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番さんを亡くして行き場をなくした異世界人を保護して、希望する職業訓練を受けさせて就職先を探すとか、弟子入り先を探してやる。自立の道を促すことは、番としての価値しか注目されなかった人たちにとってとても良いことのように思える。
私だったら嬉しい、と思うから。
人間以外の種族の子どもが生まれるから、異世界の知識や技術を持っているから、という理由だけじゃなくて「キミだから」と必要とされることは嬉しいから。
取りあえず寝る場所と食事が保証されていて、希望する仕事に関しての職業訓練を受ける。その先に就職先があって、独立なんて道も開けて来るかもしれない。
自立が出来れば、新しい恋を……って気持ちにもなって、縁があれば再婚だって前向きに検討する。その結果、新しい命だって誕生するかもしれない。
きっと最初はそういう目的での施設だっただろうし、王太子様や大公閣下がそれを目指したことに私は賛同する。
「王太子殿下と大公閣下は、小さな街にある規模の小さな館を閉めて大きな街に集めたんだヨ。閉鎖しては集めてを繰り返した結果、今フェスタ王国で館があるのは王都だけになったのサ」
「えっ……そう、だったの?」
「子ども作るって意味での館がある国は、ウェイイル王国とアラミイヤ国で、どっちもなかなかに盛んだヨ。クレームス帝国と我がフェスタ王国は現在縮小中、数年内になくなる予定で、ファンリン皇国とポニータ国は元からそういう施設はないんだネ」
なるほど、国によって違いがあるとは思わなかった。
そう言えばランダース商会のマダムヘレンもそんなことを言ってた覚えがある。凄く異世界人の待遇のいい館を紹介してくれて、私を入居させてくれるとかなんとか。いらないお世話だ。
「俺もふたりのやったことは良いことだって思ってるヨ、正しいことだしみんな幸せになれるからサ。でも、性急に事を進めすぎたのかなって、今になって思うヨ」
「館で子どもが作れなくなったら困る人たちのこと?」
キムはため息をつきながら、首を縦に振った。
「跡取り問題を抱える家っていうのは、まあ大体身分が上の家だったり、希少種族の家ってのは想像つくよネ?」
「うん」
「彼らの問題を置いてけぼりにして、館の縮小を進めたんだヨ。館で子どもを生んで生活するしかないって思い込んでた異世界人を保護して、希望の聞き取りをして、希望者には職業訓練なんかも始めて……どんどん話しは進んでたネ」
「うん」
「結果、フェスタ王国で子どもを金銭と引き換えに生んでもいいよ、って言ってくれる異世界人はほんの数人になったんだネ」
王太子様も大公閣下も、もう少し異世界人の説得に手間取ると思っていたらしい。
子どもを希望する人との間に子どもを作って生んで、その子どもを引き渡せば大金が手に入る。二、三人生めば一生遊んで暮らせるくらいのお金が手に入るようだ。
さらに女性なら妊娠中の面倒も見て貰えるし、立派なお医者さんにも診て貰えるらしい。
こちらの世界の人たちからすれば「楽に稼げる仕事」という感覚なのだそうだ。だから、館で子どもを生むことを商売にしたいと言い出す異世界人が大勢いる、と覚悟していたと言うのだ。
それは、あくまで私個人の感覚から言ったらあり得ない、だ。お金を稼ぐ手段として、体を売るとか赤ちゃんを生むとか……特に女性なら誰だって避けられるなら避けたい手段だろうと思う。
「そんなワケで、おふたりの予想を良い方向に裏切って館の解体縮小は進みまくって……跡取り問題を抱える一部の貴族と希少種族家が行動を起こしたんだヨ」
「行動?」
「うん。金銭で子どもを生んでも構わないっていう異世界人にも、当時はそういう契約を持ちかけることは禁止されていたからサ。焦った彼らは異世界人たちを攫ったんだヨ」
「誘拐……したってこと?」
