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大公館の裏側にある使用人用の出入り口から、一般庶民が乗る用の辻馬車に乗る。迎えに来てくれていたので、キムが予約していたんだろう。
辻馬車は行き先も事前に知らされているようで、キムと私が乗り込むとすぐに動き出した。馬車はコトコトと揺れながら坂を下り、城下街に入る。
レリエルの街は高い城壁に囲まれていて、北側の高台に大公館を置き、南に行くほど低く広がっている。高台から下がれば下がるほど、暮らしている人たちの身分も低くなる感じだ。
城壁の南東端にあるのは大きな噴水がある緑地公園。なんとかいう大仰な名称が付いているらしいけれど、通称〝噴水公園〟で通っていると聞いた。
公園入り口前で馬車を降りる、キムは夕方に迎えを頼むと公園の中へと入って行く。
平日の午後、公園を訪れている人は少ない。小さな子を連れたお母さん、散歩を楽しむ老夫婦、ベンチでお喋りに花を咲かせる中年のご婦人方。なんとものどかな景色が広がっている、良い雰囲気だ。
「こっちだヨ」
キムは整備された遊歩道を進み、メインシンボルである大きな噴水の横を進む。噴水は円形で中心になにかの像が建っていて、口から水を吐き出している。
「ねえ、キム」
「どうかしたかナ?」
「あの像、なんの像?」
基本的な姿は蛇のよう、手足はなくて首から尻尾までが長い。けれどその背中には鳥のような翼が四枚生えているのだ……羽の生えた蛇のような生き物の像。
「ああ、あれは大昔に死んだ神様の姿を象った像なんだヨ」
「神様? 女神様じゃなくて?」
「女神がこの世界を作ったとき、この世界にやって来た……らしいネ。女神の弟神とも夫神とも言われてるヨ、真相は分からないけどサ」
この世界では神様が実在している。女神様がいるのだから、他の神様がいても不思議はない。個人的に他の神様が存在しているなんて、思ってもみなかった。
「へえ。神様なのに死んじゃったんだ」
キムは噴水の横を通り抜け、大きな木に隠れるように建っている石造りの小屋の前に立った。小屋横に管理人さんらしい人がいて、入場者リストに名前を書くよう言って来たので大人しく名前を書く。
「らしいネ。ちなみに……」
どうやら目的地は小屋の中らしい。
「その神様が死んだ場所が、ここなんだヨ」
「……えっ」
神様が死んだ場所って……、神様の存在がただの伝説とかお伽噺じゃない世界での神様が死んだ場所って、私みたいなただの人間が行っても大丈夫な場所?
石造りの小屋の木製扉を開けると、地下へと降りる階段が見えた。魔導ランタンが薄緑色の明かりを灯してはいるけれど、中は洞窟のようで暗くて不安になる。
キムは私のそんな不安など気にもしないで、どんどん階段を降りていってしまう。管理人さんも「足元に気を付けて」と笑顔で言うばかり。
ただでさえ不安な感じなのに、ひとりきりで降りるのはもっと不安だ。私は慌ててキムの後を追いかけた。
階段を降りていけば、開けた空間に出た。空間はドーム状になっていて、階段は壁に添うように大きな螺旋を描いて続いていく。
思っていた以上に明るい地下の空間の半分は水で満たされていて、上から降り注ぐ太陽光に水が輝いている。不思議なことに天井部分は透明で、真上は公園にあった噴水部分らしい。噴水のある水場で泳ぐ魚の影が落ちてくる。
「……綺麗」
神様が死んだ場所、というからもっと心霊スポットみたいな暗くてジメジメして恐い印象があった。でも実際は薄緑色の魔導ランタンの色とか、水越しに降り注ぐ揺れる太陽光も手伝って綺麗で静かな……静謐な場所だった。
「ここは俺の可愛い人のお気に入りなのサ」
キムは階段を降りきり、少しだけ鈍い太陽光に輝く水際に立った。上着のポケットに手を入れると、中から白い箱を取り出す。なんの飾りもない白い箱の中に入っていたのは、半透明な水色をした花だ。綿のようなクッション材の上にふたつ並んでいる。
「これはネ、俺の魔力を結晶化したものサ。ひとつ持って、一緒に捧げてくれるかナ?」
「えっ、あ、うん」
直径五センチほどの花の形をした物は、とても綺麗だ。水晶みたいに硬くて、ひんやりと冷たい。
捧げるって言われても、作法的なものはさっぱり分からないのでキムの隣に立って、彼がすることを真似る。
空間の半分くらいを満たす水の水源になっているらしい場所には、上の噴水で水を吐いていた羽のついた蛇らしいものの一部分が見える。大きさが全然違っていて、地下にある方は比べるまでもなく物凄く大きい。
うねる太い胴体、大きな鱗、翼は無事なものもあれば折れたり傷付いたりしている。それらは灰色っぽい石製で、なかなかの迫力がある。
「穏やかにとか、安らかにとか、そういう気持ちでコレを水の中に入れてくれるかナ。お嬢さんの気持ちが魔力と一緒になって、アチラに届くからサ」
「……うん」
掌に花を乗せて水の中へと沈める。
水は思ったより温い温度で、掌の上にある花の方が冷たく感じられた。
静かに穏やかに、と心の中で願うと掌の花が薄青く光る玉を幾つも発生させて……水の中で徐々に形を崩して溶けるように消えてなくなってしまった。
「……」
「……ありがとネ。じゃ、行こうか」
濡れた手をハンカチで拭うと、先程降りて来た階段を今度は昇る。降りてくるときはちょっと恐かったけど、今はここを離れるのが少し惜しい。
キムの番さんがここをお気に入りにする気持ちが分かったように思う。静けさと心落ち着く感じは、この場所でないと味わえないだろうから。
階段を昇りきって外に出ると、私たちが出て来たことを管理人さんが確認して扉が閉められた。
「あそこはとても大事な場所だから、誰でも入れるけど長時間滞在は禁止、入退をきっちり管理してるんだヨ」
「そうなんだ」
緩やかに昇っていく公園を上がっていくと、左手側には女神様を祀る神殿があって、その奥には神殿側が管理運営しているという孤児院が見える。
さらに上がっていくと、開けた場所に出た。
ここまでくると察しが悪い私でも分かる。この先にあるのは……霊園だ。
植物で作られたアーチの先が霊園で、その手前にワゴンの花屋さんがお花を売っている。白い花が半分くらい、黄色やピンク、青い花も用意されているけれどどれも淡い優しい色のものばかりだ。
「お嬢さん、花、選んでくれないかナ? 俺が選ぶといつも同じ感じでサ、きっと俺の可愛い人もたまには違う感じが嬉しいと思うんだヨ」
「…………キムはキムで選んだ方がいいよ、私も私で選ぶし。いつもと同じだったとしても、好きな人が選んでくれたらそれだけで嬉しいじゃない?」
そう言うと、キムはハッとした顔をしてから苦笑いを浮かべて頷いた。
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