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〝白花祭り〟最終日の夜には、花火が打ち上がる。夜空を一時間ほど花火が色とりどりに輝かせて、女神様へ最後の感謝伝えと三年間の豊穣を願う。
私はリアムさんと一緒にレストランの個室から、その花火を見た。日本の花火とは少し色合いが違うし、演出される形も少し違うのは火薬だけではなくて魔法とミックスされているかららしい。
花火は二十年以上前からこの国にあるそうなので、きっと二十年前くらいにこの世界にやって来た日本人が花火師さんで、その技術を伝えた……のかもしれない。そうだったら、嬉しい。
レストランは、花火が見える個室をリアムさんが予約してくれていた。四角い木製のテーブルに向かい合う椅子、白い花をデザインしたテーブルクロスが可愛らしい。
個室の隅には白い花と小さな女神様像が飾られていて、お祭り期間用に準備された個室なのだと分かる。
きっとこういうレストランの個室はカップルや新婚夫婦に人気で、なかなか予約だって取れないに違いない。それなのに、予約を入れてくれた気持ちがやっぱり嬉しい。
ふたりで花火を見て、どこからか聞こえる詩人の歌声に耳を傾けつつ、コクのあるブラウンシチュー、焼きたてのパン、蕩けたチーズソースのかかった温野菜サラダに魚のカルパッチョなどをいただいた。
「レイ」
食後の紅茶とデザートである小さなフルーツケーキが運ばれて来た後、向かいの席に座っていたリアムさんは私の手を握った。
「先程の話しだ。あのご令嬢たちの存在や、番の噂とはなんだ?」
握られた手を引っ込めようとしたけれど、リアムさんは力強く私の左手を握って放してくれない。
私はこの件にリアムさんを巻き込みたくない。それと同時に、トラブルを抱えてそれを上手く躱せないでいる自分を知られるのが恥ずかしい。
「レイ、話して」
「……でも、これは私個人の問題で」
「大丈夫だから、話して。なにか困ったことになっているのなら、悩んでいることがあるのなら、俺に話して欲しい」
俯いた私は、ギュッと強く手を握られている自分の荒れた手を見つめた。
両親の元で暮らして、勉強と遊びをメインにしていた頃の私の手は手荒れ知らずの綺麗な手だった。でも、今は違う。
仕事で大量の紙に触れるせいか、手からは脂気が抜けてカサカサ。掃除や洗濯だって自分でするので、手荒れは増す一方、庶民らしい働く者の手になった。
そう言えば、母もこんな風に手が荒れていて効果の高いハンドクリームを探しては塗り込んでいたことを思い出す。
ぼんやりしていると、リアムさんが両手で私の左手を包み込んだ。男性らしい節の張った指が私の手首を飾るブレスレットに触れて、揺らした。魔導ランプのオレンジ色の強い光を受け、ブレスレットはキラキラと輝く。
「キミが話してくれるまで、俺はキミの手を放さない」
魔導ランプの灯り、その灯りを受けて輝くブレスレット……その双方の輝きはリアムさんの青い瞳の中で一層輝いて見えた。
「レイ」
「…………クルトさんと私は番ではありません。私は番がよく分かりませんけれど、クルトさんからも番だと言われたことはありません。そもそも、私はこの国の生まれではないので、クルトさんと番なんてあり得ないのです。それなのに、いつの間にか社交界では私はクルトさんの番だ、ということになっていました」
もう、黙っていることは出来ないと観念した。心が決まれば、口からは言葉が零れる。
「いつからその噂が流れたのか、分からないのか? 誰からその噂が出たのかも?」
「はい。私が知った時には、もう社交界の大半の方が噂について知っていたようです。どなたが噂として流したのかも、全く分かりません」
「その噂が原因で、貴族のご令嬢たちから嫌がらせを?」
私が頷くと、リアムさんは小さく唸り強く手を握ってくれた。
「直接私に会いに来て文句を言うご令嬢は、さすがに少ないです。基本的にはお手紙が届きます、差出人は不明ですけど。高級な便せんを使っているので、ご令嬢方からだと」
「内容は?」
「身の程をわきまえろとか、身を引けとか。クルトさんから離れるように、という内容です」
表現方法は多岐に渡るし、最近はご兄弟さんのことや商会を辞めて街を出て行くようにと言った内容も加わって来ている。
手紙は一応全て開封して確認しているけれど、あまり内容に違いはない。
「分からないが、どうしてご令嬢方はクルト・ランダースに執着する? 彼はランダース商会の三男だったな」
「この辺は私も想像でしかないのですけど、ランダース商会は今とても勢いのある商会です。国内は勿論ですけど、国外にも支店が幾つもあって、今も少しずつ支店の数を増やしています」
「経済的に充実している、からだと?」
「経済的に豊かでこの先も大きく成長するだろう商会です。経済的に不自由している貴族や、商会が持っている国内外の伝手や情報が欲しい貴族にとっては、喉から手が出る程商会との縁が欲しいでしょう。しかも、商会にいる直系の子どもは三人兄弟で、そのうちのふたりはすでに結婚されています」
「……三男坊は最後のひとりか」
「お嫁さんとして嫁ぐのか、お婿さんとして来て貰うのかは知りませんけれど……クルトさんは若くて、見目も麗しくてお金を持っている頭の良い男性です。庶民であることを気にしなければ、普通に結婚相手として優良でしょう」
この国で獣人さんが番と出会える確率は五割程度。
クルトさんが番と出会っていないのなら、政略結婚も恋愛結婚も十分にあり得る話しなのだ。
どうせなら家同士の利権が関係した結婚であっても、愛して愛された結婚生活を送りたいと誰だって思う。その為には分かり合う時間、交流の機会がとても大切な時間になる。そんな中、クルトさんの番だという噂の私が目障りになるのは当然のことだろう。
噂は噂、番なら番だとはっきりしたのなら……番を大事にする獣人さんたちは、納得して引き下がることだって出来るだろうに。
「噂が流れているのは社交界だけ、というのが気になる所だな」
「え?」
「そうだろう? 噂というのは庶民の間でだって流れるものだ。それなのに、キミの職場や周りに居る者たちの間では三男坊とキミが番だなんて、誰も思ってない。けれど、社交界だけには流れている」
リアムさんは大きな三角耳を震わせ、私を改めて見つめた。
「この噂は操作されているのだろう、敢えて社交界……貴族階級の者たちの耳にだけ噂が流れるようにしている、としか思えない」
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