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「……え」


「ユージンはこの国にいなかったから、迎えに行けなかった。決して、キミがいらないとか思っていないし、キミを蔑ろにするつもりもなかった。ただ、純粋に迎えに行ける距離にいなかっただけなんだ」


 早口に言うと、第三王子は黒色の耳を伏せ項垂れた。


「留学は、当初の予定ではお披露目会が始まる二か月前には終わって帰国するはずだった。だから、ユージンはお披露目会に間に合うように帰国して、キミを初日に迎えに行く……はずだった」


「それが、留学先であれこれ見て聞いているうちに、あれも知りたいこれも見たいと愚弟が欲を出してしまった。結果、当初十か月程度を予定していた留学期間を大幅に越えてしまったのだ」


 第三王子の絞り出すような告白に、第一王子が言葉を添えた。


「なるほど、それでオルコット殿はお披露目会の会期中に帰国することが出来なかったんですネ。それとも、女神お告げが留学中にあったとかですかネ?」


「いや、ユージンはレイナ嬢が招かれる二年前に女神のお告げを受けて、二度お披露目会に顔を出している。レイナ嬢は二回ともこちらに招かれていなくて、三回目である今年こそ会えるだろうと話していた」


 そういえば、女神様のお告げにはタイムラグ的なものがあって、一年から三年の誤差があるって聞いていた。私の番さんはすでに二回、私を迎えに来てくれていたようだ。


「へええ! じゃあ、イライアス殿下は今回こそ番と出会えるっていうオルコット殿を連れて、留学に行ったわけなんですネ? それを承知していて、留学期間の延長をしたんですネ? へえええ! へえええ!」


「うっ、それは……」


「どうせこっちの世界に来たのなら、番は他に行く宛もなし、遅くなっても王宮に留まって待っててくれるから大丈夫、とか思ったりしたんじゃないんですかネ?」


「……うぐ」


「キム、側仕え兼護衛を留学に伴うのは当然のことだ、そこはイジメてやるな」


 大公閣下の言葉に、キムは肩を竦めて黙った。でも、不機嫌そうに尻尾が揺れているのが見える。


「……その、すまない。誤解しないで欲しいんだが、ユージンはキミに会えるのをとても楽しみにしていた。留学が伸びてお披露目会に間に合わないって分かったときは、本当に悲しそうだったし、怒ってもいた」


「でも、その……そういうときは事前に連絡が入るものだ、と聞いています。その、番さんからの連絡は入っていなかったはずですが」


 もし、お披露目会の開催中もしくは閉会後すぐ辺りにでも、迎えが遅くなることの一報をトマス氏に入れておいてくれたのなら……私の王宮での立場は全く違っていたんだろうと思う。


 最低でも、宝珠の館に入館させようって表立って言う人は出て来なかったし、杏奈の番さん家族やお仕えしてる人たちから悪意を持った目で見られることもなかった……かもしれない。


「そのことについても、手紙をちゃんと出したんだ!」


「え?」


 第三王子はジャケットの内ポケットに手を入れ、一枚の紙きれを取り出した。それを艶々と輝くテーブルの上に叩きつけるように乗せる。


 折り目も深くついた少しくたびれた紙きれには、留学先であるクレームス帝国の街からフェスタ王国にあるオルコット家に宛てた手紙を発送したことが書いてあった。


 紙きれは郵便業者さんが正式に発効した受領証のようなもので、お披露目会が開催される前の日付で受け付けられている。


「…………だが、手紙は届いてなかった?」


 大公閣下は形のいい眉を顰め、紙きれを手に取った。


 その証明書が手紙を受け付けたことを証明している。


 番さんは手紙を出した、でも、それはフェスタ王宮でお披露目会を仕切っていたトマス氏の元には届かなかった。


 海外からの郵便物が行方不明になることがどのくらいの確立であることなのか、私には分からない。現代日本なら郵便物の追跡も可能だけれど、この世界では難しいのかもしれない。


「届いていない手紙なんて、ないのと同じですよネ?」


「キム、イジメるな」


「はいはい」


 キムは私の背後に立って、必死の第三王子を見下ろして無言の圧をかけることにしたようだった。いじめっ子体質で性格の悪さがにじみ出ている。


「……それは、その通りだ。俺が予定通りに帰国していれば、レイナ嬢を傷つけることも、辛い思いをさせることもなかった。ユージンは当初の予定通り、お披露目会の開催と同時にキミを迎えに行って求愛していた。そうすれば、ファルコナーに大ケガをさせられるようなこともなかっただろう」


「ファルコナーと番殿の仲が拗れるようなことも、なかっただろうな」


「うっ……兄上」


「全て、おまえの身勝手さが最初の発端なのだ」


「も、申し訳ありませんでした」


 顔を青くした第三王子は耳が髪の中に隠れてしまうほど伏せ、深々と頭を下げた。


「レイナ嬢、こういうわけだ。本当に申し訳ない」


「……いえ」


 なんと言って返事をしたらいいのかが分からない。


 第三王子のしたことが原因だと言われれば、そうなんだろうと思う。でも、同時に思うのは、私には関係ないということだ。


 第三王子が外国に留学して、期間を延長してまでいろんな勉強して来たことは凄いことだと思うけど、私には関係ない。


 お披露目会の会期中に帰国が間に合わなくなることが分かって、そのことを手紙にして出してくれたけど……結果届かなかったことも、私には関係ない。


「……今更謝罪されても、困るだけだね」


 私の胸の内を見透かしたように、第一王子は苦笑いを浮かべた。


「レイナ嬢、この後キミは関係者に会って話を聞くのだろう? きっと、誰になにを言われても〝今更〟って思うのだろうね。だから全ての話を聞いて、全てを知った後でキミの希望があったら、私に教えて欲しい。出来る限り、叶えると約束するよ。それしか、キミに償う方法がないからね」


 そう言って次の予定が詰まっている第一王子は席を立ち、萎れてしまった第三王子を引きずるように連れて客間を出て行った。


「茶を煎れ直して、少し休憩しよう。次に来るのはオルコット伯爵とその妹君、それから従妹だ。何度も言うようだが、緊張する必要はない」


 大公閣下は緊張するなとかいうけど、無理だから。伯爵様と妹令嬢様、それに従妹の令嬢様でしょ? 


 私にとって、貴族のご令嬢は鬼門だ。


「悪いが所要があって私が付き添えるのはここまでだ。後は護衛にキムを残していくし、廊下には侍女も騎士も控えている。なにもないとは思うが、なにかあったら頼って欲しい。……すまないな、彼らの話だけは聞いてやってくれ」


「……はい」


 大公閣下と入れ替わりにメイドさんがやって来て、お茶を煎れ代えてくれる。温かな湯気と果物のような甘い香りのする紅茶だ。


「まあ、とりあえずケーキ食べなヨ。この赤い果物、好きだよネ」


 キムがお皿から取ってくれた、イチゴに似た果物の乗った美しいケーキは見た目も綺麗で、味も美味しかった。


 さすが王宮シェフの作るものは違う、とケーキに集中してこの先にある面倒ごとのことを無理やり忘れようとした。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

諸事情ありまして早めの投稿となりました、すみませんです。

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