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私宛に届いた手紙は全部で四通。
そのうち三つは通常サイズで、残るひとつは大きいサイズで中身がぎっちり詰まっていて重たい。
コニーさんが持って来てくれたペーパーナイフを使って、ピンク色の封筒を開けた。差出人は杏奈、透かしの花柄が可愛い便せんには見慣れた丸っこい文字が並んでいる。
時候の挨拶もなにもなく、私への恨み辛みが、移動した先でクマ獣人さんとの暮らしの中での不平不満が書き綴ってあるのを読んで笑いがこみ上げて来た。
杏奈になにも言わず出国して居場所を教えなかったことに関して、かなり怒っている。さらに、王都に私がいると思って何通も手紙を書いて出したはずなのに、私からの返事が全くなくて凹んでいた。でも、それは侍女さんたちが杏奈の手紙の宛先が私と知って、出してくれてはいなかったことが分かったらしく……それについてもかなりお怒りだった。
番さんとの関係は、相変わらず微妙で近寄ったり離れたりを繰り返していたらしいのだけれど、私への手紙問題が発覚したことで、芋ずる式に王宮での私の生活に関することも発覚。
予想通り、番のクマ獣人さんの弟君が私の噂を流し、領地出身のメイドさんたちを中心にして例の噂は王宮を縦横無尽に流れまくったようだ。
杏奈は過去最高に激怒。
結果、杏奈と番さんの関係は過去最高に悪化して、こじれているらしい。
でも、手紙の最後に『義弟のネッドがごめんなさい。謝って済むようなことじゃないけど、ごめんなさい』と謝罪の言葉が綴られていた。
義理の弟、って書いてあって少し驚く。
杏奈は可愛い見かけに反して、中身は苛烈なタイプ。一度嫌ってしまうと二度と好きにはならない、そういう傾向があった。
でも、クマの弟君のことを義理の弟と書いて謝罪の言葉を綴っているなんて、徐々にだろうけど番さんのこともその家族のことも受け入れ始めてるんだろう。
杏奈とはこの世界で幸せに生きる努力をする、と約束した。その約束はちゃんと守られているようで、安心した。
追伸に『返事、待ってるから絶対頂戴ね!』と大きく書いてあったので、お返事は必須だ。
他の二通は真っ白い封筒に入っていて、ひとつは私の保護官になってしまっているトマス・マッケンジー氏。もうひとつは私の面倒を見てくれていたリス獣人の侍女、マリンさんから。
内容は見なくても予想がついていたけど、全く裏切らない内容だった。
私がいなくなって心配したこと、無事でよかったこと、王城での噂についての謝罪だ。王都に戻って顔を合わせることを楽しみにしている、と締めくくられていた。
正直、トマス氏やマリンさんに対して嫌悪感なんてない。むしろ面倒をみて貰ったことを感謝してる。
だから心配かけてしまったことは、普通に申し訳なく思う。お礼を言いたい気持ちもある。
でも、あのときの私は結構追い詰められていて……トマス氏やマリンさんに助けを求めよう、という所にまで思考が回らなかった、それは許して貰いたい。
最後に分厚い大型封筒を手にした。差出人はランダース商会で、一瞬封を開ける手が止まる。
商会から封筒がはちきれそうなほど、なにを送ってくるのかさっぱり分からない。
中身を知りたいけど、内容が恐い。
しばらく分厚い封筒を手に迷っていると、コニーさんが温かいお茶のお代わりを淹れてくれた。
「無理に中身を確認しなくてもよろしいのでは?」
「……うん、でも、中身が気にならないわけじゃないの。今更ランダース商会がなにを送って来たのか、知りたい。でも、ちょっと恐いの」
「お嬢さま……」
ランダース商会に対する今の私が持っている印象は複雑なのだ。商会で一緒に働いていた人たちは大好きだ、みんなで頑張って働いていたことは私にとって良い経験になったし、この世界に暮らしている人たちを知る機会にもなった。
マリウスさん、グラハム主任、バーニーさんには特にお世話になったし、お兄さんのような親戚のような、そんな感覚も勝手ながらに抱いた。
でも、商会長夫人であるマダムヘレンが私にしたこと、それを容認した商会長に対しては微妙な気持ちだ。
ふたつの気持ちが混じっているから、私の胸の内はモヤモヤとしている。
「ええいっ!」
私はそう言いながらペーパーナイフを封筒に差し入れ、勢いよく封を切った。そして大型封筒を逆さまにすると、中から通常サイズの封筒が沢山出て来た。白、ピンク、青、クリーム色とりどりの封筒は庶民がよく使う紙質のもの。
白色の封筒を手にとると差出人名に〝マリウス・ハンナ〟と書かれていて、青いものには〝グラハム〟、クリーム色のものには〝バーニー〟と知った名前が書かれていた。
他にも社員寮の管理人さんご夫婦、一緒に事務仕事をした人、白花祭りのとき一緒に売り子をした人など……あの商会で関わった人たちからの手紙が積みあがる。
「みんな……」
中身はどれも私を案じるものばかりだった。突然いなくなったことや、仕事を途中で放り出してしまったことを書いている人はひとりもいない。
やっぱり、私は商会で働くみんなのことが好きだ。一緒に働けてよかった。
「よかった、商会のお仲間さんからのお手紙だったのですね。それにしても沢山あります、お返事を書かれるのが大変ですよ!」
「そう、だね。明日からお返事を書くよ、便せんとか用意をお願いしても?」
「はい、ご用意しますね」
私は次の日から、大公家で用意して貰った文具を使ってお返事を書いた。とにかく量が多いので、時間がかかったし大変だったけれど……みんなから送られた私を案じる気持ちだと思えば、苦痛でもなんでもなかった。
結局、王都への出発ギリギリまで掛かってお返事を書き上げた。
杏奈とトマス氏とマリンさんへのお返事は先に書いて出して貰ったので、私が王都に到着する前には届いているだろう。
ランダース商会のみんなへのお手紙は、外国へ届けることもあって時間がかかりそうだ。取りあえず、無事に届いてくれればそれでいい。
お返事を書いている途中で、キムからランダース商会の話しを聞いた。
マダムヘレンが私を息子の番さんに対する隠れ蓑と盾にしていたことは、公になったらしい(貴族のご令嬢たちが私にした嫌がらせなんかも公になって、社交界に広がったらしい)いくら番が大事、という獣人さん社会であっても関係のない私を盾にしたことに非難の声が多くあがっていて、マダムヘレンと旦那様はランダース商会の商会長の座を引退したようだ。
ご長男夫婦が後を継いで、商会の海外取引事業などあちこちの事業や取引を縮小することになったらしい。
商売は信用が大切だし、マダムヘレンのしたことに対して非難の声が大きいのなら……ランダース商会は今後順風満帆な経営とはいかないかもしれない。
あの商会に対する思いはやっぱり複雑だけれど、潰れて欲しいわけじゃないし、みんなが仕事をなくして路頭に迷う所なんて、絶対に見たくない。
きっと私の知る商会のみんななら乗り越えられると思う。というか、乗り越えて欲しいと思う。乗り越えられると、信じている。
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