閑話11 ヴィクター・キム・オルグレンの改悛
「あーあーあー、本当可哀想に。なんでこうなっちゃうんですかねー? 普通、もっとこう、優しくしてあげるもんなんじゃないんですかねー?」
目の前でエールジョッキを煽るクロヒョウ獣人のルークは、俺にネチネチと絡んで来る。俺に絡み酒とはいい度胸だ。こいつは自分の立場を分かっているんだろうか?
「本当、可哀想で仕方がないですよ。家族や友達と強引に引き離されて、こんな獣がいっぱいいる世界に連れて来られたってだけでも悲惨なのにですよ! 番は来ない、保護して守ってくれるはずの王城では酷いイジメを受けて、そりゃあ疲れ果てて逃げ出したくなる気持ち分かりますよ。ええ、とてもよく分かります」
「おまえがイジメられるようなタマか? むしろイジメやっちゃう側じゃないのかネ?」
「失礼な! 俺はイジメなんてしたことないです、そんなかっこ悪いことなんてしませんよ。そんなことより、本気でまずいですよ先輩」
皿の上に残ったポク肉の唐揚げを頬張って、咀嚼しながらルークは追加のエールを注文した。
お嬢さんの体調回復のために滞在していたウェルース王国ミッドセア。そこで襲撃を受けて、結構ギリギリでお嬢さんを連れて脱出に成功した。
そのまま馬車を走らせて、街道沿いの小さな村に宿を取った。この村で最初の休憩と補給をする予定だったので、一応は予定通りに進んではいる。
本当の予定ではもっとゆったりと、余裕を持って移動するつもりだったけども。
村に二軒ある宿屋のうちの一軒、一階は受付と食堂、二階から上が宿泊用の部屋という一般的な作りだ。お嬢さんとコニーは部屋で休んでいる……はずだ。
村に到着し、宿に部屋を取るとお嬢さんは食事も取らず部屋に引っ込んでしまったから、よく分からない。
「なにか問題が?」
「……お嬢さん、傷付いてますって。唯でさえショック受けて、傷付いてぼろぼろで獣人不信で人間不信なのに、先輩に追い打ちかけられちゃって。また体調崩したらどうするんですか」
「追い打ち?」
そんなものかけた覚えはない、そもそもお嬢さんを傷付けた覚えもない。
「うわー、無自覚。いいですか、先輩……お嬢さんはあのオオカミくんのことを好きでいたんですよ。オオカミくんだって真面目に想ってたんですよ、きっと。なのに、あのオオカミくんがお嬢さんを騙してるって感じに話しちゃってもー」
「あのオオカミくんの素性が不明なのは、事実だヨ」
追加で運ばれて来たエールを受け取り、ルークは勢いよく煽る。そのままの勢いで骨付き燻製腸詰めに手を伸ばして囓った。皮がパリパリになるまで焼かれた腸詰めは、パリンッという音をたてて割れ、中の肉汁を溢れさせる。
「事実ですけどね、言い方ってもんがあるでしょう! あのオオカミくんの素性が不明なのは事実です。でも、先輩が調べて素性が出て来なかったってことは、彼の素性を隠す手続きをした人がそれなり以上の立場にあるってことですよ? それなりの理由があって素性を伏せてるってことです」
そう言われればそうだな、と改めて思う。
この俺が調べて回ったというのに、あのオオカミくんの〝リアム・ガルシア〟としての表向きの経歴しか出て来なかった。どこの国にも戸籍はなかったが、もしかすると戸籍を作らない遊牧民や流浪の民の出身という可能性もなくはない……が、奴がオオカミ獣人であることを考えると、その可能性は低いように思う。
守衛として就職している商業ギルドの方も「問題のある方ではありません」としか言わない。
言えない、という気配を感じたのは気のせいじゃない。
「それになんなんですか、オオカミくんがお嬢さんを騙してるって。なんてこと言うんです、お嬢さんにあの場で言うことじゃないですよね?」
「お嬢さんの、あのオオカミくんに対する気持ちを抑えられればいいと思っただけサ。そうでなくちゃ、うっかり馬車から飛び降りるとかするかもしれないじゃないカ」
ルークは俺の言葉に首を左右に振った。
「スリア馬の引く馬車から飛び降りるって、俺たち獣人でもかなり危険な行為ですよ? あの異世界から来たお嬢さんにそんなこと出来るわけないじゃないですか、そもそも客車の扉には施錠魔法をかけていたから、開きません」
言い切るその顔は〝馬鹿じゃないのか?〟という表情を浮かんでいて、さすがに頭に来た。可能性はゼロじゃないだろうに!
「……お嬢さんはこの世界に来てくれた番さんですよ。いっぱい大切なものをなくしてます、その辛さは俺たちには分からない。想像はしますけど、きっと想像の何倍も辛いと思いますよ。だからこそ、その分こっちでは大事に愛されて過ごして貰わなくちゃなんです」
「それは……」
「なのに、この世界はお嬢さんを傷付けてばかりです。フェスタの王宮にいた奴らも、従姉妹さんの番であるクマ獣人一族も、ランダース商会のマダムも……先輩を含む俺たちも」
気まずくて口にしたエールは温くなっているのも手伝って、酷く苦くてまずく感じる。
「お嬢さんの手首にある腕輪……見ました?」
「ん? 腕輪なんかしてたかナ?」
全く覚えがない。お嬢さんは身を飾るアクセサリー的なものはほとんど付けていなくて、安物っぽい髪飾りをしてるだけの印象だ。
「……あの腕輪、白い花を象った物です。凄く華奢で綺麗で、その辺で売ってる安物じゃあない感じがしました。あの腕輪、オオカミくんがウェルース王国で行われた〝白花祭り〟のとき、お嬢さんに贈ったものなんだそうですよ」
「……それ、は」
三年に一度開催される〝白花祭り〟。
祭の間身に着ける白い花を象った装飾品、それを恋人や番に贈るという行為は求婚を意味する。
贈り物の意味をお嬢さんはおそらく知らない。きっと、祭りのときは身に着けるのが慣わし、と言われて贈られたものを身に着けていたんだろう。
けれど、オオカミくんは意味を分かっていてそれをお嬢さんに贈った。
つまり……本気でお嬢さんに求婚していたわけだ。
身分だの立場だのは隠していたけれど、お嬢さんに対する気持ちは本当だった。
「……」
「唯でさえイジメられた記憶しかない王都に連れて帰るって言われて、誘拐されて強制的に連れて行かれていて、嫌なんだろうに。なのに、好きな人に騙されてるとか言われちゃって。本当、お嬢さんもオオカミくんも可哀想ですよ」
「……」
ジョッキに残っていた温いエールの苦さと来たら、過去最高に苦くて……いつまでも口の中に後味として残っていた。
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基本的に水曜日更新ですが、事情により更新が前後することが今後も出て来るかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。




