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私の所に直接物申しにやって来たご令嬢、全員に「私はクルトさんの番ではない」と伝えている。中には複数回伝えたご令嬢もいる。
けれど、彼女たちはそれで納得はしてくれないのだ。番問題は否定しているというのに、どうして信じて貰えないんだろう。
「では、どうしてアナタとクルト様が番である、という話しが出回っていると言うの?」
「そちらも存じません」
「知らないって、どういうことですの!? アナタがランダース様の番だって言いふらしているのでしょう!」
「ご兄弟に擦り寄っているのだって、事実だからそんな話しが出てくるのに決まってるわ!」
モスグリーンとダスティピンクのご令嬢が吠える。犬獣人だけになかなかの迫力だ……正直に言えば恐い。牙を剥いて怒り狂った犬が恐いのと同じだ。
「本当に迷惑な女ね! 不愉快な噂の大元だけあって、嘘ばかりだわっ」
モスグリーンのドレスのご令嬢が出て来て、持っていた扇を振り上げた。貴族のご令嬢が持っている華奢なデザインの扇だけれど、あれで叩かれたらかなり痛いだろう。
私は目を閉じて、顔か肩に来るだろう衝撃と痛みに供えて体を硬くした。
「……いい加減に止めないか」
ご令嬢たちと私の間に入ったリアムさんの声が響いた。低く、怒りを含んだ声だった。
「なにを……」
「貴方様もこのニンゲンに振り回されておられるのではないのですか? このニンゲンはランダース商会の三男、クルト様の番で……」
私から見えるのは、ご令嬢たちから守るように立つリアムさんの背中だけ。その背中がとても強く、頼りがいがあるように見えるのは……私の気持ちの問題だろうか。
ご令嬢方の中にはただただ、私に文句を言いに来る人もいるけれど、大半は私がひとりきりになった時を狙う。その方が圧倒的有利な立場で、私に物申し自分の言うことを聞かせられる。
だから私はご令嬢と対峙したとき、誰かに庇って貰える経験が初めてだ。
「彼女は、クルト・ランダースの番であることを否定しているが?」
「しかし、ランダース商会に契約社員として勤務しているレイという名のニンゲン。そのニンゲンが、クルト様の番であるという話しは社交界でよく耳にする話しです。はっきりと、そちらの方であると」
「そうですわ、商会に勤めている者らしいだとか、ニンゲンであるらしいとか、そういう曖昧な話しではないのです。はっきりとその子が指名されてるのですよ!?」
そこも私にとっては疑問で仕方がない。クルトさんと私が番であるという話しが、いつから誰の口から流されたのかが全く分からない。
「そうか。だが、最低でもあなた方が午前中にクルト・ランダースと一緒にいた、と主張する黒髪の女性が彼女ではないことは俺が証明出来る」
「証明、ですって?」
「今朝、俺が彼女を家まで迎えに行った。それから今に至るまで共に行動していて、王城前で合唱隊の歌など聞いていない。合唱隊が歌を披露していた時間、俺と彼女は中央広場で食事をして演し物を見ていたからな」
リアムさんははっきりと言い切った。
串焼き肉の露店を出しているタヌキ獣人のおじさんも「その兄ちゃんと姉ちゃんなら、ずっとこの広場にいたよ。うちの串焼き、美味いって沢山食ってくれたから、よく覚えてるね」と証言をしてくれた。
「…………そう、そうですか。では王城前でクルト様と一緒にいた女性は、アナタではなかったのでしょうね。アナタの仰るとおり、黒い髪で短く見えるような髪型をしていた別人なのでしょう」
ワインレッドのドレスのご令嬢がそう言ったことで、ご友人のご令嬢たちも引き下がってくれた。お三方からの視線は未だ厳しいものの、鋭さは随分と無くなったように感じる。
「理解して貰えて幸いだ」
「人違いはお詫びします、申し訳なかったですわ。ですけれど」
ホッと息を吐いていた所に、改まって声が飛んできて私の心臓が跳ねる。
「レイさん? 今までは知らぬ存ぜぬ、で躱して来たかもしれませんけれど……そのまま済ませられるとは思わない方がいいですわ」
「……え」
「先程も申しましたけれど、ランダース商会の三男、クルト・ランダース様の番はアナタだと名指しで話しが流れております。社交界に出ている者なら、名指しで名前が出ても不思議はありませんけれど……アナタは庶民。普通なら名前が出てくる可能性は、微塵もありませんの」
さっき心臓が跳ねた理由とは違う理由で、ドキンドキンと心臓が大きく跳ね始める。
「それでも社交界で、クルト様の番としてアナタの名前があがっていること。その現実と理由について、もう少し真面目に考えて行動なさった方が宜しいですわ」
そう言って三人のご令嬢は中央広場から立ち去って行った。ご令嬢方が立ち去ったことで、露店の人たちや遊びに来ていた人たちの注目度も興味も一気に下がる。
露店で買い物をする人、披露される手品に夢中になる人、これからどこの露店が集まる場所に行こうか相談する人たちでまた賑わいが復活する。
私はリアムさんに促されて、ベンチに座った。緊張して喋ったせいか、また喉の奥が乾燥した感じがして咳が出た。
「ぬるくなっているが、まずはこれを」
差し出された果実水を受け取り、一気に飲んだ。少しぬるくなっているけれど、甘い桃のような味の水が喉を抜けてスッキリした。
「大丈夫か?」
「……はい、平気です。ありがとうございます、庇って貰えて助かりました」
「俺は事実を言っただけだ。それよりも、一体彼女たちは何者なんだ? 何度も伝えていると言っていたが、ああいうことは過去にもあったのか?」
リアムさんの青色の瞳は真剣で、私を心から心配してくれているのが分かる。まさか、ご令嬢方から庇ってくれると思っていなかったから……余計にその気持ちや言葉が嬉しい。
「何度かありましたけど、大丈夫です。すみません、変なことに巻き込んでしまって」
こんなに優しい人を好きになって良かった。心配して貰えて、庇って貰えて、とても嬉しかった。
こんな優しい人を、私の抱える問題に巻き込んではいけない。それだけは、強く思った。
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