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月が変わって、本格的に寒くなって来た。もう二週間もすると雪が降り出して、移動が難しい季節になるのでそれまでに移動完了させるのが冬の基本らしい。
年末と年始は王宮での行事が沢山あって、大公閣下夫妻は参加が義務づけられているので毎年この頃にレリエルから王都に出発して、春になるまで王都で過ごすのだと聞いた。
王都に向かう馬車は三台。先頭は大公閣下と奥様、乳母さんと生まれたばかりのお嬢様。次にキム、ルークさん、コニーさん、私の乗る馬車。その後ろに執事長と侍女さんと、荷物を乗せた馬車。
三台の馬車を守る護衛騎士たちは鎧甲冑姿に剣や槍を持って、大きな二本の角が生えた大きな馬に乗っている。
本来なら三日ほどで王都まで到着出来るけれど、奥様と生まれたばかりのお嬢様もいらっしゃるので、四日から五日をかけてという余裕を持った行程だった。
途中こまめに村や街にも立ち寄るし、泊まる宿も立派な所で食事も豪華。快適な旅路になった。
こんな快適な旅はもう経験出来ないだろうから、高級な馬車も綺麗な宿屋も堪能したけれど、これに慣れてはいけないと気を引き締める。
私の旅路は辻馬車か徒歩、宿は最低ランクのものになるだろうから。
レリエルを出発して四日と半日をかけて、三台の馬車はフェスタ王国の王都ファトルに入った。
私は、帰って来たのだ…………この世界に呼び出されて、最初に立った街に。
王都での滞在先は大公閣下のタウンハウスだった。
王宮にある空き室にでも放り込まれるものだと思っていたから、普通にタウンハウスに連れて行かれて、普通に客間を用意されていたことにとても驚いてしまった。でも、同時に安心もした。
いきなり王宮の一室に入れられて、また噂飛び交う場所に居なくちゃいけないのかと思っていたので……安心する。
そしてどうやら私は身分の高い人と会って、話しをすることになっているらしい。その方の都合がつく日の時間に、指定の場所に行くことになるようだ。
一体誰となんの話しをすることになるんだろう?
その場には大公様やキムが同行、同席してくれるとのことだけれど、落ち着かない。
あれこれ考えても仕方がないことを考えては落ち着かず、緊張しながら二日ばかり過ごして三日目の朝。
「レイナさん、朝食の後はコニーの指示に従って下さい」
イーデン執事長が朝食のときにそう言った。「はい」と返事をしながら分かってしまった、きっと王宮に行くんだと。
朝食のあと、コニーさんに案内されたのはお風呂場。大公閣下に初めてお会いしたときと同じように、頭の先から足の爪の先まで丸洗いされて、お肌や爪の手入れまでされてヘトヘトになる。
その後、スモーキーブルーのワンピースドレスにキラキラ輝く白い毛皮のショールを羽織り、髪も青色のリボンと一緒に編み込んできれいに纏められた。ドレスは大公夫人のお下がりだと聞いて、凄く恐縮した……絶対汚したら駄目なやつ。
アクセサリーは手首の白花ブレスレットと胸に付けた花型コサージュのみ。リアムさんから貰った髪飾りはさすがに服装に似合わないから今回はなしだ。
「本当は正装に当たるドレスを着なくちゃいけないんじゃないの?」
タウンハウスから王宮に向かう馬車に乗るとき、キムに聞いた。キムはいつもどこか服を着崩していたり、ラフな格好ばかりしていたのに、今日はきっちりとした服装だ。騎士のような軍人のような、襟の詰まった黒色の服装。
「大丈夫、お嬢さんは異世界からの番なんだからサ。すごいドレスとか着なくても大丈夫、それにその格好似合ってるヨ。凄くキレイだから堂々としてたらいい」
「確かによく似合っている。妻が若い頃に着ていたものだが、キミのために誂えたかのようだ」
大公閣下にも大丈夫と言って貰えて、私はホッと息を吐いて馬車に乗り込んだ。馬車は大公閣下とキムと私を乗せて王宮に向かって走り出す。
貴族街の綺麗な街並みが流れて行く。どの家もお城や巨大なお屋敷って感じだ。
「さて、王宮についたらキミには数人の者と会って貰うことになる。まずは、王太子殿下と第三王子殿下」
王子様!? なんで王子様が出てくるわけ!? ただでさえ高い身分の人と会うなんて緊張するのに、寄りにも寄って王子様がふたりなんて!
「お嬢さん、そんな嫌そうな顔しないでヨ」
「だって、王子様なんて関係ないじゃない?」
「関係があるから面会をするんだ。それから、キミの番である獣人の家族。詳しく言えば、番の兄と妹と従姉妹だ。最後に番本人」
番さんのご家族と……私の番さん本人とも会うのか。
なんだか凄く緊張する。王子様に会うのも当然緊張するんだけど、やっぱり番さん本人に会うっていうのが一番緊張する。
会って、なんて言われるんだろう? だって、私に会いたくなかった、私を必要としなかったからお披露目会のときに来なかったわけで。
私自身も諦めたっていうのに、今更会ってなにを話せばいいのかさっぱり分からない。
「……そう不安そうな顔をするな。難しく考えることもない。緊張するなというのは無理があるだろうが、おそらく向こうの方がずっと緊張しているだろうからな。相手の話を聞いてやる、くらいの気持ちでいていい。それから、マッケンジー上級文官や担当侍女とも顔を合わせておくように。心配していたからな」
「はい」
「ほら、笑顔笑顔だヨ!」
キムのふんわりした尻尾が私の鼻を擽る。前にもこんなことがあったな、と思った瞬間鼻がムズムズした。
「ヘックシュイ!」
「あはは、相変わらず可愛くないくしゃみだネ」
大公閣下の前でくしゃみをさせられ、笑われて、私は恥ずかしさと怒りで膨れっ面を披露してしまった。でも、くしゃみのお陰で私の緊張は少しばかり緩んで……大きく息が吸えた気がする。
大公家の馬車は滑るように城下を走り、王宮へと進む。
真っ白い石造りのお城はドイツとかにあるどこか堅牢な雰囲気で、藍色の旗やタペストリーが掲げられているのが見える。その背後には女神様の大樹がそそり立っている。
この世界に呼び出されて、しばらくの間このお城の敷地内にある南離宮とか職員用の寮に暮らしていたのに、初めて見る景色だ。
「女神の大樹って、なんだか光っているみたい」
ハワイの公園にある大きな木にどこか似た木は緑の葉っぱを沢山茂らせていて、その周囲は黄緑色から黄色、そして金色にグラデーションがかって発光しているように見えた。
「実際光ってるんだヨ、あの輝きが女神様のお力……なんだってサ」
「……なぜ、初めて見たような感想なのだ?」
「え……初めて見たからですが」
大公閣下は私を見て呆れたようにため息を零した。
どうやら最初にここへ来た当時の私は、私が思っていた以上にテンパっていたらしい。
改めて見た女神の大樹は、想像以上に大きく光り輝いて神々しい姿をしていた。
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