【書籍発売記念小話】思い出は雷魔法と共に
レイがまだ異世界課でお仕事をしていた頃――
雑誌、書籍、のーとぱそこん、けーたいでんわ。最近はすまーとほん、たぶれっと。
異世界から番として呼ばれた人たちが持っていた持ち物で、もう使えないからと譲って貰った物。
雑誌や書籍に書かれた文字は読むことが出来ないけれど、そこにある絵は分かる。見たこともない景色や物で溢れているのだ。
私が所属している〝異世界課〟は、異世界の文化や譲って貰った書籍類や品を研究し、国のために活かす方法を模索する部署。
学生のときの社会科見学で異世界の本や品を見てから、ずっと気になって気になって仕方がなくなり、将来を決めた。
異世界の品は摩訶不思議だ。自分の理解が全く及ばない形態、理論、素材で出来上がっている。少しでも理解したいと、頭の中はそのとき異世界で埋め尽くされたのだ。
王宮文官になって〝異世界課〟へ入り、ずっと異世界の物に触れて知りたいと、登用試験のとき面接官に強く訴えた。若干、面接官が引いている感じがしたが構わず押し続けて……そのかいあってか、無事に文官として合格し〝異世界課〟に配属になった。
それからかれこれ十年、異世界課では事件が起きている。異世界人を課に職員として迎え、今まで分からなかったことが分かるようになり、動かなかった品が動くようになった。これを事件と呼ばずしてなんと呼ぶだろう。
「エイリー課長は、本当に異世界が好きなんですね」
レイはサンドイッチの昼食を食べながら、訳して欲しいとお願いした本を捲っている。
「そうだな、異世界……キミの暮らしていた世界はとても興味深い。じどーしゃ、ひこーき、れっしゃ、この世界にはない交通機関に、このけーたいでんわやすまーとほんは遠く離れた者との会話を可能にするんだろう?」
「はい、離れていても話が出来ますよ。なんなら、顔を見ながら話せます」
「でも君たちには魔力がないから、魔法じゃない。その技術は私の興味をとても引くんだ」
「私からしたら、魔法の方が凄いですけどね」
そう言われて、自分の世界になかった物だから凄いとか珍しいとか、そういう風に思うのだと改めて思った。レイにとっては、我々が呼吸するように使う生活に密着した魔法の方が、すまーとほんよりもずっと凄いものなのだろう。
「そういうものか?」
「そういうものです。無い物ねだりってやつですよ」
「ないもの、なんだって?」
聞いたことのない言葉を聞き、私は自分の昼食であるホットサンドを紙袋に戻して横に追いやった。異世界の格言かなにかだろうか?
「……無い物ねだり、です。自分が持っていないものを欲しい! と思ったり、実現出来ないことを無理に望んだりすること、という意味になります」
「なるほど、この場合私は手に入れられない異世界のカガクを欲しいと願うこと。キミの場合は魔法を使ってみたいと願うこと、を言うんだな」
「そうですね、魔法使ってみたかったです」
言われてみればなるほどと納得し、ノートに記載する。書籍や雑誌を見て知ったことは多いけれど、こうして異世界の者と話すことでもまた新たに知ることが出来たことに喜びを感じた。
ノートへの記入を終えてから、食べかけだったホットサンドを食べた。そう言えば、このホットサンドの作り方も異世界から伝ったものだ。
女神様が異世界から番を召喚するようになって五十年余り、異世界から持ち込まれる文化は少しずつこの世界の一部となって浸透している。このまま行けば、この世界の文化として定着していく異世界の文化が増えて行くことだろう。
「課長ー! お待たせしましたー! これが今年の異世界品の最後でーす」
大きな木箱を抱えた部下が部屋に入って来て、空き机の木箱を置いた。木箱の中には召喚された異世界人たちから譲って貰った品が入っている。
鞄、衣類、小物、本など、こちらにやって来たときに持っていた品の中で、譲っても構わない品を譲って貰っているが……異世界の人たちはほとんどの品を手放していく。こちらとしては有難いのだが、愛用していただろう品への愛着などはないのだろうか? 気になった疑問をレイへとぶつければ、彼女は苦笑いを浮かべた。
「あちらの世界は経済的に豊かな国が多くて、物に溢れています。人々は持ち物を使って壊れたり、古くなったら買い替えるという生活習慣で暮らしていますから、比較的手放すことに抵抗のない方も多いかと。でも、思い入れのある物は譲ったりしていないと思います。ほら、時計とかアクセサリーの類は基本的にないでしょう?」
箱の中身を改めれば、確かに時計の類とアクセサリーの類はない。あるのは数冊の書籍とのーとぱそこん、すまーとほんだけだった。
「時計やアクセサリーなんかは、家族から贈られたりすることが多いのです。ですから、時計などは例え動かなくなったとしても持っていたいと思うのですね……思い出ですから」
