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「おお、先輩、男前!」
「そうだヨ、俺はいつだって男前サ。それより、その鞄とブーツは屋敷に届けて欲しいんだヨ」
ルークさんは「明日にでもお届けしますよ」と笑顔で返してくれた。わざわざと思ったけど、ルークさんの本来の職場は大公館なので全く問題ないそうだ。
職場に出勤するときに持ってくるだけなら、お願いしても問題ない、か? まだこの村の市場を堪能するつもりだったので、手荷物は少ない方がいい。
というか、大きな荷物になりそうなものは後で買うべきだった……と後悔しているうちに、私の鞄とブーツは包まれて配送されるだけの状態になった。
「そう言えば、冬用のブーツはないですか?」
私はムートンブーツが欲しい。中がモコモコで長靴のようなフォルムが可愛いから、欲しい。柔らかな皮もモコモコした毛皮もあるのだから、ないのなら作って欲しいくらい。
「冬用? と言うと、どんな感じの?」
どうやらこの世界の履き物に季節感はないらしい。
私がムートンのような毛皮を使ったブーツやスリッポンの話しをすると、皮革加工職人さんであるルークさんのお父さんと義理の弟さんが出て来て、露店の奥に引っ張り込まれて詳しい話しをさせられた。ついでにヘタクソな絵まで描いて説明させられて、その絵にしたブーツを見たキムが「虫かナ?」とか言って噴き出していた。
結果、私は露店の奥に一時間半ほど監禁され、ムートンのブーツとスリッポン、夏用のサンダルやミュールなど履き物類、ワンショルダータイプの鞄と布と皮を合わせた鞄類の説明をさせられた。
職人魂が刺激されたのか、ふたりの職人は鞄や靴を買いに来たお客さんそっちのけで(接客はルークさんと奥さん、妹さんでこなしていた)ああでもないこうでもないと議論を交わし始め、キムと私はそれをただ見守っていた。
アイディアのお礼に品が出来上がったら贈ってくれるというので、そのときはありがたく頂戴すると伝えた。
商品は日本には普通にあったもので私が自分で考えたわけでもない、アイディア料をお金で支払うとか言われなくて良かった。
露店の奥から解放され、しきりに謝罪するルークさんたちに挨拶をして市場散策を再開する。
「あちこち見て回る前に、少し休憩が必要みたいだネ?」
露店とお客さんで賑わう市場のたつ通りを外れ、キムは私を連れてカフェレストランに入った。お昼には少し早い時間だったせいか、店内にお客さんはあまりいない。
「好きなものを注文していいヨ。少し早いけど昼食にしちゃえば、夕方まで市場を散策出来るしネ」
「うん」
飲み物と軽食中心のメニューから、トマトソースのショートパスタとグリーンサラダ、お勧めのお茶を頼む。キムはミートボールがごろごろ入ったパスタにハムサラダ、サラダにはマヨネーズをたっぷりかけて欲しいと注文をつけていた。
「……あ、そう言えばお金返すね」
鞄とブーツの代金をキムに払って貰っている。肩掛け鞄の中から財布を取り出すと、キムは私の財布を鞄の中へと押し戻した。
「いらないヨ」
「なんで? 私の鞄とブーツなんだから私が買うの」
「……こういうとき、女の子は黙って受け取るものでショ」
どうなんだろう? この世界では贈り物をされたら、なんでもほいほいって受け取るのが一般的なんだろうか?
私の周囲にいた子たちはみんな恋人がいて、恋人さんからのプレゼントを受け取っていた。それは分かる、だって恋人からの贈り物だから。
でも、キムと私はそういう関係じゃない。
「買って貰う理由がない。それに、プレゼントするなら自分の恋人にしなよ。いるんでしょ? 恋人さんなのか奥さんなのかは知らないけど」
誕生日でもお祝いでもないのに、大きな金額の贈り物は受け取れない。とにかく金額が大きすぎる。
「…………お詫びの品、だと思ってそのまま受け取ってヨ」
「お詫び?」
「そ、お嬢さんを強引に連れて来たって自覚はあるヨ。それに、キミの荷物……マダムヘレンがあの屋敷に運び込んでくれてはいたけど、慌てて出発したせいで全部は持ち出せなかったんだよネ。服も靴も本もサ。持ち出せた物の方が少ない。だから、そのお詫びに代わりの品を用意するのは当然だよネ」
「鞄もブーツも代わりの品だって言うの?」
「そう。どうせならお嬢さんが欲しい物で気に入った品がいい、でショ?」
確かに、病院に行く途中だった私は部屋着にカーディガンを羽織りぺたんこシューズを履いた格好で、肩掛け鞄の中にはハンカチと財布だけ。首から下げた身分証、手首に付けたままだったリアムさんから贈られた白花の腕輪と前髪を留めていた髪留め……それだけしか持っていない。
ずっとコニーさんが用意してくれた洋服と靴を使っているけれど、基本的に借り物だ。
「……じゃあ、代わりの品ってことで受け取るね?」
「市場で気に入った冬物があったら、遠慮しないで言ってネ。お嬢さんが着られる冬物、大公館には少なくてサ。気に入ったものがなければ、レリエルの街で買ってもいいから」
「ありがと」
注文していた料理とサラダ、果物の香りがする紅茶が運ばれてきて、キムと私はしばし食事に集中する。
ショートパスタは少し辛いトマトソースがたっぷり絡めてあり、プリッとした食感のパスタに酸味と辛みが効いている。サラダには摺り下ろしたニンジンらしい野菜を使ったドレッシングがかけられていて、甘くて美味しい。キムのサラダにはマヨネーズが山のようにかけられていたけれど。
「……そう言えばキム、あなたは番さんに会いに行かなくていいの? 私と一緒にいるの、気にするでしょう」
ルークさんは私が大公館に着いた次の日からお休みで、レリエルの街にある自宅に帰った。家には奥さんと生後三ヶ月の息子さんが待っているそうだ。
けれど、キムはずっと大公館にいるか私に引っ付いている。私の監視兼護衛という任務とは言っても、ずっと私にくっついているせいで番さんに勘違いも不快な思いもさせたくない。
「俺の可愛い人はそんなこと気にしないヨ」
「そんなの表面上装ってるだけかもしれないよ、女はみんな女優なんだから」
表面上は理解ある風を作っておいて、心の中では大嵐を呼んでるなんてことはよくある話し。表向きの態度をそのまま受け取ってはいけないのだ。
真面目に言ったのに、キムは口の端にマヨネーズを付けたまま笑った。
「まあ、女の子がみんな女優だってことには同意するヨ。女優としての格が色々あることも分かってる……お嬢さんが女優としては三流以下だってこともネ」
「ちょっと!」
「…………お嬢さん、俺の可愛い人に会ってくれるかナ?」
「え、う、うん! 会いたい」
私はキムの言葉に大きく首を縦に振っていた、少しばかり食い気味に。
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