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街道沿いにある小さな宿場町というか宿場村、数件の宿屋と飲食店、雑貨店、武具店などを中心にした小さな集落で宿を取りながら、馬車はフェスタ王国の王都ファトルに向かって走っていた。
ランダース商会の面々と一緒にフェスタ王国を出発して、あちこちの街や村で商売をしながらウェルース王国に到着するまで八ヶ月くらいかかった。
見たことのない物や景色ばかりに囲まれた旅は、今思い返せばとても新鮮で楽しくて、八ヶ月という時間はあっという間だったように思う。
けれど、「王都に帰る」という旅は淡々と街道を進むだけ。三週間ほどで王都ファトルに到着出来ると聞いた。
立ち寄る街や村を見て回ることはもちろん出来るし、コニーさんと一緒にお店を覗いたりもした。初めて見るものも珍しい品も沢山あった。でも、あの八ヶ月の旅のような楽しさは感じられない。
それでも時間が経つというのは恐ろしいもので、ミッドセアという街でショックなことや情報が沢山あって、麻痺したようになった私の心も少しだけ回復して来ていた。
コニーさんやルークさんが気を遣ってくれたことも大きい。美味しいものを食べさせてくれたり、綺麗なものを見せてくれたり……移動の道中も私の体調に随分と気を配ってくれた。
彼らの優しさに触れて、私の中に生まれた「また新たに旅立つんだ」という気持ちもあって、少しずつ前を向けるようになって来ているように思う。
途中、ウェルース王国とフェスタ王国との国境を越えた。
大きな川がふたつの国を分ける国境になっていて、川を渡る石製の橋を通るための検問が設けられている。
橋の手前にある検問所には国境を守る騎士が常駐していて、人々の入出国を管理している。当然身分証を見せて「はい、どうぞ」というわけにはいかない。
フェスタ国籍の人が入国する際は厳しくはないけれど、外国人の入国出国は厳しく質問や荷物の検査が行われるので時間が掛かる。どこの国の国境検問所にも長い行列が出来るのが当たり前の光景だ。
けれど、キムの持っていた一枚の書状を門番さんに見せると、あっという間にフェスタ王国へ入ることが出来た。
フェスタ国籍の人が入国するにしても、身分証の確認も荷物の確認も、入国するための全ての手続きが省略されてしまったのだ。
入国審査を受ける順番待ちの行列も当然無視して。
馬車が進めば、行列に並んで審査を待っている人たちの視線が突き刺さる。彼らは入国するために何時間も並んで待つのに、この馬車はそんなものは関係ないとさっさと入国するのだ。睨み付けたくもなるだろう。若干の申し訳なさを感じて、窓から視線を外す。
彼らの視線もスリア馬の引く馬車ならほんの数秒。
馬車は街道を進み、数カ所の宿場町を越えて大きな街に入った。街を囲む城壁は高くはないけれど、街の回りをお堀が囲んでいる。
真っ白い壁に赤黒い屋に乗っている建物が並び、街の中にも大きな川が流れていた。所々に植えられた街路樹は常緑らしくて、冬が近付いている中でも濃い緑色の葉をたっぷり茂らせているのが見える。
「……綺麗」
「ここはレリエル、フェスタ王国で二番目に大きな街サ」
二番目に大きな街、というだけのことはあって本当に広い。私が知っている大きな街はふたつの国の王都だけだけれど、王都にも負けていない感じがする。
白い外壁と赤黒い屋根で統一された美しい街並み、整えられた街路樹に魔導街灯、花壇、あちこちに見られる緑地公園や噴水公園。通りは灰色の石畳が敷かれ、ゴミひとつ落ちてない。
街にあるお店には沢山の品物が並び、暖かそうな衣類に身を包んだ人間や獣人が買い物をしている姿を沢山見かけた。
買い物をする人、井戸端会議をする人たち、公園で遊ぶ子どもたち、カフェに集まって勉強する学生さんたち。皆楽しそうだ。
「この街は大公家が治めている街で、観光地としての人気も高くてネ、一年中観光客で賑わってるヨ。人は多いけど、治安が良いから安心して過ごしてネ」
「……過ごしてって、一泊したらすぐに王都に向かうんじゃないの?」
キムたちの仕事は私を王都ファトルに連れ戻すことだ。さっさと王都に行って、私を引き渡せばいいはずだ。
「まあ、キミを迎える側にも色々と都合があるんだよネ。それにお嬢さんだって、いきなり王都に戻されるよりここで覚悟を決めるなり、心構えをするなりの時間があった方がいいんじゃないのかナ?」
本音を言うのなら、王都には行きたくない。行かずに済むのだったら済ませたいくらいだ。
でも、それは許されない。私はキムたちに連れられて王都に戻る。だったら、いっそ嫌なことは早く済ませちゃおうっていう気持ちにもなる。
先延ばしにすれば、それだけ嫌な気持ちが長引くことでもあるんだから。
「……取りあえず、長旅だったしここで少し休暇だヨ。ここから王都まで、馬車で三日はかかるんだからネ」
美しく整備された街を馬車は進み、街の高台にある大きなお城のような建物のある敷地に入った。
お城の外壁は街にある家と同じ真っ白なのに、屋根の色だけは少しだけ明るみもある赤茶色なのが目を引く。外壁に掲げられた、フェスタ王国の色である藍色の旗色も鮮やかだ。
「あれが大公館、現在の領主であるアディンゼル大公と細君がお暮らしだヨ」
「大公、閣下?」
「そう、クリスティアン・アディンゼル大公閣下。現在のフェスタ国王の弟殿下の息子、国王の甥で王子たちの従兄弟になる人物サ。お嬢さんには、明日大公と会って話をして貰う予定だからネ」
キムは軽く言って、にこりと笑う。
「ちなみに、トラ獣人だヨ」
獣人なのか人間なのか、そこはあまり問題にしてないけれど……国で一番偉い人の甥、王子たちにとっては従兄弟になるって物凄い高位貴族なんじゃないの? そんな人と会って、なにを話せっていうの!?
「そんな変な顔しなくても大丈夫だヨ! お嬢さんは大公閣下の質問に、嘘偽りなく素直に答えればいいだけサ」
「それなら、いいけど」
こっちから話すことなんてないから、困るんだよね。質問に答えるだけなら出来そう。
「ま、多少厳しいこと聞かれるかもしれないけどネ。大丈夫大丈夫、どっかの誰かさんみたいに殴ったり、後々妙な噂をばらまいたりとかしないからサ」
少しだけ安心したけど、あっという間に突き落とされた。明日という一日を無事に過ごすことが出来るんだろうか? 無事、全てを終えて再び旅立つことが出来るんだろうか? 不安しかない。
そんな私の心内なんて関係なく、馬車は美しく整えられた庭園を抜けて車寄せの前で止まった。
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