「そうか、思い出か」
私はレイの説明にまたも納得し、木箱の中身を取り出した。
太陽の光から僅かながらデンキを作ることが出来るようになり、レイはすまーとほんやのーとぱそこんを動くようにしてくれた。中身を確認すること数個目、のーとぱそこんの四角い画面には小さな模様が複数並び、その背後には美しい雪山の景色があった。
「……この美しい風景は、実際にあるものなのか?」
「そうですね。プロのカメラマン、ええと、こういう美しい景色を写真に撮ることを専門の職業にされている方がいるんです。山に登ったり、海に潜ったりして景色を切り取っています」
「素晴らしい」
異世界にある切り立った山、そこに深く雪が付いている。それは雄大で雄々しい、それでいて美しかった。
勿論、こちらの世界にも雄大な山はあるし雪も降るが、そうした景色をこのように色鮮やかにそのまま写し取ることは出来ない。魔法で景色や人の姿を写し取っても、どうしても色はぼやけてしまうし、時間が経過すれば劣化してしまう。
レイはその後、のーとぱそこんの中に保存されていたというシャシンを幾つも見せてくれた。
海岸で遊んでいる様子、湖の畔でピクニックをしている様子、家の庭で簡易的な遊具を使って遊んでいる様子など、特別な日のこともそうでない日常のことも多くシャシンにされていた。
「ああ、動画もあるようですよ」
「ドーガ?」
カチカチという小さな音が響いた後、画面中央に新しい四角が出て来た。レイがその四角の中にある三角のマークを押すと、驚いたことに中に映った人物が動き出した。音も聞こえる。
『おばーちゃーん、おめでとうー!』
『お誕生日おめでとう!』
大きなテーブルに座った老婦人に、孫を思われる子どもたちが笑顔で飛びつく。老婦人も子どもたちも嬉しそうだ。
テーブルにはご馳走が並んでいる。彩り豊かなサラダ、柔らかそうなパン、焦げたチーズが美味しそうなグラタンにこんがりと焼けた鳥の丸焼き。美しく切られた果物と大きなガラスの器に入った果物の浮かんだ飲み物。
その全てがこの老婦人の為に用意されたものなのだろう。
『おばあちゃんの好きなケーキ!』
運ばれて来たのは、大きなケーキ。小さめに切られた果物が沢山乗せられていて、まるで宝石のように輝いている。その上には九とゼロの大きな蝋燭が立ち、火が付けられていた。
そして、集まっている者たち全員が歌を歌い、老婦人は蝋燭の火を吹き消す。
「……これは、なんの祝いだ?」
「誕生日のお祝いです。このおばあ様の九十歳のお祝いでしょう、ほら、ケーキに九十って蝋燭が乗ってますから」
「ああ、この数字は年齢なのか!」
「はい、年齢の数だけ蝋燭を立てるんですけど、年齢を重ねるとその数の蝋燭を立てるの大変じゃないですか。ケーキが蝋燭だらけになっちゃいますし。だから、数字の蝋燭を立てるんです」
異世界では生まれた日を祝う習慣があると聞くが、このように祝うものなのか。聞いてはいたが、こうしてドーガで見ることが出来てその文化を目の当たりに出来て大変嬉しい。
ドーガの中では、孫たちや子どもたちから贈りものを受け取って微笑む老婦人の姿があり、笑顔と笑い声に満ちていた。
「幸せそうだな」
「はい、とっても良い動画ですね」
「他にもあるか?」
「え? ああ、あとは……家族で旅行に行ったときのものがあるようです。写真も沢山ありますよ」
シャシンは多種多様だった、人物、風景、食べ物、多岐に渡る。
そのどれも私の興味を引き、知りたいという欲求を満たしてくれたが……同時にこれらのシャシンやドーガを見ていて気が付いたのだ。
これらは全て、異世界からこれを持ってやって来た者の〝思い出〟であると。
「…………エイリー課長」
「なんだ?」
「お願いがあるのですが」
レイは新たなのーとぱそこんにデンキを与えながら私にお願いを切り出した。
「ノートパソコンなどの中には、写真や動画が沢山保存されています。電気を使えばそれらを見ることが出来るようになりますけど……それらを大切に扱っていただきたいのです」
画面には夫婦と思われる男女、彼らの間に生まれたのだろう三人の子供たちが映る。公園らしき場所で、末の子を抱いた母親、その母親を中心に父親と上ふたりの子どもが取り囲んでいる姿だ。
「この中の写真や動画は家族の姿です。あちらの世界に残して来た両親や兄弟、親戚、親しい友人との……大切な思い出ですから」
レイはそう言って笑顔を浮かべた。彼女は笑った、でも、その笑顔は寂し気に見える。
僅かに言い淀んだそこには、きっと〝二度と会いえない人たちとの〟という言葉が入るんじゃないかと、私は思った。
「分かった。大切に取り扱おう、女神に誓って」
◇
