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霊園を後にし、連れてきて貰ったカフェはキムが言うとおり〝小洒落〟ていた。
焦げ茶の柱に真っ白な壁、優しい曲線を描く木製家具が並んで、魔法で動く音楽道具からは耳に優しい音楽が流れ、美しい鉢植えの植物が目と心を癒す、そんな素敵なカフェだ。
日本でも東京とか横浜とか、洗練された都会にある女子に人気のカフェに似ている感じがする。
SNSに写真いっぱいあがってそうなオサレカフェ。日本の片田舎に生まれ育った私には、テレビや雑誌で見るしか縁のなかったオサレカフェ。
まさか、異世界に来てから来ることになろうとは思わなかった。
普通の状態なら純粋に楽しめただろうけど、先程ほんの数分前にあったことが後を引いていて、優しい音楽も綺麗な鉢植えの植物も完全に私を癒してはくれない。
季節の果物を使ったお勧めのパイと紅茶を注文して、コーヒーに似た飲み物を頼んだキムと向かい合って座った。
「……あの伯爵夫人が、キムの、元義理のお姉さんって、どういう意味?」
「あー、やっぱり知りたい? 知りたくなっちゃう? まあ、そうだよネ? あんな風に突然知らない女に噛み付かれたら、気になって当然だよネェ」
「話したくないって言うのなら、我慢するけど」
「…………隠してるわけじゃないヨ、ある程度身分のある人ならみんな知ってる話しだしネ。全然楽しくない話しだけど、それでも聞きたいかナ?」
「キムが困らない程度で」
ほんのりとスパイスのような香りがする紅茶と、アップルパイに似たパイが運ばれてきた。パイにはクリームが添えられていて、とても美味しそうだ。
「……俺の生まれた家っていうのは、歴史のある家なんだよネ。身分が凄く高い人の従者をしたり護衛をしたりする者を沢山出してる、って言えば分かりやすいかナ」
「だからキムも大公様の下にいるの?」
「まあ、ネ。俺には兄がふたりいるから、家を継ぐって立場とは無縁だったんだヨ。ほら、予備の予備だからネ。子どもの頃から大公閣下のお友達兼将来の部下、みたいな感じだったんだヨ。大公家でお好きに使って下さいって、生家より大公家で育った感じだネ」
あのお綺麗な大公閣下とキムは幼馴染み的な関係だったのかな? 主従って関係だけど、確かにあのふたりの間には気安い空気があった気がする。
「あのご夫人は長兄の嫁さん、義理の姉って立場の人になるネ」
「元って言ってたのは?」
「俺が生家と縁を切ってるから、だネ。だから生家の人たちは、全員元家族だった人たちだヨ」
口にしたアップルパイが喉に詰まりかけた。急いで紅茶を口にして、パイの塊を喉の奥へと押し流す。
「なに、どうしたの? そんなに急いで食べなくてもパイは逃げないヨ?」
キムが笑いながら軽い口調で言うから、聞き流す所だったけれど……生家と縁を切ってるって? 家族はちゃんと生きてるのに、家族じゃないことになったってこと!?
「なんで、そんな家族と縁を切るなんて……」
「あー、そうか。そっちの世界じゃあ、家族と縁を切るって考えにくいことなんだっけネ! でもこっちの世界じゃあ割と普通にあることだヨ、家から子どもの籍を抜くとか養子に出すとか貰うとかネ」
王族と頂点にして貴族と平民という階級会社を作っている国の多いこの世界では、家を守るとか存続させるために子どもを養子に出したり貰ったり、が一般的に行われると聞いた。
江戸時代の日本だって、お家存続のために養子を迎えるとかやっていたのだから、普通だと言われればそうなんだろうけど。現代日本で暮らしていた私にとっては、一般的とは受け取りにくい。
「それに、俺が籍を抜かれたのは誰もが納得してたことだからサ。そんな悲壮な顔しないで欲しいナ」
「納得するって、そんなの」
キムはコーヒーっぽい飲み物をひと口飲んで、笑った。
「ありがとネ、俺の立場とか元家族のこととか気にしてくれたんでショ。お嬢さんは優しいネ、俺はお嬢さんに酷いことして傷付けてばっかりなのにサ」
「……家族と離れるっていうのは、辛いことだよ。どんな理由があっても」
誘拐されるようにこっちの世界に来て、もうじき丸二年になる。家族のことを想って泣く夜は減ったし、夢に見ることも減った……けれど想えば悲しく切ない気持ちにはなる。
きっとこの気持ちは生涯抱き続けるに違いない。
「そうだネ。でも、獣人社会じゃあ籍を抜かれて当然の理由だったんだヨ」
「獣人社会?」
「そ、この世界には番って運命があるよネ。その運命は俺たちにとってとても大事なことだけど、それを一番重要視してるのが獣人サ。獣の本能がそうさせる、って感じだネ」
なるほど、獣の本能と言われれば納得してしまう。
「番は大切な存在。最愛の番を守るのは当たり前、守ることが出来ずに死なせてしまうなんて、不名誉なことサ……そんなヤツは、家から絶縁されて当然なんだヨ」
私の感覚からすれば、夫が妻を守るっていう言葉は経済的にとか精神的にとか家事を分担するとかそういう感覚であって、命を守るってことじゃない。だって、現代日本に暮らしていたら基本的に命の心配なんて必要がないから。
「特にサ、お嬢さんみたいに異世界から女神が呼んでくれた番っていうのは、本当に特別なんだヨ。そんな大事な大事な番を死なせるなんて、あり得ない失態なんだよネ」
「……え、じゃあ、キムの番さんって」
「そ、お嬢さんと一緒サ。六年前、異世界からこっちの世界にやって来たんだヨ。〝イングランド〟って国に生まれて育ったって言ってたヨ」
フォークに刺していたアップルパイがポロリとお皿に落ちた。
キムの番さんが、私と同じ異世界から呼ばれた人!?
「俺にとってあの子は、ただただ可愛くて愛おしい伴侶でしかなかったヨ。でもサ、お嬢さんもそうだけど異世界から来た人は色んな知識を持ってるよネ」
「そうだね、向こうには魔法がないからそれを補う技術が発展してるし」
「カガクだよネ。話しを聞いたんだ、二階建てのバスっていうのが辻馬車の代わりに走っていて、デンワって遠距離通話技術があるんだってネ」
「そうだよ、番さんの生まれ故郷で走ってる二階建ての赤い色のバスは、世界中でも有名な乗り物なの」
「へえ、生まれた国の違うお嬢さんも知ってるんだ、本当に有名なんだネ」
キムは嬉しそうに笑ってコーヒーっぽいものを飲んだ。その笑顔は本当に心から嬉しいって気持ちからのものだと、私には見えた。
「俺の可愛い人は菓子職人、向こうでいう〝ぱてしえ〟? とかいう職人の見習いだったんだってサ」
「パティシエ、ね」
「そうそう、それ。こっちにはない、見た目も綺麗で美味しい菓子を沢山作れたんだヨ。俺としては、将来生まれる子どもたちは美味い菓子が食えるな、くらいにしか思ってなかったヨ」
結婚して家族になって、子どもが生まれて……奥さんが美味しいお菓子を作ってくれて、子どもたちがそれをおやつに食べる。私にだって想像出来る、幸せな家庭の姿だ。
キムがそれを思うことはなんの不思議もない。
「でも、俺の生家はそうじゃなかったんだヨ」
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