閑話14 フェリックス・アダム・エインズリーの憂慮
番である獣人がお披露目会の会期中に迎えに来ず、取り残された前代未聞の異世界からの番。その本人はごく普通の異世界から来た女性だった。
王宮で異世界課の職員として心無い噂が飛び交う中でも真面目に働き、多くの書物を翻訳し、残された遺物の解説をして、一部の品に関しては使えるようにもしてくれたと聞いている。
王宮を出てからは商家の者たちと共に国を出て、ウェルース王国で生活をしていたとも聞いた。
彼女が席を置いていた商会は、彼女の助言や翻訳、通訳によってポニータ国やファンリン皇国からの輸入品でひと山もふた山も儲けたようだ。
黒い髪は未だ短いが、以前は罪人のように短かったと聞いているから、こちらの風習に合わせて伸ばしているのだろう。こちらで知り合いや友人関係を構築し、生活習慣や文化に自分の持つ習慣や文化と擦り合わせしながら、己の足で立って前へ進もうとしている様子がうかがい知れる。
彼女は、自立しようとしている。
番である獣人との婚姻による保護も、こちらが用意した者の手助けがなくとも、見知らぬ世界にあっても己の足で立とうとしているのだ。
「兄上……その、本当にすみませんでした」
私の後ろを大きな体を縮こませながら付いて来る愚弟は、見るからに凹んでいる。
「その謝罪は私には必要ない。番を迎え損なったユージンと、その影響を一番受けたレイナ嬢にするべきものだ」
「はい。……でも……」
「言葉で何度謝罪しても、どうにもならん。それはおまえも十分分かっているだろう?」
「……はい」
末の弟は小さく未熟な状態で生まれ、幼い頃は何度も体調を崩しては両親と医師を振り回していた。そのせいか、両親をはじめ周囲にいる乳母、侍女、侍従、メイドに至るまでが末の弟を甘やかし、大事に囲って育て始めた。
その結果が、コレだ。
末の愚弟は大らかなで細かなことは気にしない感じに、要するにあまり物事を深く考えない甘ったれた男になった。基本的に優しく気の良い男だから、皆それを受け入れて支えているが……物事を深く考えない部分が今回の出来事を引き起こしたのだ。
留学先で見たい物、知りたい物が沢山あったことはいい。それを学ぼうとしたことだっていいことだ……だが、留学期間を延長することでなにが起きるのか、そこをしっかり考えなくてはいけなかった。
そもそも王子という立場にある愚弟が言い出したことに「否」と言える者は少なく……留学先ではいなかったのだ。留学を延長したいと言われれば、それに従う行動を取るしかない。
「こんなことになっているなんて……、全然思っていなくて……まさか、ユージンの番がお披露目会で大ケガさせられて、城で働く者たちに酷い噂を立てられてイジメられて、国を出て行ってしまうなんて」
愚弟は立ち止まり、両手で頭を抱えた。
「レイナ嬢が大ケガしたことはおまえの責任ではないけれどな……まあ、もう一度言うがおまえが予定通り帰国していれば、ユージンは彼女をすぐに迎えに行けただろう。そうしたら、ファルコナー伯もカッとなることはなかった、かもしれないな」
「……ううっ」
「イライアス、もしこうだったらなんて言う話を幾らしても意味がないぞ」
「…………はい」
「何度その話を繰り返しているんだ? 不毛だぞ」
背後からクリスティアンの声がかかり、私は振り返った。同じ年の従兄弟は愚弟の頭をガシガシと乱暴に掻き混ぜる。
「レイナ嬢の様子はどうだ? コレが仕出かしたことの事情を踏まえて、ユージンと連れ添ってくれそうか?」
「どうかな、わからないな」
「そんなぁ……」
愚弟が泣きそうな情けない声を上げ、クリスティアンが更に頭をガシガシと掻き混ぜる。
「そうか、すでに自立し始めているものな。あの年頃の娘さんだから、全ての事情を話せばもしかしたら絆されて納得して貰えるかもと思ったが」
「甘いな」
クリスティアンは首を左右に振った。
「あの子は何を言われても〝今更〟としか思わないだろうよ。今日ここに来て話を聞くことも、この世界に呼ばれてフェスタ王国で過ごして受けたことに関しての区切りをつけるため、のようだし」
「……そうか」
「それより、あの子が何を願うのかにもよるが……せめてこの国から永遠に出て行くことがないように動いた方がいい。それからオルコット家の立場では、ファルコナー家に対して強く出られないだろう。そちらに手を回してもいいか?」
ファルコナー家もオルコット家も同じ伯爵位だが、その中での格が違う。ファルコナー家は代々国境の街を守る領主だが、オルコット家は領地を持たず文官や侍従を輩出している宮廷貴族ではあるが、歴史はまだ浅い。
ファルコナー家の当主が起こした暴力事件だが、被害者であるレイナ嬢が異世界から来た者であってもオルコット家の次男の番、では強くは出られないだろう。
「ああ、アディンゼル大公家からひと言あればファルコナー家も素直に謝罪し、見舞金をケチるようなこともしないだろうな。年末のパーティーでは、私も声をかけておこう」
執務室に向かって足を進めると、クリスティアンが横に並ぶ……が愚弟のついて来る気配がない。
「……イライアス?」
振り返ると、愚弟は項垂れたまま廊下に突っ立っている。
「兄上」
「なんだ?」
「ユージンは、ユージンはどうなるのですか?」
「ん?」
「お、俺が勝手したせいでお披露目会に間に合わなくて、ファルコナー伯が短絡的に暴行事件を起こして彼女を傷つけて、さらに妙な噂を流したせいで彼女がここから出て行くほど傷ついた……でも、それはユージンのせいじゃない」
「そうだな」
「ユージンは番を会えるのを楽しみにしていた、手紙を送って、贈り物も送っていた。戻ってからだって、彼女を探して、家格上のファルコナー家に抗議だってした。彼女を大事にするつもりがあったし、実際出来ることをしていた」
「そうだな」
「なのにっ! 彼女がユージンを受け入れないなんて、そんなこと……っ!」
私は愚弟の元に歩み寄り、オレンジ色の強い頭を優しく撫でた。愚弟の言いたいことは理解出来る。
ユージン・オルコット、彼自身に落ち度はない。お披露目会に間に合わなかったことは愚弟に責任があり、彼は王宮にも番本人にも手紙を送り、番に対しては留学先で手に入れた贈り物をこまめに贈っている。
帰国後、担当文官の元へすぐさま迎えに出向いていることからも、番をきちんと受け入れるつもりがあったことは分かっている。行方が分からないと知ってからは、あちこち探して回っていたし、暴行事件を起こしたファルコナー家に対しても、格上と承知で抗議文を出し謝罪を求めている。
「ユージンは、番に対して……誠実に……」
「そうだな。それでも、色々とあり過ぎた。ユージンを受け入れるかどうかは、レイナ嬢次第なのだよ。そこは、誰も彼女に強要出来ない」
愚弟は泣き崩れて侍従と護衛騎士が慌て、クリスティアンと私のため息が廊下に零れた。
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来週、6月23日(金)「ご縁がなかったということで! ~選ばれない私は異世界を旅する~」1巻が発売になります。
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