閑話10 マリウス・ベイトの心配
商売人という立場にいる者ならば、まずは情報収集、情報精査、綿密な計画、この辺は誰もがするものだと思っていた。
商人にとって情報はなにより大切なものであるし、その情報を精査し纏め、今後の計画を立てその通りに実行する。最低でも僕はそうしてきたつもりだ。
そして、一緒に仕事をする仲間たちもそうだと思っていた。
そう、思っていたのは昨日までだ。
新たに知った現実は、僕の回りにいる仲間たちは脳筋で血の気が多く、特攻属性の連中ばかりだということだ。
レイちゃんが謎の誘拐犯に攫われた。
慌てて僕たちは警備隊に捜索を依頼、商会や個人的な伝手も使ってレイちゃんを探した。
その結果分かったことは、自分たちが働いているランダース商会の現商会長夫人が例の噂の大元で、レイちゃんをウェイイルから引き離したこと。貴族のご令嬢が破落戸を雇ってレイちゃんを襲撃しようとしていること。レイちゃんを攫った実行犯がフェスタ王国に関係していて、レイちゃんを連れ戻そうとしている一団であること、だった。
レイちゃんの荷物を社員寮から運び出した荷運び屋の後を尾行して、レイちゃんがまだ国内に滞在していることが分かった。
ミッドセアという街の中流貴族が持つ別宅にいることが分かったとき、ようやく僕はひと息ついた心地がした。
レイちゃんに怪我はなく、丁寧に扱われていると分かったから。
ここから先、どのようにレイちゃんを助け出そうかと計画を練り始めたというのに、仲間たちの行動は素早かった。
グラハム主任もバーニーも守衛くんも、「屋敷に突入して、レイを奪い返せばいい」という正直に言えば無計画で単純な計画を立てて、それを実行した。
幸か不幸か、貴族のご令嬢の雇った破落戸と屋敷を守る警備担当者たちがすでに乱闘騒ぎを起こしていたため、主任たちは「これは好機!」と踏んだらしい。
実際、混乱に乗じて守衛くんがレイちゃんのいたサンルームに入ることは出来た。ただ、レイちゃんの顔を見ただけで奪い返すことは出来なかったけれど。
「……」
守衛くんは結構な怪我をして、今は病院のベッドに縛り付けられている。右腕は千切れそうなほど酷く折られ、大きく鋭い爪で体のあちこちを引き裂かれ、背中を折れた窓枠で大きく切ってしまい出血が酷かった。下手をすれば命に関わっていたかもしれないほどの怪我だ。
「まあね、相手が悪かったよね?」
僕たちイヌ科、オオカミの獣人にとって、狩りや戦闘は集団でするもの(僕はキツネ獣人だから元々戦闘には向いてないけども)箇々の戦闘力よりもチームワークが優先される。けれど、大型ネコ科獣人たちはあくまで個人の戦闘力がものを言う。
守衛くんはオオカミ、レイちゃんを攫った誘拐犯はユキヒョウ。一対一で戦えば、結果は見えている。それでも、大勢の破落戸や屋敷の警備員をなぎ倒してサンルームにまで辿り着いたのだから、守衛くんの個人戦闘力はかなり高い方になる。
「レイちゃんなら無事だよ、大丈夫」
「無事かどうかなど……」
病院のベッドでずっと苦虫をかみつぶし続けている守衛くんは、低く唸り不機嫌を隠しもしない。
「無事だと思うよ。ミッドセアにある、あのお屋敷……この国のなんとかって言う伯爵様が所有してる別宅なんだって。普段は自分の領地か王都のタウンハウスにいて、休暇のときにあのお屋敷で過ごすらしいのね」
「……そうか」
「で、伯爵様は自分が使ってないときには、あのお屋敷を知り合いに貸し出すんだって」
「……そうか」
守衛くんは羽毛の枕に埋もれた頭を器用に傾げた。
「そう、お屋敷って維持するのにお金がかかるでしょう? それに使っていないと痛むのがお屋敷ってものだもの。維持費の足しにもなるし、お屋敷も人がいれば痛みにくくなるってね」