「これで良いんじゃないでしょうか! この水晶石に雷魔法をかけると!」
手の中に握り込んだ水晶石に雷魔法をかければ、パリパリという音をさせながら魔力が水晶石へと吸い込まれていく。乳白色だった水晶石は雷属性を纏い、黄色に輝いた。
「よし、これで水晶石の中に魔力が溜まりましたよ。そして、これを……こうやって近づければ」
すまーとほんのじゅーでん口に水晶石を近づけると、雷属性の魔力がすまーとほんへと移動していく。雷の魔力を受けたすまーとほんは〝ピコリ〟という音を響かせて起動する。
「ほらほらほらほら! やりましたよっ、雷魔法をデンキとして使うことが出来ました!」
魔道具課の職員は「ひゃっほーう!」と奇声を上げ、ぴょんぴょんと室内を飛び回った。
「やりましたね、エイリー課長。これでのーとぱそこんの中身も見放題です! 太陽の光から少しずつデンキが出来るのを待つ必要はありません!」
「……まあな」
レイが太陽の光をデンキに代えるという黒い板を使ってジューデンをしてくれてから一年余り、ようやく太陽の光を使わなくても雷魔法をデンキに代えることが出来るようになった。
水晶石に特殊な魔法陣を描き込んで、何度も失敗を繰り返してようやく形になったと言えるだろう。
「でも、デンキに代わる物があるって分かると、異世界から来た番たちからすまーとほんとかたぶれっととか、譲って貰い難くなっちゃいませんか?」
部下の心配もよく分かる。異世界からやって来た番たちがすまーとほんやのーとぱそこんなどを譲ってくれるのには、「もうバッテリーなくて使えないから」という理由があるからだ。
ばってりーというのが、デンキのことだと私はすでに理解している。
デンキはないが魔法陣入りの水晶石に雷魔法を注入すればそれがデンキの代わりになる、雷魔法の注入ならば番の獣人が喜んで引き受けてくれるだろう。
それを知れば、譲ってくれる者はきっといなくなると予想される。異世界課としては新しいのーとぱそこんもすまーとほんも手に入らなくなるだろう。譲って貰えるものは、小物の類と書籍、雑誌になる。
けれど……
「それでいいんだ」
「ええ? 課長、でも……」
「このすまーとほんもたぶれっとものーとぱそこんも、我々の文明技術で作り出すことは出来ない品だ。あくまで異世界の文化の一部、あちらの世界の景色を垣間見られる物としてあるだけ。シャシンもドーガも音楽も美しいし興味を引くが、それだけだ。我らの役に立ちそうな技術は、書籍の中にある物の方が多いのだから問題ない」
「でも!」
「これらの中に入っている物は……持ち主が持っているべきものだからな」
この四角い板状の物、この中に入っているのは彼らの大切な思い出。両親、兄弟、親戚、友人との思い出だ。こちらの世界に来てしまった以上彼らはもう二度と大切な人とは会えない、ならばせめて、シャシンやドーガで家族や友人のことを思って欲しい。
向こうの世界に居るだろう両親や兄弟の話もシャシンやドーガを見ながら話せば、異世界から来た人と獣人、お互いをより深く知る切っ掛けにもなる。ふたりの仲が良くなるだろう手段はひとつでも多い方がいい。
すまーとほんやのーとぱそこんを譲って貰えなくなることに関して、部下は不満げに頬を膨らませ唇を尖らせている。その気持ちは分かるから、くるくると巻いている茶色の髪を撫でてやった。
「あとは、魔法を注入出来る水晶石を量産する方法、ですね」
「そうだな。そうしたら、そうなったら……」
量産した水晶石を彼女に渡してやりたい。そうすれば、彼女の持っているすまーとほんは息を吹き返して、その中に保存されている彼女の両親や友達のシャシンやドーガをいつでも見ることが出来るようになるだろう。
それはきっと、王宮で傷ついていた彼女の心を癒す一助になるはずだ。
「あ、そうだ。エイリー課長、うちの課長が魔力を溜め込める水晶石の転用について打ち合わせがしたいって言ってたんですけど、お時間の都合はどうですか?」
「ああ、そうだな……」
雷魔法を内包して揺れるように黄色く輝くそれは、見た目にも美しくなかなか良い出来上がりだと思われる。
出来ることなら、己の手でこれを手渡して改めて感謝を伝えたい。そして、家族のシャシンを見た彼女の心の底からの笑顔を見てみたい。
私の記憶の中にある笑う彼女は、寂し気な笑顔ばかりだから。
共同で水晶石に刻む魔法陣を作り上げていた魔道具課の職員に予定を伝えるため、手帳を広げる。
黄色にきらめく水晶石は、予定や考えていたことなどがびっしりと書き込まれ黒くなった手帳のページをもキラキラと輝かせて見せていた。
お読みいただき、ありがとうございます! 文字数の暴力で申し訳ありませぬ……
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