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私はあっけにとられていた。
どうして誘拐された先で、ランダース商会の現商会長夫人と顔を合わせているのか?
しかも一緒にお茶会をすることになっている不思議。
「レイさん、ようやく会えて嬉しいわ。あなたにはお話したいことも、お願いしたいこともあるのよ」
私がテーブルに付くと、マダムヘレンは待ってましたとばかりに話し始めた。
「本当はもっと早くお話したかったのよ? なのにあの粗暴なユキヒョウが駄目だ駄目だと言うばかりで、全く聞き入れてくれないのだもの」
「……そうでしたか」
コニーさんが濃い色合いの紅茶を煎れてくれて、部屋の隅に下がる。ここから本格的なお茶会の始まりだ。
「まずはね、お礼を言わせて頂戴」
「なにに対して、でしょうか?」
マダムヘレンはふふっと笑う、本当に嬉しそうに華やかな笑顔を浮かべる。
「私の可愛い娘を守ってくれてありがとう。お陰で無事に結婚準備も進んで、後は結婚式を待つばかりよ。あの子も安心して過ごせたしね。あなたがいてくれなかったら、どんな目にあっていたか分からないもの」
マダムヘレンの娘? 娘なんていなかったはずだ、ランダース商会の会長夫妻の間には三人の子どもがいる。けれど、全員が息子であって娘はいなかったはずだ。
「是非あなたにも結婚式に参加して貰いたいわ、だって陰の功労者ですもの」
「あの、申し訳ありません……お話が理解出来ないのですが?」
全く話しの内容が理解出来ず、ご機嫌でお話しているのを中断させるのは申し訳ないけれど切り出した。マダムヘレンは話しを中断させられても気にした様子もなく、優雅に紅茶に口を付けた。
「あら、私としたことが先走ってしまったわ、ごめんなさいね?」
「お嬢様がご結婚されるのですか」
「ええ、とても可愛らしいお嬢さんなの。クルトの番であるお嬢さんが、お嫁さんになってくれるのよ! あんな可愛らしいお嬢さんが義理の娘になってくれるなんて、とても嬉しいわ」
なるほど、マダムヘレンの言う〝可愛い娘〟というのは、クルトさんの奥様になってくれるお嬢さんのことらしい。噂に聞いたウェイイルにある商会の別支店で結婚式の準備が進められている、という話しは本当のことだったみたい。
それはそれでいい、なんの問題もない。
クルトさんが結婚するのはおめでたいことだ。
問題なのは、私が名前も顔も知らないクルトさんの番であるお嬢さんを守ったことになっているのか? の部分だ。これはずっと私を悩ませていた、クルトさんの番が私らしいという噂と繋がっているように思えた。
「私の子どもは息子ばかりでしょう、勿論息子たちは全員可愛いわ。私と夫の間に生まれたのだもの、凄く可愛い。でも、娘だって欲しいと思っていたのよ……可愛い娘をね」
マダムヘレンはその後、娘がいたらやりたかったことを延々とお菓子食べ、お茶で喉を潤しながら語って聞かせてくれた。私はただ相槌を打つだけに徹して、お話が終わるのを待つ。
「……だからね、ミレイちゃんを守ってくれて本当にありがとう。感謝しているわ!」
ミレイ、ちゃん、ね。
「クルトさんと私が番だ、という噂が流れていましたから心配しておりました」
「ああ、あの噂ね! あれ、上手に流していたでしょう? クルトの番があなたかもって、具体的に名前を出すことである程度の現実味を演出していたの。でも実際にクルトとあなたは番ではないし、職場での関係だけだから具体的な行動はなくて、噂の内容は決定的ではない……お陰で本当の所を見破られることはなかったわ」
これで確定だ。
噂を流していたのはマダムヘレン、もしかしたら商会長やクルトさんたちご兄弟も含まれているかもしれないメンバーだ。
「クルトには大勢の貴族令嬢たちから縁談の申し込みがあったわ、うちはお金も人脈もあるし、クルト自身の人気も手伝って本当に山のように申し込みがあったのよ。長男、次男のときも凄かったけれどね、クルトは一番凄かったわ」
マダムヘレンは当時を思い出したようで、困ったような表情を浮かべながら紅茶を口にした。
「ですが、獣人さんは番であるお相手さんを大切にします。クルトさんに縁談の申し込みをいくらしたとしても、番さんがいらっしゃるなら引き下がるのではありませんか?」
「それが、そうでもないのよ」
「え?」
「普通ならね、番が見つかりましたとか番と婚約中ですって言えば引き下がるものよ。けれどね、貴族っていうのは色々背負っているものがあるの」
「貴族、だから?」
「私たち庶民には理解が及ばないわ。番がいるって聞けば、その番を殺してしまえば問題は解決するって、そうなるのよ」
「まさか……」
この国で獣人さんが番相手と出会う確率は五十パーセント、おおよそ二人に一人。人口の半分は番ではない方と結婚する。番ではない方との結婚は珍しいことじゃないのだ。
番と単純に出会えなかったという理由だけじゃない、中には結婚前に番さんが病気や事故で亡くなってしまったということもあるだろう。
クルトさんの運命の相手であるミレイさんを殺してまで、彼の妻の座に座る……それを決断する一部の貴族の人たちの考えがとても恐い。
「そのまさかなのよ。本当、煌びやかな世界に生きている貴族っていうのは、恐ろしい人たちね。クルトやうちの商会が魅力的なのは分かるのだけれど、だからってミレイちゃんを排除してまで妻になりたいなんて。長男のお嫁さんは貴族のお嬢さんなんだけど……」
一部の貴族の方々の考えが恐いのは理解出来るし、自分の家族になってくれるお嬢さんが狙われているのだとしたら、心配だし対策を練ろうって気持ちになるのも理解出来る。
でも同時に、その貴族の考えた悪意からミレイさんを守るために私を盾にすることを思い立って、実行に移したマダムヘレンとその考えに賛同した人たちが、恐ろしい。
クルトさんとミレイさんを守るためならば、私がどんなに傷付けられても最悪殺されてしまっても構わない、そう判断をしたのだ。
私は外国から来た身よりのない者で、番もいない。私が傷付いても、死んでも誰も悲しまないし怒ったりもしない、訴えられることもない。ランダース商会は誰に謝罪することも、保証することも必要ない。
クルトさんとミレイさんは正式に国へ結婚の届け出を出して結婚式を行って、大勢の人たちにお祝いされて皆が幸せになれる。
私というどうでもいい存在を綺麗に切り捨てて。
皆が幸せになれるのだ。
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