「そうか、それで……誰が借りていたんだ?」
僕は鞄の中から一枚の書類を取りだした。
商会の伝手を使って、伯爵様が留守の間に屋敷を管理している管理会社に問い合わせた。その結果が紙には記されている。
「フェスタ王国のワイズ子爵家の関係者……ってなってるよ。他国の子爵家に関係してる人がわざわざお屋敷を借りて、レイちゃんを攫って匿ってるって、ちょっとあり得ないと思わない?」
レイちゃんがこちらの世界の生まれで、貴族だっていうのならどこかで関係があるのかもしれない。でも、レイちゃんにはこちらの世界で貴族という階級の人たちに関係がない。
「ワイズ子爵家はどこの派閥に所属していたか?」
「それが、国王派なの。現在の国王陛下とその血縁にある貴族を中心に構成している派閥、そこに入ってるの」
フェスタ王国の貴族は基本的に上手く纏まっている。現在の国王陛下と三人の王子を中心に、どちらかと言えば活気に溢れる国を運営している感じ。
旧国王派やら、旧大公派なんかもいるけれど……彼らにしたって、血筋を遡れば現在の国王陛下と血を同じくするわけだから、小さな問題で衝突はしても基本的にあの国は平和なのだ。
「……そうか、現国王派の貴族か」
守衛くんはフムッと鼻を鳴らすと、なにか考えごとをしているように目を閉じた。なにか思う所があるらしい。
「そうそう、破落戸連中は全員逮捕されたわ。貴族のお屋敷に襲撃をかけて、滞在していたお客様を襲おうとしたんだもの、当然だよね」
「俺たちはどうなった?」
「ちょっと強引だったけれど、お咎めなしね。ランダース商会の商会長夫人の護衛が、侵入してきた破落戸と戦闘になっても問題視されないでしょ」
商会長夫人があのお屋敷に滞在していて、破落戸と戦闘になったのが幸いした。本当は僕たちの一団は夫人の護衛とは無関係だったけれど、事情を知った次期会長である若旦那様が「彼らも母の護衛だ」と言い切って下さった。
レイちゃんは取り返せなかったけれど、貴族のお屋敷に混乱に乗じて侵入して暴れまくったことは、若旦那様のお陰で不問になったのだ。感謝しかない。
脳筋たちによる無計画な突入は、その無計画さと運の良さによって罪にならずに済んだ。
済んだけれど、レイちゃんがいないことに変わりはない。
僕たちはレイちゃんを取り返すことが出来なかった。大怪我をしたのは守衛くんだけど、グラハム主任もバーニーも、他のメンバーも多少の怪我をした。それも、レイちゃんを取り返せていたら気にならないことだったけれど……
「まあ、とにかくキミは怪我を治さないとね」
扉がノックされ、治癒魔法師が治療にやって来たので「また来るね」と守衛くんに声を掛けて、治癒魔法師と入れ替わるように病室を出た。
病院の廊下でふと立ち止まり、大きく息を吐いた。なんだか、息が詰まるような感覚がなくならない。
レイちゃん、今キミはどこにいるの? 怪我はしてない? 具合悪くしてない? 皆とっても心配しているよ。
でも、ランダース商会の商会長夫人のしたことを考えると、キミはもう僕たちの所へは帰って来てくれないんじゃないかって思う。
だって僕はキミが送られてくる手紙に心を痛め、突然知らないご令嬢に詰め寄られて怖がっていたことを知ってる。そのことに関して、僕らがなにも助けてあげられてなかったことも分かってる。
レイちゃんにしたら、戻りたくないって思うのも当然だと思う。
でも、それでも、僕は……キミに会いたいよ、レイちゃん。
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