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異世界から来た人たちの中には、こちらにはない技術や知識を持っている人が大勢いる。それは農業技術だったり治水技術だったり裁縫技術だったり様々だ。
そんな知識や技術を持った異世界人を番に迎えることは、単純に番を娶るというだけではない部分があるらしい。特に貴族や領主たちにとっては、別の意味が生まれる。
そういう知識や技術がなくても、絶対に獣人の子どもが生まれる異世界人は歓迎されるけれど、知識や技術をもっていればなお一層という感じだろうか。
「彼女が作る菓子を貴族相手に売って、商売にしようと思ったんだヨ。菓子屋を開いて、ケーキだのクッキーだのを売ってサ。後々は作り方の販売とか、勝手に考えてたわけだネ」
キムの番さんはお菓子作りという技術を持っていて、キムの実家はその技術やレシピに目を付けた。
特に見た目が綺麗で味も美味しいってなれば、貴族のご夫人方が飛びつくに違いない。
お茶会でマウント取れるしね。
「特に元義姉は自分自身が菓子の味を好んでいたのと、茶会や夜会で大きな顔出来るし、金にもなるってことで気持ち悪いくらい俺と彼女に擦り寄ってきてたネ。元々そんな良好な関係じゃなかったから、あからさますぎて笑っちゃったヨ!」
「うわあ」
お手本みたいに自分勝手で嫌な感じの親戚だ。絶体仲良く出来ないし、親戚付き合いも出来そうにない。
「ま、自分の中で考えていたことがあって下心満載でいたのに、彼女は死んでしまって……茶会で大きな顔も出来なくなった、菓子を売っての利益もなくなった、自分が美味しい菓子を食べることも出来なくなったわけだネ。ま、それもみんなみんな俺が彼女を守り切れずに、死なせてしまったからサ」
「だから、あんな態度をとるの?」
「番を守り切れないような力なく、情けないヤツは家には置いておけないって風潮は獣人社会にはあるもんサ。だから俺は家を出されたわけネ。元義姉的には自分の思い通りにいかなかった原因が俺にあるってことで、より一層俺を嫌ってるんだヨ」
だから、異世界から来た私の護衛としてキムは不十分だとかなんとかかんとか言っていたんだ。私はキムの番じゃなくて、別の人の番だから失敗したら……とか縁は切れてるものの、思う所があるのかもしれない。
「義理のお姉さんのことは分かったよ、別にキムが悪いわけじゃないじゃない。そもそも、ああいう態度とる人、私は好きじゃない」
「ま、褒められた態度じゃあないネ」
私はお皿に残っていたクリームをたっぷり乗せて、最後のパイを口に運んだ。シロップと香辛料で煮た果物のコンポートは甘くて、パリッとしてバターの効いたパイ生地との相性は最高だった。とても美味しい。でも、ちょっとだけ苦しい味に感じた。
キム自身のこと、キムの家族のこと、亡くなった番さんのこと……そんな話しを聞きながら食べたからだろう。アップルパイに似たそれは、甘くて苦しい味になった。
カフェを出て、キムと私は迎えに来てくれた辻馬車に乗り込んだ。馬車は来るときに通った道を戻って、大公館へと向かう。
「…………なに、気になってるんでショ?」
「そう、だけど。だって、でも」
馬車の中、コトコトと揺れながら私は向かいに座っているキムに聞きたいことがあった。でも、聞いちゃいけないって気持ちもあって、黙っていた。
「俺の可愛い人がなんで死んだのか、気にならないわけないもんネ」
キムはユキヒョウの獣人で、かなり強いらしい。腕を見込まれて、護衛や影からの要人警護もこなしていると聞いた。それにマッチョなルークさんも美少女メイドコニーさんも言っていたので、正確な情報だろうと思われる。
そんな強い人が、自分の番さんを守り切れずに死なせてしまうなんて、なんだか考えにくい。
気になる。気になるに決まってる。
でも、聞いちゃいけないことだって思う。
「別に隠してることじゃないからサ、そんな変な顔しなくてもいいんだヨ?」
キムは笑い、長い尻尾の先っぽで私の鼻の頭を弾いた。突然もっふりしたもので鼻先を弾かれたものだから、小さくくしゃみが出る。
「へっくしょ!」
「可愛くないくしゃみだネェ」
「ほっといてよ」
キムは辻馬車の御者さんに「合図するまで街中を適当に回ってヨ」と伝えて、居住まいを正した。
「…………お嬢さんはさ、〝宝珠の館〟について聞いたよネ? あのなんとも言えない施設のことサ」
私が頷くと、キムは尻尾で座面をパシパシと叩いた。
「あの施設、設立当初はただの異世界人の保護施設だったんだヨ」
「保護施設? 獣人の子どもを産めって所じゃなくて?」
「そう。最初はそのまま〝異世界人保護施設〟って名称だったんだヨ。こちらに番として呼ばれた後、なんらかの事情で番を亡くして、行き場がなくなった異世界人を保護する場所ネ」
児童保護施設とか孤児院とかの異世界人版、と考えていいんだろうか。こちらの世界に頼れる相手は番だけ、っていう異世界人は多い。事故や病気で万が一にも番を亡くしてしまったら、この世界にひとりきりだ。
そんな異世界人を保護するのが、当初の目的だったのか。そう思えば、大切な施設だって分かる。
「番を亡くして行き場のない異世界人を保護して、生活の面倒をみつつ自立の道を探す、そんな施設だったんだネ。その自立の道、の中のひとつとして番と出会えなかったこちらの世界の者との再婚って形もあったんだと思うヨ。もしくは、俺みたいに番を亡くしてしまった獣人とかサ」
「ああ、なるほど」
「そんな風に就職とか再婚とかを世話しているうちに、いつの間にか高位貴族とかエルフやドワーフなんかの少数種族なんかの間で、異世界人に子どもを産んで貰うって仕組みが出来上がっていったみたいだネ」
最初は些細なことだったのかもしれない。日々の生活のことが不安な異世界人と、自分たちの種族の子どもが欲しい人たちとの利害が一致しただけ、とか。
「けど、ここ何十年もこの国も周囲の国も戦がない、この世界は安定してる。異世界からの番を得た獣人が死ぬようなことは、滅多に起きなくなったんだヨ」
「それは、良いことだね」
番である獣人さんたちが死ぬことが減ったのなら、ひとりで取り残される異世界人も減るってことなんだから、凄く良いことだ。
「そうなんだけど、そうなると〝宝珠の館〟に入る異世界人が減ることになるよネ。新しい血を持った異世界人が減ることは、館で子どもを作るって仕組みが上手く回らなくなるってことにも繋がるのサ」
キムは大きく息を吐いて、尻尾でまた座面を叩いた。
「今から七年前、この国に三人いる王子の中から、第一王子が王太子として立ったんだヨ。王太子殿下は館のあり方に対してずっと疑問を抱いていたらしくて、館のあり方を見直そうとしたんだネ。要するに、本来の保護施設に戻そうとしたんだヨ」
「え、でも……それは」
「正しい施設に戻そうって、王太子殿下はうちの大公と一緒になって行動を起こしたヨ。勿論、見直されたら困る連中が大勢いたわけサ。表向きには興味ないって顔しても、跡取り問題を抱える家は多かったからサ」
なんだか、話しが嫌な方向に流れてきていて……私の背中を汗が流れた。
私の服装はちゃんと秋冬ものだし、馬車の客車の中は快適な温度設定になる魔法が使われているっていうのに、なんだか寒気を感じるのは気のせいじゃない。
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