美人は迫力がある。
「大丈夫?」
私が頷くと、キムはようやく私の口元から手を外してくれた。
「大丈夫だけど、なんだか疲れちゃった。結局、なんだかよく分からなかったよ。それに、なんなの? 突然口塞いだりして」
「……だって、お嬢さん迂闊なこと言おうとしたでショ?」
「迂闊なこと?」
「自分は番と結婚なんてしないから、勝手に結婚したらいいだろっぽい内容のことをサ」
な、なんで分かったの!? 長く一緒に居すぎたせいで、心の中を覗かれる魔法かなにかをかけられたりしたんだろうか!?
「あのね、お嬢さんの考えてることくらい察しがつくヨ。そもそも、ここになにしに来てるのサ? 全てを片付けるために来てるんだよネ。片付けが終わった後、お嬢さんがどんな行動を取るかなんて想像つくヨ」
「……そ、そうだね。キムには色々話してたもんね」
「でも、そういうことを言葉にして出さない方がいいのサ。何気なく言った言葉が噂の元になって、噂は形を変えるんだヨ。噂が怖いものだって、お嬢さんは知ってるよネ?」
噂がどんなに恐ろしい力を持っているのか、私は身をもって知ってる。噂は驚くほど速く大勢の人の耳に届いて、驚くほど速くその中身を変える……聞く人たちが面白く楽しくなるように。
「だから、口に出さないほうがいいのサ」
「……うん」
キムはテーブルの上に残された箱の大きな方に蓋を開けた。小さな方には手紙が入っていたけど、大きい方には何が入ってるんだろう?
私もその箱の中を覗き込む。
「……これ、お嬢さんに宛てた贈り物だろうネ。同伴した留学先はクレームス帝国だから、そこで買い求めたものじゃないかナ?」
箱の中には色々な物が入っていた。帝国の景勝地や有名な建物などを紹介文付きの画集、淡いピンクやクリーム色が可愛いハンカチが数枚、薄い金属板に繊細な彫りを施した栞、細かな細工が綺麗な小物入れ。
キムが言うには、これらは全てクレームス帝国の特産品や特産品を使って作られた品物らしい。きっと帝国内を移動し滞在した街で買って、実家経由で私に贈っていたんだろうって。
「……これ全部、私のために?」
「そうだヨ。お披露目会の会期中に帰国出来ないって分かって、その旨を担当文官に知らせる手紙を出した。きっと一緒にお嬢さん宛ての手紙も出しただろうネ」
キムは小さな箱に入っている手紙の束を取り出し、表書きを確認して一通の封筒を選び出した。それはなんの飾りも色もない真っ白な封筒で、遠い外国から海を渡って運ばれてきたせいか少し黄色く変色して、全体的にくたびれているように見える。
「これ、最初に出した手紙だヨ。贈られてきた品がどの順番で届いたのかは分からないけど、手紙だけは順番が分かるネ。手紙の中身に贈り物のことが書いてあれば少しは分かるかもヨ」
封筒の表には〝我が番殿〟と少し角ばった文字が書かれていた。
キムの手には沢山の封筒がある。クレームス帝国からフェスタ王国まで、海路と陸路を使って郵便が届けられるまでにどのくらい時間がかかるのかは分からない。きっと一週間や十日くらいはかかると予想出来る。
あの数の手紙が届いているってことは、私の番さんであるユージン・オルコックさんは私からの返事もないのに、数日おきに手紙を書いて送って、気になった品を買って贈り続けてくれたのだ。
「……」
「思うことはあると思うけど、手紙も贈り物も受け取っておきなヨ。お嬢さんの番は、お嬢さんのことを想ってくれてる男だってことが分かったんだからサ」
確かに私を想ってくれた気持ちは嬉しいし、贈り物だって嬉しい。でも、私は自分の手首に輝く白花のブレスレットのことを思うと……「うん」とは頷けなかった。
お読み下さりありがとうございます。
評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。
6月23日(金)「ご縁がなかったということで! ~選ばれない私は異世界を旅する~」1巻が発売となりました。
ご縁を結び、書籍をお迎え下さった皆様には改めまして御礼申し上げます。ありがとうございます。
書籍版の物語を(ウェブ版も)楽しんで頂けましたのなら、それ以上の幸せはありません。
引き続き、どうぞ「ご縁がなかったということで!」をよろしくお願い致します。




