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 食後はお風呂。部屋の奥に続きのトイレと浴室があって、この部屋から出なくても暮らせるようになっているのが分かる。お風呂もトイレも部屋続き、食事は美少女メイドコニーさんが運んで来て、洗濯物も同じくだ。


 窓は嵌め殺しで、唯一外と繋がる扉の向こうにはマッチョな見張り。


 まあ、そうだよね。


 猫耳誘拐犯が私を攫った理由は不明だけれど、攫ってきたんだから、逃がさないようにするのは当然。部屋から逃げ出さないよう、見張りのマッチョとメイドを付けた。


「……はぁ」


 あまりのこと過ぎて現実逃避しているのか、心が麻痺しているのか、現実感が全くない。私は自分の現状を受け入れられないまま、バスタブに体を沈めていた。


 浴室は白いタイル貼りで、洋画や海外ドラマで見た猫足のバスタブが置いてある。足元の方にお湯が出る蛇口のようなものが付いているけど、宝石のように輝く魔導石がついているので魔法で湯加減が調節するもののようだ。


 だいぶお湯がぬるめのなのは「お体に負担が掛かりますので」とコニーさんが言うからだ。

 そもそも、私は魔力がないのでこの手の道具は全く使えない。お湯ひとつ出せない。


 なので、ひとりでお風呂に入ることは却下された。お湯も出せない温度調節も出来ない、それに体調を崩してもひとりで入っていては誰も気が付かないからと。


 本当はひとりで入りたいけど、ここで抵抗しても意味がないように思えて……私は言われるままバスタブに浸かり、髪や背中を子どものように洗われた。


 お風呂からあがれば、新品の下着にクリーム色の柔らかな寝間着を着せられる。膝までのふんわりしたチュニックみたいな上着に足首までのズボンだ。その上にチェック柄の大判ストールを羽織った。


 一人がけのソファに座ってコニーさんに魔法で髪を乾かして貰いながら、ミントとレモンの混じったような香りと味のする水を飲んでいると、廊下が賑やかになった。

 誰かが歩いてくる足音、大きな声が響く。


「困ります。こちらのお部屋への入室許可は出ていません」


「いいじゃないの! あの子に直接会って話しておきたいことがあるの!」


「許可がありませんので、お通し出来ません」


「アナタ、誰に雇われていると思っているの!?」


「雇い主から、許可のない方はどなたも会わせてはならない、と命じられております!」


 私の部屋の前でマッチョな見張りくんが誰かと言い合っているらしい。


「いいの?」


「問題ありません。お嬢様は気にすることなく、穏やかにお過ごし下さい」


 コニーさんは表情ひとつ変えずに言い切り、私の髪を乾かしブラシを入れてから、お風呂の片付けをしに浴室に入って行ってしまった。


 それから十分以上たっても、扉前ではマッチョな見張りくんと女性の言い合いは続いている。部屋に入れろ、私に会わせろという女性と、部屋には入れられない、会わせられないという見張りくん。双方の主張は平行線のまま、おそらく永遠に交わることはないだろう。


 お風呂の片付けを終えたコニーさんは、洗濯物やタオルを持って部屋から出たい。けれど廊下で揉めているので出ることが出来ない、そんな状況となった。


 更に十分程たった頃、廊下の騒ぎが収まった。第三者が割って入ったのかもしれない。


 一体なにが起きているのか? 疑問に思っていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「マダム、勝手なことをされては困りますヨ。彼女は我々にとって、とても大切な女性なのですからネ」


 きっと私の部屋の前で入れろ入れないで押し問答しているのを見て、猫耳誘拐犯キムが出て来たらしい。キムが〝マダム〟呼びする所からして、マッチョな見張りくんと言い争っていたのは、どこぞのご夫人であるらしい。


「それはそちらの都合で、私には関係のないことだわ。私だって直接あの子に会って、話したいことがあるのよ。それに失礼ね、私があの子になにかするとでも思っているのかしら?」


 貴族ではない、身分的には庶民。でも上流階級との交流があって、お金に余裕のある中年以上のマダムという感じだろうか。


 どうやらマダムは私に会って話がしたいらしい。でも私にはその年代のマダムに知り合いはいないので、心当たりが全くない。


「…………正直に申し上げるのなら、暴言や暴力の可能性があると判断していますヨ。だからこそ、護衛を立たせているわけでしてネ」


「な、なんて失礼なっ!」


 キムから勝手に部屋へ侵入した挙げ句、私に乱暴を働くとか暴言を吐くだろう、と思われていると言われたマダムはお怒りの声をあげた。


「だって息子可愛さに妙な計画を立てて、なんの関係もないなんの罪もない女の子を盾にしたじゃないですカ。そんな恐ろしいこと考える人を、大事なお嬢さんに近づけたりはしませんヨ」


 えっ? どういうこと?

 扉の向こうにいるマダムがどこの誰なのか、凄く気になった私はソファからお尻を上げた。


「お嬢様、いけません」


 コニーさんに押しとどめられソファに戻される。「でもっ……」と口を挟む隙も与えて貰えず、コニーさんは洗濯物を持って扉を少しだけ開けて廊下に出て行った。

 さすがはネコ獣人さん、僅かな隙間からスルッと出て行く所はさすがだ。


「お話ならば、どこか別室でお願い致します。お部屋に声が筒抜けでございます」


 コニーさんの声が聞こえ、廊下が静まり返った。


 グラスをテーブルに置いて、廊下に続く扉を少し開ければマッチョな見張りくんの背中が見える。見張りくんはすぐに私が扉を開けていることに気が付くと、首を左右に振った。


「お嬢さん、部屋から出てはいけません。必要な物があれば、コニーに申しつけ下さい」


「でも……」


「お嬢さん、あなたはまだ体調が回復してないんですよ」


 さっきまでそこにいたマダムが誰なのか気になって、食い下がってみるものの……忍耐強い見張りくんに敵うわけがなかった。温かいお茶を持って戻って来たコニーさんに、あっという間に室内へ連れ戻されてしまった。


 コニーさんにも体調のことを注意されて、その言葉の通り夜になると私は熱を出し、咳が止まらなくなる症状に見舞われた。


 昼間は比較的体調は良くて、食べ物もコッテリ油っぽいものでなければちゃんと一人前の食事が出来るようになった。けれど夜になると体調を崩すことを繰り返し、三日。


 ようやく夜に熱を出すことも、目眩に倒れることも、強烈な咳き込みをすることもなくなった。体調が回復したとお医者さんから判断された私の元へ、猫耳誘拐犯キムがやって来た。


「やあやあ、ようやく元気になってくれて良かったヨ。元気になってくれないと、ランチにも誘えなくてネ」


 手に持ったランチバスケットを掲げて「ピクニックしようヨ、中庭だけどネ」と長い尻尾を左右に振って見せた。

お読み下さりありがとうございます。

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