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 体全体が引っ張られる感覚がして、手首を締め付けられる痛みがなくなり、体がくるりと回される。

 気が付けば私はコニーさんに抱きしめられ、猫耳誘拐犯キムの背中に庇われていた。


「話をするだけというお約束だったじゃないですカ。手を出したり乱暴なことはしないってことだったので、お茶会を準備しましたのに……困りますヨ、マダム」


「どうしていつも邪魔をするの! その子にちょっと家に来て、息子夫婦に事情を説明して欲しいだけなのにっ」


「マダム、お嬢さんは一度も噂について了承なんてしてませんよネ。あなたが彼女に説明させようとしていることは、嘘。所詮、あなたが自分を守るための方便でしかないわけですネ」


「っ……自分を守って、なにが悪いって言うの!?」


「悪くなんてないですヨ。自分で自分を守るのは当然のことですからネ。でも、お嬢さんは噂についてなにひとつ承知していなかった。ただ社交界で流れされる噂に迷惑を受けていただけサ」


 私を抱きしめてくれているコニーさんの柔らかさと温かさと、凄くいい香りに甘えていると徐々に気持ちが落ち着いて来る。


「それにお嬢さんははっきり断ったじゃないですか、マダムの家族に嘘の説明するなんて嫌だってネ」


「いいじゃない、ちょっと説明してくれるだけで全てが解決するんだから!」


 キムとマダムヘレンの会話がサンルームに響く。それと同時に騒がしい気配を感じた、ドタバタとなにかが暴れているようなそんな感じ。


「駄目ですヨ。お嬢さんをウェイイルには行かせられません、こちらにも事情があるんでネ」


 バタバタと大きな足音が響き、扉が勢いよく開くとマッチョな見張りくんが室内に駆け込んで来た。なんだか黒い毛並みが乱れて土なのか埃なのかで汚れて、疲れているように見える。


「準備出来ました! 思った以上に押されてるので、急いで下さいっ」


「……やるねぇ、オオカミくん」


 キムは小さく呟くと、振り向いてニヤリという感じの笑顔を浮かべた。


 騒がしい気配が大きくなって、人の叫び声や獣の唸り声が聞こえる。もしかして、誰かが戦ってる?


「コニー、ルーク、おまえたちはお嬢さんを連れて出発だヨ。その後は最初の補給地まで走り抜けろ、移動準備は完璧じゃないからサ」


「はっ」


「承知致しました」


 なに、なんの話し? なにが起きてるの? 


 事情が飲み込めない私の手をコニーさんが引く。


「手当は馬車の中で致します。今は急いで移動します、付いて来て下さい」


「駄目よっ! レイさんは私と一緒にウェイイルに……」


 マダムヘレンの声は途中で途絶え、キャンッと言うイヌのような悲鳴が聞こえた。同時になにかが床に倒れる音もする。


「えっ、ちょっと……」


「コニー、伏せろッ」


「お嬢様!」


 振り返ろうとする私を強引にしゃがませ、コニーさんが上に覆い被さる。そのコニーさんをマッチョな見張りくんが更に庇ったようで、ずしりとした重みを感じた。


 それと同時にガラスの割れる大きな音が響いた。床に割れたガラスが落ちて砕けて飛び散る音も続き、なにか大きな物体が飛び込んでくる音も獣の唸り声も響く。


 恐い、恐い、恐い。


 この世界には魔物がいる、創作でも幻でもなく現実に。

 魔物は家畜を襲い、人を襲うと聞いた。


 そのため魔物討伐を生業にしている人たちがいることを知ってる。彼らが扱う剣や槍、弓などの武器、盾や籠手などの防具も見たことがあるし、商会で扱った武具の取引に立ち会ったことだってある。


 この世界では人は命をかけて戦うことがある、それを私は知ってる。


 でも、それは私の中で知識として知っているだけ。自分のほんの数メートル先で実際に物が壊れて、誰かが戦っているなんて恐怖しかない。

 私の体は恐怖ですくみ上がり、ガタガタと震えた。


「お嬢様、行きます!」


 コニーさんに抱えられるけれど、足が震えて全く私の意思で動いてなんてくれない。


 目の前には粉々に割れたガラス、ひしゃげたサッシが散乱している。壊れた丸テーブルと椅子、さっきまで使っていたティーセットやお皿も割れ滅茶苦茶になって床に散らばっていた。


 そして、キムの向かいにいるのは茶色の毛波を持った大きなイヌを引き摺り倒した、黒から灰色の毛並みを持った真っ赤な瞳を持ったイヌ……いやオオカミだった。


 キムに対して低い唸り声をあげて牙を剥く。


「全く驚きだヨ! 種族的なことを考えたって、キミがここに辿り着けてることは奇跡のようだネ。個人的に感心するし、キミに敬意を払うヨ。でも……」


 キムは羽織っていた上着とブーツを脱ぎ捨てると、床に両手を付き四つん這いになった。そしてすぐ、異様な音が響きシャツやスボンが破れ、その下から白と黒の毛に覆われた大きな豹が現れた。


 キムは自身をユキヒョウの獣人と言っていた。その獣としての姿なんだろう。太い四肢に大きくて鋭い爪、巨大な牙を剥いて吠える。


「このお嬢さんを連れ戻されるわけにはいかないのサ。仕事だからネ」


「……返せッ! その子を返せ!」


 ユキヒョウとオオカミは割れたガラスが散乱する無残なサンルームで激突した。二頭はぶつかり合い、噛み付き、蹴り、爪をたてる。


 戦いは激しいけれど、徐々に徐々にキムが優勢になっていく。オオカミは傷付き、血を流している。でも、それでも怯まない。


「さ、お嬢様。今のうちに参りましょう!」


「でもっ……」


「キム様なら心配ありません、大型のネコ科である彼がイヌ科の獣人に一対一で負けることはありません。それにあのオオカミはここに来るまでに戦い、傷付いています」


 違う、違う。猫耳誘拐犯キムが強いとか、そんなことはどうだっていい。だって、あのオオカミは……沢山傷付いて、それでも戦っているオオカミは……


「リアムさんっ!」


 私が叫ぶと、オオカミの動きが止まった。

お読み下さりありがとうございます。

イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、頂いた応援を続きを書くエネルギーにさせて頂いております、本当にありがとうございます。


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