閑話09 マリウス・ベイトの心配
毎週水曜更新ですが、今週は水曜更新が難しいので一日前倒しです。
変則で申し訳ないのですが、よろしくお願いします。
翌日から僕は仕事を休み、同じく仕事を休んだ守衛くんを連れて辻馬車の会社を回る。
黒いスリア馬が引く二頭立ての馬車、客車は黒く装飾などの飾りがないものを貸し出してはいないか? と聞いた。
このウェイイルの街中を走っていたのだから、この街の馬車だと思ったのだけれど……三社とも空振りに終わってしまった。
「装飾品のない黒い客車っていうのは所有していますよ、多分どこの会社でも持ってると思います。ご予約のときにお忍びなので地味目なものでと言われたりしますし、庶民層は派手なものを好みませんしね」
葡萄形のランタンを使っている辻馬車会社の社員は、貸し出し帳を確認しながら言う。
「スリア馬に関しては……個人所有は厳しいと思いますね。なかなか扱いの難しい馬なので、ドドム鳥の方が楽です。それに、これも多分なんですけどスリア馬が街の厩舎にいるってあんまりないと思いますよ」
「どういう意味です? 所有はしてるんでしょう?」
「うちの会社にもスリア馬はいますよ、四頭。でも、大体街から街へ向かって走らせてるので。この街が到着地で、数日の休息中っていうなら厩舎にいますけど、休息中の馬は基本貸し出しをしませんしね」
一昨日辺りからの貸し出し日時にスリア馬を付けた馬車の貸し出しはなく、この会社が所有しているスリア馬はウェイイルに立ち寄ってもいなかった。
これとほぼ同じことを残りの二社でも言われ、僕と守衛くんはレイちゃんに関してなんの情報を得ることも出来ず、スリア馬を目にすることすら出来なかった。
「……この街の辻馬車会社を使ってない、もしくは個人所有の馬車だったってことなのかしら?」
スリア馬が街中を走ることは珍しいから、なんらかの情報が得られると思ったのに空振りで……僕は気分が沈んだ。このままでは、レイちゃんを探し出すことなんて出来そうにない、そんな気持ちになってしまいそうになる。
取りあえず、なにも情報を得られなかったという事実を持って、ランダース商会の本社を経由して社員寮へと向かうことにした。
ランダース商会本社の店はいつもと変わらないように見える。大量に並ぶ商品、笑顔で接客する従業員たちに買い物を楽しむお客様。
従業員たちにはレイちゃんが攫われたことは知らせていない。知っているのは一部の者だけで、レイちゃんは体調不良でしばらく仕事を休むということにしている。
体調不良で休んでいることに違和感がない間にレイちゃんを見付けたいとは思っているけれど、今の所手掛かりのなさに涙が出そうになる。
「どういうことなのか、説明してくれないか!?」
響くような声はグラハム主任のもので、声の質からかなりお怒りなのだと分かる。
僕は守衛くんを連れて声が響く休憩室を覗き込んだ。
そこには真っ青な顔をしたクルトさんと、怒りが収まらないグラハム主任がいる。主任は今にもクルトさんに掴み掛からん勢いだ。
慌てて休憩室に入るとふたりの間に割って入った。
「ちょっと待って下さいよ! どうしたって言うんですか!?」
「マリウス、どけ。俺は説明をどうしても聞かなきゃならないんだ」
「だから、なんの話しです!?」
グラハム主任は喉の奥で唸り声をあげながら、鋭い視線をクルトさんに向ける。
「レイの捜索をウェイイル警備隊に頼んだ、昨日の時点では部隊を出して探してくれると言っていた。それなのに、今朝になって捜索は中止になったと言ってきたんだぞ」
「ええ!? どうして……」
どうして捜索中止なんてことに!?
「だからその理由を説明して貰いたいんだ。なんせ捜索中止を警備隊に申し出たのが、ランダース商会だって言うんだからな!」
ランダース商会がレイちゃんの捜索の中止を警備隊に申し出た?
僕の頭の中には「どうして?」という言葉しかない。
「理由を説明して欲しいんだよ、クルト坊ちゃん!」
「し、知らない! 俺はなにも聞いてないっ、俺が捜索中止を警備隊に言ったわけじゃない!」
「じゃあ、誰が言ったんだ!」
グラハム主任がテーブルを力一杯叩き、ドガンッという大きな音が休憩室に響いた。
「たっ大変! 大変、大変なんだよー!!」
今度は廊下から大きな声とバタバタと走る足音が聞こえ、休憩室の扉が勢いよく開いた。転がるように部屋に入ってきたのはバーニーだった。
「どうしたの!?」
「レイちゃんの荷物が、運び出されちゃうんだよー!」
「はあ!?」
「寮に荷運びの業者がやって来て、レイちゃんの部屋に入ってあの子の荷物を全部纏めだしたんだ! どこかに運んで行くらしくって、貨物用の荷馬車も来ててさっ。アガサさんも怪我してるっていうのに大慌てでっ」
一体なにが起きてるっていうの?
「バーニー、その荷運び業者ってのは誰に頼まれて寮に来たって言ってるんだ!?」
「そ、それが……ランダース商会からの依頼だって言うんだよ! レイちゃんが急な転勤になって、本人は仕事の都合で先に転勤先に行ってるから、荷物を後追いで送るんだって言ってさ! 主任、マリウス、違うよね!? レイちゃん転勤なんてしないよね!?」
守衛くんが影のように動き、なにも言わず休憩室から出て行った。きっと寮の方へ向かったんだろう。
「クルト坊ちゃん、本当になにがどうなってるのか、納得出来る説明をして欲しいんですがね!?」
「だから、なにも知らない! レイちゃんの捜索中止も、荷物の搬出も、転勤なんて聞いたこともない!」
「……聞くなり調べるなりして来いッ! テメェの家族がやってることだろうがッ!」
クルトさんが休憩室を飛び出して行く。
なにがどうなっているのか全く理解が追いつかない。
ランダース商会はレイちゃんと契約を結んでいて、雇用主と従業員の関係にある。
ランダース商会はレイちゃんを守るべき立場にあるはずなのに……それなのに、商会はなにをしているのか?
僕が長年勤めて来た商会は、一体……
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