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「私の、番?」
異世界からこの世界に召喚される理由は、この世界に暮らす獣人さんと結婚して幸せな家庭を築いて生活していくこと。
私が召喚されたとき、同じようにやって来た人たちは三十人くらいいた。世界各国から男女半々くらいの割合で、異世界からの番として呼ばれた。
その後開催されたお披露目会と呼ばれるイベント中、私以外の全員に番さんのお迎えがあった。一緒にこの世界に来た従姉妹の杏奈も、マッチョなクマ獣人さんが迎えにやって来た。
異世界からの番を迎えるようになって、初めて〝番から見捨てられた異世界人〟と呼ばれたのは私だ。番を大切にする獣人さんから、いらないのだと放置された。
きっともう大切に想う相手がいたんだろう。番封じのアクセサリーを身に着けていて、私のことなんていらないんだろうと思った。
だから、私はこの世界で自由に生きていこうと決めた。
好きな所に行って、仕事をしてお金を稼いで、自分で自分を養っていくのだ。
幸い女神様のくれた加護は、言語に困らないというものだ。言葉の違いなど問題にならない、私が暮らしやすい国や街を探して旅に出ようとも思っていた。
勝手に私が国外に出ることは違反だったけども、商隊に混じっての旅も外国での仕事や生活も経験出来た。
なにもかもがこれからだ、というときに……番?
「い、今更……!」
「確かに今更なんだけどネ、そう言わないであげてヨ。なにやらアチラさんにも事情があった、みたいだからサ」
「キムは聞いてるの? 私の番って人がどこの誰で、どんな事情があってお披露目会に来なかったのかって」
聞いてるのなら教えて欲しい。
どこの誰で、どうしてお披露目会のときに来てくれなかったのか、知りたい。
「俺は聞いてないんだヨ、ごめんネ。大公閣下からお嬢さんの番が王都に戻ってきた、お嬢さんと顔合わせをするから王都へ行く、って言われただけだからサ」
「…………顔合わせをして、私とその人を結婚させて、全てが解決したって終わらせるつもりなの?」
私の気持ちも、番さんって人の気持ちも無視して。運命の相手だからくっつければいいだろ、それで幸せだろって決めつけて終わりにするっていうの。
「さすがにそんなことは思ってないヨ」
「じゃあ、どういうつもりでいるっていうの」
「お嬢さんの中ではさ、もうこの世界にいるキミの番のことなんて、とっくに終わったことになってるんだと思うヨ? でも、国としては終わったことには出来てないわけでサ。お嬢さんには申し訳ないんだけど、ことの後始末に付き合って欲しいんだネ」
キムは肩を竦めて、苦が笑いを浮かべた。
「お嬢さんだって、知りたいことがある。諸々はっきり分かった方が、すっきりするんじゃないのかナ? 言いたいこととか文句があるなら、本人に向かって好きなだけ言ってやればいいヨ」
なんなら平手のひとつでもくれてやればいいサ、と軽く言うキムの言葉を聞いて、私はようやく肩の力が抜け大きく呼吸が出来た。
「番の獣人と顔を会わせて、言いたいこと言って聞きたいことを全部聞いたら……そこから先のことを考えればいいヨ。番の獣人と結婚するもよし、そいつを捨てて他のヤツと結婚するもよし、許可を貰って他国へ出かけるもよしサ!」
「……うん」
「お嬢さんは悪くない、だから気楽でいいんだヨ」
「うん」
「…………じゃ、行こうかネ? 近くに小洒落たカフェがあって、そこの季節のケーキが」
「まあ! どうしてあなたが今、ここにいるの!?」
カフェへ行こうと誘ってくれるキムの言葉を遮るように、甲高い声が響いた。静かな墓地には似合わないヒステリックな声だ。
声の主は中年に差し掛かったくらいのご夫人。貴族らしく、お付きの侍女さんがふたりと護衛らしい騎士がひとり後ろに控えている。
「…………ご無沙汰しております、伯爵夫人」
キムが騎士らしい礼をとって挨拶をするけれど、ご夫人はフンッとあしらった。
シックなボルドーカラーのドレス、控えめなアクセサリー類を身に着け、薄い黄色の長い髪をアップにしていて、お墓参りに来たんだと分かる。
キムと同じような先の丸い耳のある美しい獣人さん。だいぶきつくて、嫌な印象を受けるから親しくしたいとは思わないけれど。
私も一歩下がって軽く頭を下げる。
相手は貴族のご夫人で、私は異世界から来たけれど平民。用があるのはキムだから、私は控えていれば問題ない。
「質問に答えなさい。どうしてあなたが今、ここにいるの? あの子の命日はとっくに過ぎたはずだわ」
「大公閣下より命じられました任務にて、街を離れておりましたので」
「……そう、大公閣下のご命令ならば仕方がないわ。用が済んだのならさっさと消えて頂戴」
自分から声を掛けてきたクセに、さっさと消えろなんて……どうしてこう貴族の人っていうのは高飛車で傲慢な人が多いんだろう。
「そこのあなた」
「…………えっ?」
ご夫人の灰色の瞳が私を見ていた。
「見る限り平民のようですけれど、どちらの方かしら?」
ご夫人と侍女さんたち、騎士さん全員の目が私を見る。頭から足の先まで品定めするような、嫌な視線。
「わ、私は……」
「この方は異世界からの番様でいらっしゃいます。現在、大公閣下の庇護を受けこの街に滞在中でございます」
キムが私を背中に庇うように立って答えると、ご夫人もお付きの侍女さんたちも目を丸くして一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。そして表情を緩めて微笑む。貴族特有のアルカイックスマイルだけれど。
「まあ、異世界からの方でしたのね。失礼しましたわ」
「い、いいえ」
「あなたの番様はどちらに? 異世界からいらした方は大切な存在、それなのにご一緒でないなんていけませんわ。この男は護衛なのでしょうが、なにせ前科がありますもの。護衛としては……役に立ちませんわ」
なんの話しをしているのか、私にはさっぱり理解出来ない。確かにキムは私の護衛を兼ねているのかもしれないけども、私はキムと一緒にキムの番さんに会いに来ただけだ。
なにか返事をしなければ、と思うけれどなんと言っていいのかが分からない。下手なことを言って、キムや大公様の立場を悪くするようなことはしたくない。
「彼女の番は現在王都に滞在し、動けぬ状況にあります。そのため、大公閣下の元にいらっしゃるのです。月開けには王都に参られますので、ご心配には及びません」
キムが再び助け船を出してくれた。
その言葉にご夫人は「そう、今度こそ護衛としての任務をしっかり果たしなさい。この方は、あなたの番ではない。他の方の番を預かっているのですからね。二度目はないのです」と言い捨て、侍女さんたちと護衛騎士を連れて霊園の奥へと移動して行った。
霊園の奥の方に行けば行くほど、身分の高い方の墓所になっているようだ。
「…………なんなの、あのマダムは」
ご一向の姿が完全に消えてから、私が呟くとキムは困った様子で頭をガリガリ掻いた。
「何度も不快な思いさせて、悪かったネ」
「いいけど、なんなの。キムの知り合い?」
「あー、あの人はね……俺の元義姉?」
「はい?」
毎回思うけども、キムの告白は、情報が多い!
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