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ふたりの王子様と大公閣下が客室を出て行ってから一時間ほどたって、私がお茶とケーキを貰って落ち着いた頃に侍従さんがお客様を連れてやって来た。
私の番さんであるユージンさんのご家族。
番さんご本人と会うっていうのは分かるんだけど、どうしてその前にご家族さんと会うことになっているのか? 私にはさっぱり分からない。
客間に案内されて入って来た三人は、今から処刑でもされるのかってくらい顔色が悪かった。着ている服が黒やらこげ茶の暗い色合いだったので、余計に顔色が白く見えて……この人たち、もうじき死ぬの? って感じの雰囲気を醸し出していた。
「オーガスタス・オルコットと申します。レイナ様の番、ユージン・オルコットの兄でございます。この度は、大変申し訳ありませんでした」
色の濃い茶色の毛並みのオオカミ獣人の伯爵は、部屋に入るなり頭を下げた。隣にいた二人のご令嬢も頭を下げる。ご令嬢のひとりは人間で、もうひとりは獣人だ。
「妹のクローディア・オルコットと申します」
「従妹、アデラ・エーメリーでございます」
クローディア嬢はオオカミ獣人、アデラ嬢は人間だ。ふたりとも、十七、八歳くらいの若いご令嬢で、もっとピンクとかクリームイエローとか可愛い色合いのドレスが似合うだろうに、二人ともこげ茶色のシンプルなワンピースを着ていて、校則の厳しい昔ながらの女子高の制服みたいでなんだかやぼったい。
「レイナ・コマキです」
私が名乗ると、後ろに控えていた侍女さんが大きな箱と小さな箱のふたつを運び込んできてテーブルの上に乗せた。
「……これは?」
キムが尋ねると、伯爵は小さな箱の蓋を開けた。
中には手紙が幾つも入っていた、全て封が開いているものばかりだ。
「この手紙は、全て殿下の留学に同伴した弟ユージンからレイナ嬢に宛てたものです」
「は……?」
手紙? 当然私はそんなもの貰ったことはないし、読んだこともない。そもそもこの手紙全部私宛なのに、すでに開いてるんですけど?
「この中には王宮にいるお披露目会担当官宛ての、お披露目会に会期中には帰国が出来ず、レイナ嬢をお待たせしてしまうことについての手紙も入っておりました」
キムは箱の中に手を伸ばし、手紙の束からトマス氏に渡るはずだった手紙を抜き出した。
「なぜ、王宮に行くはずの手紙がここにあるんですかネ? それに、この手紙の宛先はレイナ嬢であるのになぜ開封されているんですかネ?」
「それは……」
部屋に入って来たときから悪かった顔色が一層悪くなる、青色から色が抜けて白くなっていく。
「も、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げたのはクローディア嬢、体が私の目から見ても震えているのが分かる。
「私のせいなのです、ディアは私のためにしてくれて。もとは私のせいなのです、申し訳ありません」
追いかけるように隣にいたアデラ嬢も頭を下げて、震える声で謝罪した。
「……あの、説明をお願いしても? なにに対しての謝罪なのか、さっぱり分からないです」
「それは……ユージン兄さまが、居なくなってしまうと思って。それを阻止しなければと思って」
うん、分からない。
妹さんが説明をしてくれたけど、理解が追い付かない。お兄さんが居なくなることを阻止したかった、から? 手紙を横取りして隠したの?
私が説明して欲しいのは、トマス氏や私宛に送られてきた手紙を途中で回収して、本来の宛先に送らなかった理由。
その理由として、ユージンさんが居なくなるのを阻止するため、と言われても理解が出来ない。もしかして理解出来ないのは私だけなのかと、キムを見上げるも見上げた方も首を傾げていたので理解出来ないのは私だけではないらしい。
「すみません、分かりません」
素直に言えば、クローディア嬢はショックを受けた様子で大きな青い瞳に涙をいっぱいためた。
「その、ユージンは次男ですから……家を出る立場にあります。文官なり騎士なり仕事を決め、オルコックの家を出て自立の道を歩むことになる立場にいます。貴族の次男三男は、遅かれ早かれ家を出て行く者なのです。婚姻という機会をもって家を出る、ことはよくあることです」
「そのユージンさんはお披露目会で私と会う、それを機会にオルコック家を出て独立する予定だったということですか? それをお嬢様方は〝居なくなる〟と称したのですか?」
お兄さんである伯爵に尋ねれば、頷いてくれた。
「貴族の家ではよくあることです。我が家は伯爵という位をいただいておりますが、経済的に余裕がある家というわけではありません。ユージンが将来家を出て自立することは、あの子が子どもの頃から決まっていたことです」
「はあ、そうなんですね」
「私はっ……ユージン兄さまと一緒に居たい! 次男だから出ていけなんてひどいわっ! だから、だからせめてユージン兄さまを愛してくれているアデラと結婚して、近くに居て欲しかったの!」
クローディア嬢が叫び、私は視線をアデラ嬢に移した。真っすぐに伸びた金髪にヘーゼルの瞳が綺麗な、美人令嬢だ。これは将来とんでもない美女になるだろうって、今でも分かるくらい美人。
「私は子どもの頃からずっとユージン従兄様が好きで、番ではなくても一緒に居たいと思っていました。だから、ユージン従兄様に女神様のお告げがあったと聞いたとき……すごく悲しかった」
アデラ嬢は焦げ茶色のやぼったいワンピースのスカートを両手でぎゅっと握りこんで、涙を零した。大きなヘーゼルの瞳から長いまつ毛を濡らして大粒の涙が零れる様子は、すごく庇護欲を煽られる。恋愛小説やドラマのヒロインみたいだ。
「お告げがあった年、お披露目会で番さんとは出会えなかったとユージン従兄様はがっかりなさっていた。来年は会えるって皆さん声をかけていらしてたけれど、私は会えなかったことが嬉しかった。安心したわ、ユージン従兄様はこの先一年間は誰とも結婚しないって」
アデラ嬢は本当に心の底からユージンさんが好きだったんだ、そう思う。
「でもそのとき気が付いたわ、お披露目会でふたりが出会ったら……ユージン従兄様は番さんと結婚して、オルコック伯爵家を出ていく。でも、このままユージン従兄様が番さんと会えなければ、私との縁もあり得るかもしれないと」
「……アデラは子爵家の跡取り娘ですから、ユージン兄さまが婿入りすればいいと思ったわ! 貴族籍でもいられるから平民にならなくてもいいし、アデラも好きな人と結婚出来て幸せになれるもの。あなたとユージン兄さまが出会わなければ、みんな幸せになれるの!」
お嬢様方の告白を聞いて、一番ショックを受けているのはおそらく伯爵だ。きっと、妹と従妹がなにを考えていたのか、その考えに基いて行動していたことが衝撃的だろう。
それを証明するように伯爵は「そんな、……何度も説明したのに」と小さく呟いては、ふたりのご令嬢を交互に見つめている。
「それで、ふたりが出会わなければいいって、そうしたら自分たちの希望をかなえられるって思ったんだネ? イライアス殿下に同伴して海外に出たユージン殿から送られてくる手紙を勝手に回収して、王宮文官の手にもこの子に届かないようにしたってことでいいですかネ?」
キムがため息交じりに言い、客室は何とも言えない冷えた空気で満たされた。
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