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大公閣下の治める街レリエルから馬車で二時間。
川沿いにあるその村は、薄茶色の壁に黒っぽい屋根の乗った背の低い家が並んでいた。屋根は苔むした部分があり、所々緑色だ。
村の中にも細い川が流れていて、茶色の羽をした水鳥が泳いでいる。川沿いにある木はみな大きく、葉を赤や黄色に変えていて川面は落ちた葉で彩られている。
自然豊かでのどかな村。
レリエルのような洗練された街もいいけれど、暮らして行けるのならこんな田舎の村もいい。
キムに連れられて私は村のメインストリートに向かった。
村の中を走る道は基本土のままだけれど、メインストリートだけは少し赤みがかった茶色の石畳が敷かれている。
そして、メインストリートには道の両側に露店がびっしりと並んでいた。
「……なに、これ?」
「毎月一週間開催されるこの村の名物市場で、ラクーチラクーザっていうんだヨ」
ラクーチラクーザ?
「五十年近く前に異世界から呼ばれた番が考案した市場なんだってサ。村長として婿入り先で頑張ったらしいネ」
伴侶になった獣人のお嬢さんはこの村の村長さんの一人娘とかで、婿入りしたっぽい感じかな。
「最初に露店を出す場所、日数を申告してそれに見合う場所代と管理料を払って借り受ける。管理料はなにもなければ、店を引き上げる際に全額返金されるんだってサ。露店を壊したとか、借りた場所を汚したとかすると管理料から天引きされるんだヨ」
ラクイチラクザ?
「売上げの何割かを村とか管理人に払えって所が多いけど、このラクーチラクーザでは露店の売上げは全部店のものなんだヨ。だから行商人とか他の街で商売してる連中も出店しに来る……しかも毎月一週間開催されるから、定期的に人や品物が集まって村は賑わってる」
楽市楽座??
「ここは元々布や皮の染色と加工、仕立てなんかでやりくりしてた小さな村だったんだヨ。でもラクーチラクーザのお陰で〝市場の村〟としても賑わうようになったのサ」
その番の人、確実に日本人だ。
メインストリートには様々な露店が並ぶけれど、大まかに分類分けされているようだ。
キムと私が入った場所は、布や皮を扱う露店が多く集まっている場所らしい。
反物のままの生地や、ブラウスやワンピースなどの仕立てられた洋服、布製の小物が並び、その場で採寸をして見本の型から選んだ服を数日で仕立て上げるセミオーダーを受け付けている所まである。
その向こうには皮製品が並んでいるのが見えた。
鞄や靴、皮製の財布などの小物、車を引く馬や鳥、大トカゲに装着する装具。皮そのままの色のものもあるし、染め上げられたものもある。
「……その市場を考案した異世界からの番さんって、会えそうな方かな?」
五十年くらい前に来た人ってことは、女神による番召喚が始まってすぐくらいの呼ばれた人になる。二十歳で呼ばれたとして五十年ほどコチラで過ごせば、現在七十歳に届かないくらいの年齢だろう。十分ご存命な年齢だ。
もし会えるのなら会いたい。同じ日本人同士だし、異世界から呼ばれた者同士だし聞いてみたいことがある。
「いや、確か十年くらい前に息子に村のことを任せて、伴侶と一緒にどこかで隠居生活してるはずだヨ。今この村にはいないネ」
「そっか、……残念だけど仕方ないね」
そのとき会える会えないも縁次第、巡り会える縁ならばいつか会えるときもあるだろう。今はそういうご縁ではなかったのだ、きっと。
「お嬢さんはサ、すぐに……」
キムは呟くように言って言葉を途中で飲み込んだ。
「なに?」
「いや、なんでもないヨ」
なにを言おうとしていたのか気になるけれど、このユキヒョウ獣人は言わないと決めたことは絶対に言わないので、尋ねることもせず後を付いて歩いた。
「あ、お嬢さん! ラクーチラクーザへようこそ、先輩に連れて来て貰ったんですね」
皮の鞄と靴を主に扱っている露店から声を掛けられて立ち止まると、そこにはマッチョな見張り役をしていたクロヒョウ獣人のルークさんがいた。
「あ、れ……ルークさん? どうして?」
私の中でルークさんはキムの後輩で、アディンゼル大公家に仕えている人だった。それなのに、今の彼は皮加工屋さんのお兄さんにしか見えない……少々マッチョが過ぎるけれど。
「俺の実家、皮加工やっているんですよ。家業は妹夫婦が継いでくれてるんですけど、ラクーチラクーザのときは忙しいので出来るだけ手伝ってるんです」
そう言ってルークさんは大きな旅行鞄を露店の隅に置いた。大型のトランクタイプで荷物が沢山入りそうだ、デザインもシンプルめで使い勝手が良さそう。
「ねえキム、見ていってもいい? 鞄見たい」
「勿論サ」
「お嬢さん、鞄が入り用なんですか?」
ルークさんは「女性用や性別に関係なく使えるのはこちらです」と露店の右側に並ぶ商品を見せてくれた。
「こう、背負う形の鞄が欲しいんです。あと、ブーツ」
「背負い型ですね、了解です。ブーツの丈は希望がありますか? 長いやつと短いやつと、その中間くらいのと三種類用意してますけど」
「中くらいの丈のやつで、足が痛くなりにくいのがいいです。色は焦げ茶か黒で」
ルークさんは全体的に丸っこいフォルムで、柔らかな皮を使ったリュックを幾つか見せてくれた。
少しサイズは小さいけれど、荷物を沢山持つと重たくて移動に差し障りが出そうな気がする。小さめの鞄に入るだけの荷物、という自分ルールがあった方がいいかもしれない。
防水加工と防じん加工、収納魔法もかけてあるので見た目よりずっと沢山入るというので、明るい茶色の本体に赤く染め付けした皮ベルトのものを購入することにした。
その後ミドルブーツを見せて貰って、焦げ茶色と黒色のコンビカラーの編み上げタイプを購入。中敷きも二セットお願いする。
「お会計は三万八千ガルになります」
「ギルド決済は使えますか?」
身分証にもなっているペンダントは、向こうで言う電子マネー決済も出来るようになっている。それ用の専用魔道具が必要なので、普及率は五割くらいらしい。けれど支払いが確実であること、大量の現金を持ち歩かなくてもいいことのメリットを考えて、取引商品金額が大きなお店では完全普及している。
鞄は品によっては眼鏡が割れそうなほど高価なので、ギルド決済が出来るかもしれない。
実の所、キムに無理矢理攫われて来たので私は現金の手持ちが少ない。商業ギルドで卸したくても、私の身分証はキムが預かったままなのだ。
「あー、すみません。店なら使えるんですけど、ここは露店なんで……」
「あ、そうか。じゃあ現金で……」
そうだ、そうだよ。ここは市場開催期間中だけ借りている露店だから、ギルド決済の魔道具なんてない。現金取引が基本になる。
となると、まずい。せっかくの市場なのに、あんまり現金持ってない。
「これで。釣りはいらないヨ」
財布に残っていた現金を出す前に、キムがお金を払っていた。
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