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お墓に供えるお花は白い花を基本にして、色のついたお花を少し合わせて作るのがこちらのルールらしい。なので、マーガレットに似た白いお花と淡い黄色のミモザに似た花を合わせて貰った。
キムは白いヒナギクのような花と、薄青いネモフィラのような花を合わせるらしい。「いつものお花で宜しいですか?」って花屋さんに確認されていた。
白と青の丸っこいフォルムの可愛らしい花束をいつも注文している、そう思うと自然と笑みが浮かぶ。
花束を買って霊園に入った。
綺麗に整えられた芝生、白い石畳、大きな木、整然と並んだ墓石。どの世界でも亡き人が眠っていて、彼らを偲ぶ場所は美しく整えられている。
霊園の奥、大きな木の横にある石版には五年前の日付と〝クレア・M・オルグレン〟と名前が刻まれていた。名前の下にはくぼみが作られていて、その中に指輪がふたつ納められているのが見えた。
くぼみには透明なカバーがかけられていて、中の指輪を保護している。
きっと思い出の指輪なのだろう。
「……今年は来るのが遅くなってごめんヨ。でも、可愛いお客さんが来てくれたんだ、許して欲しいナ」
キムはそう言って花束を石版の下に供え、石版をそっと撫でた。番さんに触れるように、そっと。
石版の前にしゃがみこんで、私も花束を供える。
「初めまして。きっと私を連れて来るって任務があったから、会いに来るのが遅くなったんだよね? ごめんなさい」
花屋さんに「いつものお花」で通じるくらい、キムは番さんの所に通っている。石版に刻まれているのは年号だけだけど、きっと命日を過ぎちゃったんじゃないかって思う。だから、来るのが遅くなったことへの謝罪だったんだろう。
「…………仕事だからサ、お嬢さんが気にすることじゃないヨ」
「でも……」
「俺の可愛い人はちょっと遅れたくらいでへそ曲げるような、そんな女じゃないヨ」
大きな手が私の後頭部にポンッと触れた。
そうか、そうかもね。性格に難あり、なキムと番とはいえ恋人関係が築けるんだもん、心が広くて優しい人に決まってる。
「……今、めちゃくちゃ失礼なこと思ったネ?」
「ナニモ、オモッテ、イマセン」
「……」
後頭部に乗っていた手に力が入り、頭蓋骨が締め上げられ激痛が走った。暴力反対!
「いたたたたっ」
「まあ、俺も失礼なこと言ったから……おあいこにしてあげるヨ」
「はい?」
キムはその場に立ち上がると、真面目な顔をして私を見つめる。
「悪かったヨ、お嬢さんを傷付けるようなことをわざと言った。傷付いてショック受けて大人しくなってくれたら、連れて帰るのが楽になるからサ」
「……なんの、話し?」
「オオカミくんのこと、だヨ」
リアムさんのこと?
「あのオオカミくんの戸籍が曖昧なことは事実だヨ、国籍、立場、名前も不明。でも、その腕輪」
キムは、私の左手首にある白花モチーフのブレスレットに視線を向けた。
「お嬢さんはその装飾品の意味、知らないんだよネ?」
「意味? 白花祭りのときは、白花をモチーフにした装飾品を身に着けて参加するって」
「それ、オオカミくんから贈られたんでショ? 祭りのときに」
「うん、そうだよ」
「それはネ、〝結婚して下さい〟って求婚の意味があるんだヨ。本気でお嬢さんのことを愛してるから、先のことも考えて贈ったんだネ」
私の左手首には、あのお祭りのときからずっとブレスレットがある。少し特殊な金具が使われているので、外れて落とすことはないけれど外すことが少し面倒臭い。
脱着が面倒臭いこともあったけれど、やっぱり……好きになった人から贈られた装飾品をずっと身に着けていたい、そんな気持ちがあったからずっと身に着けている。
「お嬢さんも、あのオオカミくんのことを憎からず想ってたんだよネ。ふたりの気持ちを否定するようなことを言って、本当に悪かったヨ。申し訳なかった」
キムはそう言って私に頭を下げた。
キムは立っていて、私はお墓の前でしゃがんでいたので……頭を下げられているけども、灰色がかったさらりとした髪に覆われて、先っぽだけ丸みを帯びている三角形の耳のついた頭は、私の上にある。
私は立ち上り、キムの両耳を親指と人差し指で摘まんだ。そしてほんの少し指に力を込める。
「……ひっぎ!」
獣人さんの耳には色々な神経が沢山集まっていて、とても敏感な場所だと聞いていた。だから少し触ればきっとかなり痛いはずだ。
「お嬢さんっ! 耳は駄目だヨ、耳は!」
両手で耳を守るように覆い、キムは涙目で叫んだ。私が思っていた以上に痛かったようだ。
「キムにも色々事情があったとは思うよ、仕事だったんだしね。でも、私は傷付いた。……悲しかったし…………辛かった」
キムの言うリアムさんが仕事の都合かなにかで、私をカモフラージュに使ったとかそういう話しを聞いて凄くショックだった。
私はこのブレスレットの意味を知らなかった。リアムさんが私との将来を考えるほど、想ってくれていたことを知らなかった。
でも結局なにを言い訳にした所で、私がリアムさんの気持ちを自分自身の気持ちを信じられなかったことは事実だった。
「本当に悪かったヨ。……あのオオカミくんにも、身分とか立場とか不明にしているのは理由があるんだろうって想像するヨ。俺も似たようなことするしネ。……でも、オオカミくんのお嬢さんへの気持ちだけは、疑わないでやって欲しいかナ」
キムは耳を何度も動かし震わせたりしながらも、ションボリとした表情を浮かべながら言った。
「…………そうだね」
高台にあたる場所にある墓地に下からの風が吹き上げた。ヒュウッという風を切る音がして、供えた花が石版の上で大きく揺れる。
このキムにとってこの場所での謝罪は、彼にとっては最大の謝罪なのかもしれない、そう思えた。だって、ここはキムが世界で一番大切に想う相手が眠っている場所だから。
風に揺れる花までもが、「ごめんね」と言って頭を下げているように見えて……私は大きく息を吐いた。
今でもリアムさんのことを考えると胸が痛い。
最後に見た彼は大きな怪我をしているように見えた、痛そうで苦しそうな声をあげていた。いくら獣人は丈夫だと言われても不安だし、心配だし、恐い。
「全部が終わって、お嬢さんがあのオオカミくんに会いたいと願うんだったら……俺が会わせてあげるヨ」
「キム?」
「必ず探し出して、会わせてあげるから……まずは全てを終わらせよう。月が変わったら、王都へ向かうからそのつもりでいてネ。お嬢さんの番が、王都に戻ったからサ」
「……え?」
私の、番が? 王都に?
言葉の意味を理解出来ず、私はただキムの顔を見つめていた。
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