辻馬車はカタカタと小さく振動しながら、夕方の街中を走り続けている。夕飯の食材を買いに来た奥様たちも、学校から家に帰る学生さんたちも、よく見かける辻馬車の中でこんな重たい話しがされてるなんて夢にも思わないだろう。
「職業訓練を受けてた連中も含めて、十人弱くらいかナ。異世界人ならもう誰でもって感じだったらしいネ。性別も本人の意思も関係なく、彼らを保護するために使っていた屋敷に踏み込んで、連れ去ったんだヨ」
「そんなっ」
「その攫われた異世界人中に、菓子職人になりたいって子に菓子の作り方を教えに行ってた俺の可愛い人も混じってたヨ」
息が詰まった。
「屋敷が襲われて、異世界人たちが攫われたって報告が入って、すぐに救出に向かったヨ。そのときはただ、自分の番を助け出すってことしか考えられなかったネ……館がどうだの、他の異世界人たちがどうだのなんて無視だヨ。俺の大事な人を襲って攫った奴らから、取り返すことしか頭になかったヨ」
キムの耳が下がり、尻尾も力なく垂れ下がった。
「仲間と現場に乗り込んだときには、もうそこは血の海だったヨ」
「なんで、どうしてそんな……」
「ほら、普通に仕事して生活して行きたいって異世界人が圧倒的に多かった、って話したでショ。だから攫われて、金払うから子ども作れ、産めって言われても、拒否する人たちがほとんどだったみたいなんだよネ」
それは、そうだろう。館に来たときはここで生活するしかないって思っていて、他の生き方なんて出来ないって思っていた。でも、そうじゃないって知って、職業訓練を始めてたっていうのなら……拒否するのも理解出来る。
「で、断られて頭に血が上って、カッとなって、無理矢理コトにおよぼうとして傷付けて、死なせちゃったってネ」
「……」
異世界からやって来た私たち人間は、こちらの世界で生まれた人間よりも肉体的に弱いらしい。病気に対する抵抗力とかも低いし、怪我もすぐに負ってしまう。
人間と獣人の間に生まれた人間だって、片方の親は獣人なんだから体の作りが強いんだろうと思う。純粋な人間なんて、この世界には異世界人以外にはいないんだろうから。
こちらの世界の人間と同じように扱うだけで、大きな怪我をしただろう。もしかすると、私みたいに引っぱたかれて、重傷を負ってそのまま死んでしまった人だっていたのかもしれない。
「誘拐犯もそれを指示した貴族連中も全員捕まえたヨ、重たい処分も下ったサ。でも結局、攫われた異世界人は三人しか保護出来なかったヨ。俺の可愛い人も、帰っては来なかった」
「キム」
「人生ってなにが起こるか分からないもんだよネ? 俺は番を失うかもしれないなんて、想像もしてなかったヨ。ずっと一緒に暮らして、子どもが出来て生まれて成長して、番も俺も年を取ってしわくちゃのジジイとババアになっても一緒にいて、孫とか曾孫に囲まれて死んで行くもんだって、そう思ってたネ。でも、違ったヨ」
キムは辻馬車の窓から外を見つめた。外は日が落ちて、オレンジ色から藍色に変わろうとしていて、窓ガラスに顔が写る。
ガラスに写るキムの顔は悲しげで、苦しげだった。
想像していた幸せな未来が消えてしまうのは悲しい、大切な人がいなくなって二度と会えないのは苦しい。
番さんはどれだけ恐かっただろう、いきなり体が大きくて力が強いこの世界の人たちに攫われて、知らない人の子どもを生めとか言われて、傷付けられて。苦しくて辛かっただろう。
想像するだけでも胸が苦しくて、辛い。
「……お嬢さん、泣かないでヨ。女の子を泣かせたなんて知られたら、俺の可愛い人に叱られちゃうヨ」
「な、泣いてないよっ! だから、叱られないっ大丈夫!」
キムは肩を竦めて笑うと、ハンカチを手渡してくれた。
目元を押さえたハンカチからは、キムが番さんに選んだ花束の花のような優しい香りがした。
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